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岡田斗司夫プレミアムブロマガ「スラッグ渓谷をブラタモリする〜岡田斗司夫のラピュタ語り最新版」

2019/09/18 07:00 投稿

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岡田斗司夫プレミアムブロマガ 2019/09/18

 今日は、2019/09/01配信の岡田斗司夫ゼミ「ブラタモリ手法でラピュタ世界を語る〜『天空の城ラピュタ』完全講座ついに第3弾!」からハイライトをお届けします。


 岡田斗司夫ゼミ・プレミアムでは、毎週火曜は夜8時から「アニメ・マンガ夜話」生放送+講義動画を配信します。毎週日曜は夜8時から「岡田斗司夫ゼミ」を生放送。ゼミ後の放課後雑談は「岡田斗司夫ゼミ・プレミアム」のみの配信になります。またプレミアム会員は、限定放送を含むニコ生ゼミの動画およびテキスト、Webコラムやインタビュー記事、過去のイベント動画などのコンテンツをアーカイブサイトで自由にご覧いただけます。
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 じゃあ、ラピュタ遺跡その1、スラッグ渓谷の話に行ってみましょうか。
 もう一度、このイメージボードの登場です。
(パネルを見せる)

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【画像】スラッグ渓谷 © 1986 Studio Ghibli

 これが、主人公パズーの住むスラッグ渓谷ですね。

 まあ、さっきも話したように、『天空の城ラピュタ』の中には、アニメのシーンの中には残ってるんだけど、パッと見ただけではなんだかわからない、元々のアイデアの残りであるラピュタ遺跡というのがいっぱいあるんですけども。
 このスラッグ渓谷を、ブラタモリ形式で見て行って、ラピュタ遺跡を探してみましょう。

 「スラッグ」というのは何かというと、「鉱石から金属を精錬するときに出るカス」のことなんですね。金属を精錬する中で、何倍、何十倍ものカスが出るんですけど。

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【画像】スラッグ渓谷炭住 © 1986 Studio Ghibli

 ただ、このイメージボードを見ると、「炭住」って書いてあるんですよ。これ、何かというと「炭鉱住宅」のことなんですね。石炭堀りの人たちが住む、共同住宅のことです。かつて、三池炭鉱や夕張炭鉱、有名な軍艦島にもあった炭鉱住宅というのが、ここにズラーッと並んでいるわけなんですけど。
 つまり、初期設定では、スラッグ渓谷というのは、鉱山の街ではなく、炭鉱の街だったんですね。
 炭鉱では、石炭の何倍もボタと呼ばれるカスが出るんですよ。石炭の塊みたいなものをとって、それを割ると、その中からほんのちょっぴりの石炭と、その何十倍、何百倍ものボタというカスが出るんですね。
 なので、炭鉱の近くには、どこにでもボタ山というのが出来ました。ボタを堆積した山のことです。軍艦島の何が優秀だったのかというと、ボタを全部、海に捨てられたので、ボタ山がほとんどなかったところなんですけど。
 『空の大怪獣ラドン』という映画を見たら、幼虫の怪獣がボタ山を登るシーンがあるんですよ。あれ、山のように見えるんですけど、そうじゃないんですね。石炭を掘った時に出るボタが、もう本当に、何百mという高さの山のように積まれている。
 炭鉱の周りには、ボタ山という人口の山が出来る。つまり「このスラッグ渓谷の深い谷というのは、実は自然の大地ではなくて、人間が掘り出した石炭のボタ、カスで出来ている」というのが、たぶん、初期の設定なんですね。
 だから、こんな無茶苦茶な地形になっているんですけども。

 しかし、石炭の炭鉱になるはずが変更が入って、パズーの住む山は、石炭ではなく、銀とか銅とか錫などの貴重な金属を穫るための場所という設定になりました。
 かつては、鉱石が豊富に採掘出来た場所。しかし、今や、鉱石はあまり穫れず、スラッグというカスばかりが目立ってしまう。その結果、誰か呼んだか、スラッグ(鉱石クズ)の谷、スラッグ渓谷という呼ばれ方をされるようになったわけですね。

・・・

 じゃあ、これをさっきの模型でもう一度見てみましょう。
(模型を見せる)

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【画像】スラッグ渓谷模型

 この模型、すごくいい加減です。どれくらい、いい加減かというと、裏から見ると新聞紙が見えるくらいです(笑)。
(裏側を見せる)

