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書評:国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)

2017/12/06 17:49 投稿

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書評:国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)
アダム・スミス 日本経済新聞出版社
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 人間とサルの違いは何か?
 世界のあらゆる分野の研究者の頭を悩ましてきた問題であり、私が子供の頃から興味を抱き、いまだに明確な解答を得ることができずにいるテーマでもあります。

 サルをはじめとする多くの動物は原始的な道具(例えば木の枝)を使用しますし、イルカはコミユ二ケーションに言語(音波)らしきものを使用することはよく知られています。また、脳のサイズも、人間だけが特別大きいというわけでもありません。

 コイン(トークン)も、サルに教えれば、すぐに使い方を覚え、食べ物と交換したり「売・買春」(オスがメスにコインと交換に交尾を求め、メスがそれに応じる)も活発に行われます。売春が世界最古の職業であるとよく言われますが、本当かもしれません・・・。

 しかし、マット・リドレーがその著書「繁栄」で指摘するように、人間の行う交換は(換算の必要が無い)単純な等価交換だけではありません。
 例えば、サル同士が「自分の背中をかいてもらったら相手の背中をかく」という交換をすることは珍しくありませんが、リンゴ一個を渡すかわりに背中を30分かいてもらうなどという取引をするサルを見たことはありません。
 このような価値の換算が必要な高度な交換は人間特有の行動であると言ってもよいでしょう。このような価値の換算を行うのは、極めて高度な知的活動であり、人間固有の行為なのです。

 また、人間の行う交換には「交換の(実質的)先延ばし」というさらに高度な行為が含まれます。前述の「換算による交換」においても、現代においては「貨幣」がその仲介役として大きな役割を果たしますが、「交換の先延ばし」においては、さらに貨幣が重要なものとして位置づけられます。

 例えば、魚10匹と山菜一かごを交換したとしましょう。どちらもすぐに消費しないと腐ってしまいますから、交換はそれで終わりです。ところが、塩と山菜を交換した場合、塩は保存可能です。そこで塩を受け取った人々は、それを自分で消費するのではなく、機会をうかがって、その塩をさらに別なものに交換することができます。これが「交換の先延ばし」ということです。

 ちなみに、古代ローマにおいて(古代世界においてはほとんどの地域で)、塩が貴重なものであったため、ローマ兵の給与は塩で支払われていました。つまり塩が通貨の役割を果たしていたのです。また、サラリーマンの語源(大正時代から使われるようになったといわれる)はラテン語で塩を意味する「sal」だとされていて、これは英語の「salt」の語源でもあります。


 本書は、古代ローマからはるか時代が下った1776年に出版されました。
 当時の通貨の中心は銀貨、金貨、それに銅貨です。記述の内容から受ける印象では、銀貨が流通(価値尺度)の中心であったようです。しかし、紙幣はもちろんのこと、銀行の当座貸し越し機能、金融機関などによる信用創造(融通手形など好ましく無いものも含めて・・・)など、現代の通貨・金融取引の基礎となるシステムはすべてそろっていました。

 スミスは、それらの貨幣の根源的価値を基本的に「労働を購入できる力」と定義しています(2次的には穀物などの生活必需品を購入できる力等)。

 まだ前半を読んだだけですが、スミスの鋭い観察眼や理論体系の構築力には恐れ入ります。今から250年前にニコラウス・コペルニクスの「地動説」やニュートン力学に匹敵するような偉大な理論が発表されていたのです。

 しかし実は、コペルニクスの地動説は、紀元前に活躍したギリシャのアリスタルコスの地動説の再発見でしかありません。彼以降、アリストテレスやプトレマイオスの説が支配的だったのは事実ですが、特に中世ヨーロッパを現在の北朝鮮並みの状態にし、魔女裁判などで無実の人々を生きたまま焼き殺した残虐極まりないキリスト教(カトリック)が世の中の科学や思想を退化させたために失われた偉大な知識が地動説だったのです。

 経済学においても、スミス以降「マルクス経済学」や「近代経済学」なるものが生まれましたが、社会や経済に果たした役割は中世ヨーロッパのキリスト教と大きく違うとは言えません(マルクス経済学の破たんはごく一部の狂信者以外のだれの目にも明らかですが・・・)。

 したがって、本書を読んだとき、まさにアリスタルコスの地動説を再発見したような衝撃を受けました。現代のわれわれが直面しているほとんどの金融・経済問題の根源に対する深く鋭い考察が行われています。

 唯一欠けているのは、ドラッカーが鋭く指摘した「知識」および「知識社会」の問題です。
 スミスが生きた時代には、「知識の経済価値」は微々たるものであったので致し方ないでしょう(ただし、生産性の向上における「知識」の重要性には気付いています)。

 ニュートン力学は、相対性理論や量子論などによってさらに偉大な発展を遂げましたが、「アダム・スミス理論」も、ドラッカーなどの優れた「観察者」の研究成果を付け加えながら(社会の進化と共に)益々発展するでしょう。


 なお、冒頭の「人間とサルの違い」というテーマに関して、本書を読んで浮かんだインスピレーションが「マネサピエンス」(カネサピエンス)という言葉です。読者の創造通り、ホモサピエンスとマネーやカネという言葉を合わせた、私の造語です。

 しかし、人間とサルの違いが結局「マネー」(貨幣)を使うか使わないかというところにあるのだとしたら、人類を「マネサピエンス」と呼ぶのが一番合理的だと思います。

 人類がマネーを主な媒介手段とする「交換」によって、驚異的な発展を遂げてきたことについては、前述の「繁栄」をぜひ読んでいただきたいと思います。


 そして、現在注目されているのが(少なくともこれまでの基準では)価値の無い通貨です。

 1971年に「ニクソンショック」が起こるまでは、ドル紙幣と金との交換はいつでも(一定の換算率で)行えました。つまり、少なくともドルについては、紙幣が単なる紙切れではなく、交換価値を持つ金に準じた商品であったのです。

 ニクソンショック以降、世界各国の政府は交換価値を持たない紙幣を印刷し続け、ドルを中心としたマネー(紙幣)は世界中にあふれています。この砂上の楼閣は半世紀ほど続いていますが、今後どのような展開が待ち受けているのかわかりません。

 「交換価値」という呪縛を離れたマネーを獲得した人類がますます発展するのか、それとも「交換価値」の無い紙幣は単なる紙切れにすぎず、リーマンショック以上の大混乱を引き起こして、紙幣は紙くずになるのか、現時点では全く予想ができません。

 さらに、紙幣には少なくとも「国家の保証」がつきますが、現在脚光を浴びているビットコインをはじめとする仮想通貨にはそれさえありません。砂上の楼閣の上に、さらに砂上の楼閣の屋上屋を建てたようなものです。例えば、古代において貝殻や石貨が通貨として流通した時期・場所がありましたが、現在貝殻や石貨では何も買えません・・・。

 通貨(マネー)は本書でも重要なテーマになっていますが、あくまで「交換価値」を持つのが通貨の本質です。「金本位制」などと言うと、苔むした感じがしますが、交換価値を持たない通貨が何らかの意味を持つとは思えません。別に金と交換する必要はありませんが、なんらかの「購買力」を保証することが、通貨(マネー)の本質であるはずです。

 仮想通貨などの仕組みが今後も機能するのかどうかを考える前に、本書を一読することを勧めます。


(大原浩)


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(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。)

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