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 JKミスコンの地方投票がスタートした、らしい。
 依恋はSNSを中心に注目を集め、まずは関東の代表を目指すとのことだが、来是にはいまいち詳しい仕組みがわからない。たまに途中経過を聞けばそれでいいかと思った。
 それに、依恋ならきっと勝ち抜くだろうという確信もあった。心配することなど何もない……。
「うふふ、新聞部史上最高の記事じゃない?」
「そう言ってもらえると、気合いを入れた甲斐があったな」
 投票開始に合わせて頒布された独占インタビューの記事を、依恋は何度も読み返していた。家には保存用と鑑賞用の二枚があるらしい。記事を担当した浦辺も、ずいぶん気をよくしていた。
「関東代表になれたら、いやきっとなるだろうけど、また取材させてくれよな。碧山さんは今や、我が新聞部のキラーコンテンツだ」
「もちろんよ。みんなも応援よろしく!」
「このクラスから日本一の女子高生が生まれるかもしれないなんて、超ワクワクする!」
「大手の芸能事務所に入る権利とかもあるんだよね。どうするの?」
「どうしようかしら。来是は、あたしにどうなってほしい?」
「俺に聞くなよ……。ま、好きにすればいいんじゃないか」
「あまり遠くに行ってほしくない、みたいのはないの?」
「それは……別に」
「あ、今ちょっと迷ったでしょ」
「迷ってないっての。俺が何を言ったって、お前は自分の好きにするんだろ。昔からそうだ」
 そのとき、廊下から依恋を呼ぶ声がした。振り向いてみれば山里だった。
「すいません、またお願いできますかー?」
「お安い御用よ!」
 依恋がJKミスコンにエントリーしたことは、特に一年の女子たちの間で話題になっているようだった。依恋と写真を撮りたい、そんな子たちがここ数日絶えることがなく、休み時間になるたび誰かしらやってくる。自分たちだけで上級生の教室に来るのは勇気がいるようで、同じ将棋部の山里に仲介してもらっているわけだ。
「すっごい応援してます! 頑張ってください」
「めちゃ憧れてます! どうしたらそんなキューティクルな髪になるんですか?」
「先輩なら絶対グランプリ取れますよー!」
「ありがと。SNSの投票、ぜひお願いね!」
 わいわいと騒ぎながら、後輩たちとの写真撮影を満喫する依恋。同性に囲まれていると、彼女の美少女ぶりはいっそう際立つようだった。そしてその恒星のような明るさが、周囲も明るく暖かくさせる。
「俺の新聞記者としての勘がささやいているぜ。芸能界がほっとかないって。本当にいつか、遠い存在になっちまうかもな」
 浦辺がしみじみ言う。来是は反応に困って、何も返事できずにいた。
 依恋が遠くに行ってしまう、などとは考えたこともなかった。しかし彼女はどうするつもりなのか。
 誰よりも可愛い女の子になる――すなわち日本一の女子高生という座ですら、彼女にとっては通過点に過ぎない。依恋の目指す場所は、いったいどこなのだろう。
 と、思いがけない会話が聞こえてきた。
「あ、あのー。実は碧山先輩と同じ将棋部に入ってみたいなー、なんて」
「あら! じゃあ放課後、部室にいらっしゃい! うちは随時部員募集中だから」
「やったあ! 何にもわからないですけど、いいんですか?」
「あたしだって、入学当初はそうだったのよ。手取り足取り教えてあげるわ」
「碧山先輩が手取り足取り? そ、それじゃあうちも……ちょっとやってみようかな?」
「将棋って最近、頭にいいとか言われてるよね! なんか急に興味出てきたかも!」
 名も知らぬ一年生たちは休み時間ギリギリまで憧れの先輩との時間を楽しんで、やっと帰っていった。しかし放課後にも会うことになりそうだ。この中途半端な季節にさらに部員が増えるかもしれないというのは、まるで予想していなかった。
「ねえねえ、もしかしてあたし、紗津姫さん以上に将棋の普及に貢献できるんじゃないかしら?」
「む……先輩以上ってのは、さすがに言い過ぎだろ」
「今はそうかもしれないけど、いつかそうなってもおかしくないんじゃない? あたしが将棋を指している写真をネットにアップするだけで、自分もやってみたいって子が増えていくのよ。うわ、なんか想像したら楽しくなってきた!」
 もちろん将棋仲間が増えて嬉しいというのではなく、自分の影響を受けた子が増えるのが嬉しいのだ。極端な話、囲碁でもチェスでもかまわないのである。
 いずれにせよ、部員が増えれば紗津姫は喜ぶだろう。上級生の負担は増えてしまうが、彼女の笑顔が見られるなら、願ってもないことだ。
 そうして放課後、先ほどの一年生たちが部室を訪れると。
「まあ! お手柄です依恋ちゃん」
「褒めて褒めて!」
「それじゃあ、教育係をお願いできますか?」
「オーライ、任せて」
 依恋はさっそく盤に向かって、先の約束どおり新たな後輩たちを手取り足取り教えることになった。
「きゃっ、駒の持ち方カッコいい!」
「ピシッとしてた、ピシッと!」
「えーと、人差し指と中指で? む、難しい~」
 輪をかけて賑やかになってきた部室を眺めて、金子が言った。
「この分じゃ、また手狭になっちゃうかもしれないですねえ」
「そうだなあ」
 新学期になって、部室棟の中でも一番広い部屋に引っ越すことができたが、すでにそれほど余裕はない状態だった。もう棟に空き部屋はないし、さらに人数が増えるようなことがあれば、本校舎の空き教室に移動することも考えなければならないかもしれない。
「依恋先輩の影響力、さすがです! しびれます!」
 山里はますます依恋に心酔しているようだった。
 こういう子が、これからどんどん増えていくのかもしれない。全国規模で。