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【画像】スラッグ渓谷模型裏

 これ、持つ場所を気をつけないと、ベコベコとヘコむんですよね。今回1回きりしか持たない強度しかありません。
 これが、スラッグ渓谷の全体の形です。
 実際の谷の深さは、これの2倍くらいあります。つまり、この模型では嘘をついているんですけど。本当は、谷の壁面はこの模型よりももっと高さがあって、山肌にポツポツと家があるんですけど、この谷の底には、街がびっちりと建ち並んでいます。

 丘の上の位置には十字路が走っています。
(模型を見せる)

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【画像】模型十字路

 ここが、街のメイン通りになっているわけですね。
 一番最初に、乗っている飛行船が襲われてシータが空から落下するシーンがあるんですけど。
(パネルを見せる)

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【画像】シータ落下シーン © 1986 Studio Ghibli

 落ちていくシータの横に、かすかに十文字の光があるんですよ。見えるかな?

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【画像】シータと地上の光 © 1986 Studio Ghibli

 それが、次のカットに切り替わると、このスラッグ渓谷の十字路になっているんですね。
 まあ、「この十字路に落ちている」というよりは「スラッグ渓谷にまっすぐに落ちていますよ」ということなんですけど。それは、このカットの背景に、かすかに見える十字の灯り、パズーが走って買い物に行っている商店街の灯りが見えることからもわかります。

 もう一回、模型の方を見てください。
(模型を見せる)

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【画像】スラッグ渓谷模型十字路

 十字路のある商店街の位置がここです。パズーの家がこの辺で、パズーがシチューを届ける親方がいる鉱山の穴がここです。
 パズーは自分の家からこの穴に働きに行って、その後「晩飯を買ってこい」と言われたので、この道をガーッと降りて、十字路に行ってシチュー買って、またガーッと来た道を登って、鉱山へと戻ったわけですね。

・・・

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【画像】商店街 © 1986 Studio Ghibli

 映画の中では、十字路がもう一度アップになったと思ったら、ソーセージか何かを揚げるか炒めるかしている店が映って、次にパズーがシチューを買う店というのが映ります。
(パネルを見せる)

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【画像】ソーセージの店 © 1986 Studio Ghiblinico_190901_02357.jpg
【画像】シチューの店 © 1986 Studio Ghibli

 これが、まあ、さっき話した十字路のある商店街の辺りの風景なんですけど。
 ここで注意してほしいのは「夜も遅いのに、お店屋さんが開いている」ということなんですね。
 これは「パズーが行った時間が夜といっても、まだ早い時間だから」ではないんですね。かなり夜も遅い時間に行ってるんです。
 これ、なぜかと言うと、鉱山というのは、世界中の鉱山、どこでもそうなんですけど、24時間、人が働いているものなんですね。1日3交代制で昼夜を問わずに働いている。
 なので、鉱山の街というのは、どんな店も、だいたい24時間営業なんですよ。そりゃもう、本屋であれ、オモチャ屋であれ、メシ屋であれ、飲み屋であれ、映画館であれ、キャバレーであれ、喫茶店であれ、全ての店が24時間営業なんです。
 なので、こういうふうに、いつも賑やかな街なんですね。

 パズーは、そんな賑やかな街を走り抜けるんですけども。よく見ると、こうふうに、道の傍らにうずくまっている人とか、寝ている人がいるんですね。
(パネルを見せる)

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【画像】寝ている人 © 1986 Studio Ghibli

 これは、宮崎駿らしい街の描写なのかというと、そうではなくて。景気のいい鉱山の街では、こんなことは絶対にありえないんですね。
 例えば、軍艦島の記録のフィルムとかを見てもわかるんですけど。軍艦島というのは本当に24時間営業で、その上、そこで働いている人は、当時の大卒の給料がだいたい3千円とか5千円だった時代に、8万円くらいの月給を貰っていたんです。
 それだけの給料をもらっていた炭鉱夫は、こんな街の端っこで寝たりはしないんですね。とにかく、みんな元気がいいし、こんなふうに道端に倒れている人がいたら、それを助ける人が現れて、次の飲み屋に連れて行ってくれるという、本当に景気のいい場所だったんですけど。
 スラッグ渓谷というのも、かつて街が発展して24時間営業の店がどんどん増えていた時期はそうだったんでしょうけども、今では、もう、そうではなくなってしまったというのが、ここから見て取れるわけですね。

