前回と今回の2回にわたり慶応大学の教授と小屋との対談をお届けいたします。


■自分で自分をコンサルティングするのは難しい。だからこそ、アドバイザーが必要


小屋:先生はどのようなバランスで資産運用をされているんですか?

枇々木:もちろん、ウェルスナビも利用していますし、インデックスファンドも買っています。
 でも、ロジック的にはどうか?と思うような個別銘柄も持っています。

小屋:というと?

枇々木:以前、日吉駅の近くに住んでいたので、駅前にあるマクドナルドや吉野家、ロックフィールドの株式を。株主優待狙いで(笑)。
 今は株価が上がっているのでいいのですが(笑)。

小屋:なるほど(笑)。

枇々木:友人、知人に「こういう運用はどうか?」と聞かれたら、違うアドバイスをしますね。

小屋:やっぱりロジックがわかっていても、そのとおりにやるのは難しい面があるんですね。
 私たちもお客さんにいくらロジカルに説明しても、実行に移してくれる人はなかなか増えないというギャップを抱えています。
 先生は研究者としてロジックを十分に理解されているわけですが、それでも行動はモデル通りとはいかないのはなぜなんでしょう?

枇々木:自分で自分をコンサルティングするかどうかの問題で、私はしないです。
 そういう意味では、小屋さんのようなアドバイザーの存在は本当に重要だと思います。

小屋:それはありがたいです。

枇々木:信じられるアドバイザーがいるかどうかは、個人の資産運用にとって非常に大きいですよ。


■資産運用の目標設定をどこに置くかを迷い、悩む人が多い


小屋:私が衝動的に先生の研究室へお話を伺いに行ってしまったのは、私たちファイナンシャル・プランナーがお客さんにアドバイスをするとき、パーソナルファイナンスにも通じる金融工学の研究成果や理論があれば、より説得力が高まるのでは……と思ったからです。

枇々木:私自身もその可能性は感じています。
 例えば、株式投資に関して、若いうちはリスクを取ってもいいけど、年齢を重ねたらリスクの低い商品に変えたほうがいいと言われますよね。
 それは理屈としてはわかるけれど、実際にFPの現場の例に倣って精緻なモデルを作ったとき、最も的確な答えが出るのか?
 もちろん、何らかの答えは出ますし、言われている通りのことが定量的に示されるだけかもしれません。
 でも、当たり前のことをきちんと定量化されたモデルで示していくことも私たちの仕事の1つじゃないかと思っているんです。

小屋:現場での実際の話で言うと、資産が十分に増えた人はリスクを取っても取らなくても、人生大きく変わらないんですよね。
 60歳で3億円の個人資産を持っていたら、そんなに使いきれませんから。

枇々木:そうですね。本当にお金を持っている人は生命保険も、医療保険も入る必要がないし、無理して資産運用することもないですからね。
 例えば、65歳で資産が1億円あれば、年金も含めてある程度の生活は維持できます、と。
 そうなったら、リスクを取らないのが一番いいわけです。
 でも、ご本人が1億円では不安ですとなれば、またやるべきことは変わってきますよね。
 これがパーソナルファイナンスの難しいところであり、興味深いところです。

小屋:お客さんに目標を定めてもらうこと。現場では、これが意外と難しいんですよね。
 目標設定が決まらないから、アプローチの仕方も定まらない。
 そこをお客さんと時間をかけて話していくわけですが、先生たちがモデルを作るときはどういうふうに目標を決めていくんですか?

枇々木:家計について考えるとき、例えば、天国までお金を持っていくことはできませんよね。
 だけど、生きているうちはお金が必要です。では、どれくらい必要なのか、と。
この額の設定は非常に難しいですが、モデルを作るときは○歳までいくらと決めて進めます。
 ただ、現場ではお客さんの感情と向き合いながら探っていくはずで、それは理想論では納得してもらえないですよね。
 だからこそ、現実的なプランを提案できるFPの皆さんの助けが大事になってくるのだと思います。

小屋:現場の話で言うと、目標が定まらないお客さんには、とりあえず私たちの側で仮の目標として、今おっしゃられた「死ぬまでお金が尽きない」をゴール設定としていいですか?と聞いています。
 大半の人は、「それでいいです」と言われるんですが、皆さん本当に満足されているのかな?と思うわけです。

枇々木:ああ、その感覚はすごくわかりますね。

小屋:ゴールをどう作るのか。これがこの仕事で一番難しいところだなと思っています。

枇々木:難しいからこそ、FPの存在価値があるとも言えそうですけどね(笑)。


■現場のFPと研究者とのコミュニケーションを深め、より良いアドバイスにつなげたい


小屋:アメリカに行ってパーソナルファイナンスの現場を見て羨ましいなと思うのは、お客さんとある程度適切なコミュニケーションが取れれば、その後のモデル作り、計算は機械が……というシステムが整っているんですよね。
 その点、日本の現場は手作業というか、いわゆる定量的なデータを自動的に処理してくれる仕組みも整っていません。

枇々木:なるほど。たしかに、FPの現場でもある程度目標が決まったら、その後はコンピュータに任せ、できたモデルを見ながらアドバイスしていく。そんなソフトウェアがあれば便利ですね。

小屋:アメリカの充実ぶりに比べると……。

枇々木:ソフトウェアを開発しようにも、それを使ってくれるFPが見込めなければ作れませんから、パイの大きさが大事ですよね。
 アメリカではホームドクターのようにFPに家計を見てもらっている人が多く、日本はまだその環境にはなっていないので、各金融機関でそれぞれに独自のソフトウェアを持っているんでしょうね。
 例えば、ウエルスナビもそうですが、フィンテック企業が増え、実際に将来のシミュレーションをお客さんに見せ始めています。
 その積み重ねで、プロのアドバイスを求めるニーズが広がっていけば、今、小屋さんが言われたようなことはできるようになるのではないでしょうか。

小屋:そうですね。お金を払って資産運用のアドバイスを受けよう、というマーケットが厚くなっていくことですよね。

枇々木:貯金から投資への流れは確実に起きていますし、銀行預金が資産運用に回っていけばとても大きな動きになります。

小屋:仮に10%としても、約180兆円動きますからね。
 私の個人的な希望で言えば、私たちのように現場でお客さんの相談に乗っているFPと、学術的に研究している先生方の間で情報やセオリーをフィードバックし合える場が持てればいいなと思っています。
 FP学会が舞台になってもいいですし。
 そういった取り組みについて先生はどうお考えですか?

枇々木:私たちも、学会サイドもFPの皆さんの話を聞きたいと思っています。
 でも、どうしたらいいのかがわからない。仕組みづくりのために研究会のようなものを作れるといいですね。

小屋:まずはコミュニケーションを取りながら。

枇々木:そうですね。
 最初の取り組みとして、例えば、私と小屋さんで「やりますか!」と動き出してもいいわけですし。

小屋:ぜひぜひ。本当に私たちは、金融工学を筆頭に力強い理論的なサポートを求めています。
 それがあることで、お客さんに対して説得力を持って説明しやすくなりますから。
 お客さんの課題はこうで、こういうモデルを活用すると解決できます、と、そんな説明を行う裏付けが欲しい。
 そう感じているFPはたくさんいると思います。
 今日のお話をきっかけに、現場と先生方の間でしっかりとしたコミュニケーションが取れる場を作っていけるとうれしいです。


~了~


株式会社マネーライフプランニング
代表取締役 小屋 洋一


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)


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