俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.20
取材撮影がスタートする。普段どおりの部活で、とリクエストがあったので、紗津姫が指導対局してくれることになった。
「ここはいったん、受けに回ったほうがいいですね」
「ああ、なるほど!」
カメラを意識しないように。先輩の邪魔をしないように。そればかりが頭の中を占めていて、上手く盤に集中できない。手を抜いてもらっているのに、ヘボな手ばかり指してしまう。
「ぐく、負けました……」
「ありがとうございました。次は依恋ちゃん、やりましょう」
「う、うん」
続いて依恋を指導する。いつもの依恋であれば、むしろテレビカメラが向けられていることでやる気を出しそうなものだが、メイド服を着ている影響か、どうにも指し手が鈍っているように思えた。
予想どおり、みるみるうちに劣勢になっていき、あえなく投了した。
「うう、いつもはこんなじゃないのに」
「将棋は平常心が一番大事。何度も教えたはずですよ」
「わ、わかってるけど……」
「……彼女、なんであんな格好なの?」
三宅がそっと聞いてきた。
「たいした理由はないんですが……」
詳しく説明するのも面倒なので、そんな答えにしておいた。三宅は疑うでもなく、ふむふむと頷いている。
「でも、あの子もいいねえ。神薙さんだけが目当てだったけれど」
やがて、ひととおりの部活風景を撮影し終わった。
次いで、紗津姫の単独インタビュー。プロのテレビマンはいったいどんな質問を投げかけるのか、来是は興味津々だった。浦辺も新聞部員として、そのテクニックを盗もうと真剣な表情だ。
「じゃあ、今後の目標から聞かせてください」
「今後といいますかいつもの目標ですが、この将棋部を充実させることです。もう少し部員が増えてくれたらいいなと思っています」
「やっぱり入部希望者は少ない?」
「ええ、この番組がきっかけで興味を持ってくれる人がいれば」
「大会の優勝とかも目標にあるでしょう? もうすぐアマ女王の防衛戦がありますが」
直球だ。聞きたいことをズバッと。
勝ち負けにそれほどこだわりはない紗津姫は、どう答えるのか……来是には何となく予想はついていたが。
「勝てればそれに越したことはないですが、何よりもいい将棋を指したいなと思っています。真剣勝負ができたなら、たとえ負けても悔いはありません」
やっぱり。来是は安心した。
それにしても紗津姫の受け答えは堂に入ったものだった。カメラを向けられながらも、微塵も緊張を感じさせない。こんなに落ち着いた女子高生、そうそういるとは思えなかった。
「他のアマタイトルは、それほど欲しくない?」
続けて投げかけられた質問に、紗津姫はほんの少しだけ考えるような仕草を見せた。
「そうですね……真剣勝負の末に獲得できたなら、それは喜ばしいと思います。でもタイトル自体は目標ではないです」
三宅ディレクターは、興味深そうに微笑んでいる。
「実は先日、出水摩子さんを取材したんですけどね、彼女はぜひともあなたからアマ女王のタイトルを奪いたいって言ってましたよ」
「……出水さんが?」
「どうも彼女は、あなたをライバル視しているようですね」
「そうですか……。私はそんな風には思ってはいませんが」
来是は三宅の思惑を何となく感じ取ることができた。
対照的な紗津姫と出水。このふたりをライバルと設定し、対決を演出したいのではないか。
……確かに盛り上がりそうだし、実際の放映を見ないことには何とも言えないが、あまり過剰に勝負を煽られるのは、紗津姫としては本意ではないだろう。来是はほんの少し不安だった。
それからもいくつかのやりとりが続いて、インタビューは終了した。これが編集されてナレーションも加わって、いつも見ているあの番組になるのだろう。
「ありがとうございました。いやあ、面白い番組になりそうです」
「どういたしまして」
そっと会釈する紗津姫。最後まで熟年の大人のように冷静だった。
これで収録も終わりか……と思っていると、三宅の目がメイド服の少女に向いた。
「次は君にインタビューしたいんだけど、いい?」
「……あたし? 今日は紗津姫さんだけの取材じゃ」
「急遽予定変更! 君もなかなかテレビ映りがよさそうだから」
「ほ、本当に?」
「おお、碧山さんも全国デビューですか?」
金子がキャッキャと騒いでいる。適当に言ったことが現実になってしまい、来是も面食らわずにいられない。
「ってか、この格好のまま収録するんですか」
関根が当然の疑問をぶつけたが、三宅はノリノリだった。
「それがいいんだよ! 間違いなく反響を呼ぶから!」
そんなこんなで、インタビュー第二弾がスタートする。依恋はすっかり気をよくして、いつもの調子を取り戻しているようだった。紗津姫はニコニコ顔で優しく見守っている。
「じゃあ将棋を始めたきっかけから聞いていいかな?」
来是の眉がぴくりと反応する。
依恋が将棋を始めたきっかけ。結局知らずじまいのことが、奇しくも赤の他人から聞き出されることになるのだろうか?
彼女の視線が、ちらっと来是に向いた。
そして、イタズラっぽく笑う。
「こちらのご主人様が始めるというので、それで私もやってみたくなりまして」
「おおおおおおおいいいいいい?」
その場の全員が吹き出した。依恋は完全に攻守逆転したような顔つきだ。
「あら、ご主人様ったら慌ててどうしたのです? お前は今日はずっと俺のメイドだって、ご主人様と言えって、熱く叫んでいたじゃないですか」
熱く叫んでなどいないが大筋は本当なので、ぐうの音も出ない。
このままでは女の子に無理矢理メイド服を着せてご主人様ごっこする変態だと、全国レベルで広まってしまうではないか!
「い、今のカットしてくれますよね?」
「さあ、どうかなあ」
三宅もすっかり面白がっている。
ああ、調子に乗った罰なのだろうか? 変態の烙印に恐れおののく来是を放って、インタビューは続く。
「では今後の目標は?」
「紗津姫さんに変わって、女王になることですわ!」
「おお、それは素晴らしい目標だ」
アマ女王ではなく学園クイーンになりたいという意味なのだが、面倒くさすぎるので横やりは入れなかった。
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