産業新潮
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8月号連載記事
■その5 共感・同調が社会・経済の基本原理
●「国富論」は「道徳感情論」の別冊であった
アダム・スミスが1776年に著した「国富論」は、近現代における経済学の出発点とされるあまりにも有名な本であり、実際に読んだことがあるかどうかはともかく、その名を知らない読者はいないはずだ。
しかし、世の中に意外と伝わっていないことが二つある。
一つはアダム・スミスが道徳哲学の教授であったことだ。
グラスゴー大学卒業後、オックスフォード大学中退。1748年にエディンバラ大学で文学と法学の講義を始めた。そして、1751年にはグラスゴー大学の論理学教授に就任し、翌年道徳哲学教授に転任しているのである。
1750年には、「人間本性論」で有名なデビッド・ヒュームと出会うが、彼が死ぬまで生涯親しく交流し、強い影響を受けることになる。
それらの流れの中で、1759年に出版されたのが「道徳感情論」であるが、その経歴からも分かるように、当時はこの本が彼の代表作でありベストセラーであった。そのベストセラーの中の「経済」に関わる部分を抜き出し、別途解説したのが1776年に発行された「国富論」なのである。
したがって、現在多くの経済学者が別冊である「国富論」、しかもその中の「神の見えざる手」なるものに執着しているのは滑稽でさえある。
ちなみにアダム・スミスは「見えざる手」という言葉は使っているが、「神の見えざる手」という言葉は国富論の中では使っていない。
経済学の源流とも言えるアダム・スミスの思想を理解するためにはまず「道徳感情論」を読んで理解すべきなのである。それを怠って「国富論」をああでもない、こうでもないと議論する学者や評論家が多いのには辟易する。
●経済学者は利己的である
2017年のノーベル経済学賞をシカゴ大学教授のリチャード・セイラ―が受章したことで「行動経済学」の研究内容が一般にも知られるようになった。行動経済学は、まさに人間の行動を分析する学問であるから、社会科学にしては珍しく実験が良く行われる。実際に世の中で起こった出来事を詳細に研究する「社会実験」も重要だが、この手法は実験とは言っても、恣意的に社会を動かすわけにはいかないから、結局「たまたま偶然で起こった出来事」を研究するだけで「再現」することができないという弱点がある。
もう一方は、実験室の中で行うものだが、これにはサルに関する実験と同じく、ご褒美の餌が必要である。人間の場合は、リンゴやバナナではモチベーションが上がらないし、統計も取りにくいので、ほとんどの場合金銭が報酬として用いられる。
実験の一つに「最後通牒ゲーム」という有名なものがある。
例えば被験者A(山田)が1万円を渡されたとする。その1万円は山田がもう一人の被験者B(鈴木)と分け合うためのものである。分け合う比率の決定権は山田にあり、例えば山田が9999円で鈴木が1円でもかまわない。ただし、鈴木がその比率に同意しなければこの取引は決裂し、どちらも1円も受け取れない。
鈴木の立場から考えれば、山田が強欲で自分が9500円鈴木が500円の比率を提示した場合でも、それを受け入れたほうが合理的である。もしその提案を蹴とばせば、1円ももらえないのだから500円の損であるからだ。これまでの経済学では、相手がどんなに強欲で嫌な奴でも500円儲ける方を選ぶというものであった。
ところが、何回実験しても全く違った結果になる。
半分ずつというわけにはいかないが概ね6:4.あるいは7:3というそれなりに妥当な提案がなされ、受け入れ側も概ねそれを受諾するのである。
ただし、この比率は文化圏によってかなり異なり、コンセンサスが、文化圏ごとに成立している。
興味深いのは、持ち金のほとんどすべてを相手に渡してしまうグループがあったことである。この文化圏では贈り物を受けっとった側が、それ以上の返礼をすることがほぼ義務づけられているからのようだ。「ただほど高いものは無い」というわけである。
このような実験の被験者は、最も手っ取り早い大学の学部生がなることが多いのだが、どのような実験でも常に強欲な提案をする学部がある。
例えば自分が9割で相手が1割という具合である。もちろん、教授から常に「合理的=利己的経済人」の概念を叩き込まれている経済学部の学生である。洗脳の恐ろしさを感じる出来事だが、当然その経済学部生のなれの果ての経済学部教授の利己的行動は筋金入りであろう・・・
もちろん、そのような洗脳が無ければ、普通の人々は単純な金銭的な損得だけでは動かないということが明らかである。
(続く)
続きは「産業新潮」
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8月号をご参照ください。
(大原 浩)
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