・・・

 パズーは、そこで落ちてくる女の子を目撃して助けに走ります。
(パネルを見せる)

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【画像】走るパズー © 1986 Studio Ghibli

 鉱山の穴があるところに女の子が落ちてきて、パズーが「わあ! なんだ!?」って言って走り寄る。
 これ、シータと反対側に走ってるように見えて、実は、こちら側に回り込んで、この大滑車の横を走り抜けて女の子を受け止めようとしてるわけですね。

 さて、この鉱山の穴、異常にデカいです。たぶん、直径50mくらいあります。
 鉱山のこの直径50mの穴は、深さも50m以上あります。そんな穴の底から、さらに簡単なエレベーターで、だいたい垂直に800mくらい降りた所に採掘場があります。
 このエレベーターの降下速度というのは、もうほとんど自由落下と同じで。下に降りるまで、乗っている人の足が宙に浮いている状態だったそうです。炭鉱で働いていた人の証言をDVDとかで見ると「手すりを真っ白になるまで握りしめるくらい怖い」そうですね。本当に自由落下の速度で落ちるから。そうやって恐怖に耐えながら、底まで降りるそうです。

 この巨大な中央のプーリー(滑車)は、そのエレベーターの巻き上げ機です。パズーが親方に「お前、やってみろ」と命令されたのがこれの操作ですね。
 カンカンという音が鳴ったんだけど、親方は手を離せなかった。「パズー、お前がやってみろ」「えっ?」「慎重にやれ!」と言われて、パズーが握ったレバーというのは、蒸気エンジンでこの滑車を回してエレベーターを巻き上げる装置なんですね。
 800mの深さを、だいたい、10秒とか20秒くらいで上がってくるという。もう本当に、スカイツリーよりも高速のエレベーターなんですよ。ブレーキのタイミングを間違えたら全員即死なんですよね。
 当時、本当に炭鉱の記録でも、「エレベーターの操作を間違えたせいで全員死亡」という事故がよくあったくらいですから。だから、パズーは緊張してたんですね。親方も、それくらい手が離せなかったから、パズーのことを見込んで「こいつなら、やれるだろう」と思ったわけです。

・・・

 さて、エレベーターで穴の底から上がってきた男たちは、さっそく、獲ってきたサンプルを地質学者に見せます。
(パネルを見せる)

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【画像】地質学者 © 1986 Studio Ghibli

 このおじさんは炭鉱掘りではないんです。まあ、ちょっとバイザーみたいなのを着けているんですけど、この虫眼鏡で掘った鉱石を見てるんです。いわゆる、地質学者というやつですね。
 しかし、彼がサンプルを見ても……この石の間に入っている模様みたいなものを見ているんですけども。それを見ても、銀はおろか、錫さえも見えない。つまり「ハズレだ」ということですね。

 親方は、もう本当にがっかりして、窯から蒸気を抜きます。
(パネルを見せる)

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【画像】窯と蒸気 © 1986 Studio Ghibli

 親方がレバーを引くと、窯からブッシューッと蒸気が広がるんですけど。
 この「諦め切って蒸気を抜く」というのは、こういう仕事をやっていない人にはなかなかわかりにくいんですけど。蒸気を抜くと、窯の圧力というのは一瞬で下がっちゃうんですね。ここから先、蒸気機関で動く機械というのは、一切動かなくなるわけです。翌朝、また1時間くらいかけないと、窯の蒸気というのは上がらない。
 小説版の『ラピュタ』(宮崎駿・亀岡修『小説 天空の城ラピュタ〈前篇〉』 アニメージュ文庫 徳間書店)を読むと、「パズーが1人、早起きして、窯に火を入れて、床掃除をして全身汗まみれになって、脱いだシャツを絞ったら汗が水のように落ちるくらい時間を掛けて掃除すると、ようやっと窯の温度が上がってくる」という描写があるんですけど。それくらい高価な石炭を焚いて焚いて焚きまくって、巨大なボイラーの中に蒸気を貯めていたわけですね。
 その全ては「この新しい坑道の中から、まあ、銅とはいわない。銀とはいわない。せめて錫くらいは見つかるだろう」と思ったから。だからこそ、みんなで夜勤して、わざわざ弁当も買いに行かせて、力を合わせてやっていたのに、それがダメだったわけです。
 ということで、みんな諦めて、散々、窯の温度を上げて貯めていた蒸気を抜いてしまった。ここら辺から、親方達の絶望感というのが見て取れるわけですね。

・・・

 この蒸気機関の蒸気というのは、何のために使うのか?
 さっき見せたような「巨大な滑車を動かして、エレベーターを動かす」というのもあるんですけども、それはあくまでも、ついでなんですね。どちらかというと「まあ、エレベーターがあったら便利だから」というような仕掛けなんです。
 実は、蒸気機関の蒸気というのは、何のために発明されたのかというと。そもそもは「汽車を動かすため」でもなければ、「船を動かすため」でもないんですよ。蒸気機関の蒸気というのは、もうひとえに「鉱山の坑道の底に溜まっている湧き水を汲み上げるため」なんですね。
 蒸気機関を発明したのは、ワットではなく、ニューコメンという人なんですけど。このニューコメンも発明したのは「坑道の下の溜まっている水を、とにかく抜くため」なんですよ。
 本当にね、鉱山の仕事というのは水との戦いで、どんどん水を抜かなきゃいけない。そのために蒸気機関というのが発明されたんです。
 炭鉱というのは、深さ15mくらいまでは、まあ、大丈夫なんですけど、15mを超えると、湧き水が最大の問題になってくるんです。
 地面の浅い部分というのは、炭鉱でも鉱山でも、あっという間に掘り尽くせてしまうんですけど。産業革命前には、炭鉱の深さも、そろそろ50mを超えて、だいたい100mくらいになってきたんですよ。
 そうなると、もう最初の頃は、手掘りの井戸みたいにして、カラカラと手で水を汲み上げてたんですけど、それではもう、どうやってもやりようがなくなってしまった。
 なので、ニューコメンという……たしか神父だか牧師だったんだと思うんですけど、まあいいや。この人が発明したのが蒸気機関だったんです。
 その結果、「鉱山の湧き水を汲み上げるために、こんなに便利なものはない!」ということで、あっという間に世界中の炭鉱や鉱山に普及しました。
 そして、蒸気機関がヨーロッパ中に普及したおかげで、さっき見せたような巨大な滑車によるエレベーター設備と、蒸気機関というのが、鉱山や炭鉱のシンボルみたいになったんです。

・・・

 こういう設備が全て出来た頃、この巨大な滑車のエレベーターや蒸気機関の設備が整った頃くらいが、スラッグ渓谷の黄金期です。
 渓谷中に、軽便鉄道が敷かれたのも、この時代だと思います。
(模型を見せる:株式会社さんけい みにちゅあーとキット 機関車とオートモービル)

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【画像】軽便鉄道模型

 これが、スラッグ渓谷内を走っている軽便鉄道の模型です。
 でも、実際はこうじゃなかったと思うんですね。これは、宮崎駿が、ちょっと面白く描くために作った嘘で。当時の軽便鉄道の線路というのは、木造じゃないんですよ。
 このスラッグ渓谷のモデルとなっているのは、イギリスのウェールズだと言われているんですけど。当時のウェールズは、すでに、こんな木で橋桁を組めるほど木材が豊富ではなかったんですね。産業革命の初期の頃に、木材というのは切り尽くされて、燃やされ尽くされてしまったので、イギリスには、もう鉄しか残ってなかったんです。
 なので、世界産業遺産の第1号って、確かイギリスにある鉄橋なんですよね。鉄で作った橋というのが産業遺産になっている。それはなぜかと言うと、「もう、イギリスには、こんな良質な木材がなく、鉄で橋を作るしかなかったという時代だったから」なんです。
 だけど、ここら辺で、ちょっと嘘をついてですね、カッコいい木材で作った橋桁の上を軽便鉄道という簡単な鉄道が走るようになっています。
 スラッグ渓谷には、この軽便鉄道が、ありとあらゆるところに敷かれています。
(模型を見せる)

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【画像】スラッグ渓谷模型線路

 これは、スラッグ渓谷の中を走っている軽便鉄道の模式図みたいなものです。このダンボールで作っている線路みたいなのが軽便鉄道なんですけど。この位置に駅があって、ここからかなり縦横無尽に走っています。

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【画像】スラッグ渓谷美術ボード © 1986 Studio Ghibli

 縦横無尽というのはどれくらいかというと、スラッグ渓谷の美術ボードを見ると……美術ボードというのは、背景さんが背景を描く前に、見本として描かれる絵のことですね。
 背景さんというのは、何人ものチームで動いているんですけど、チーム全体に対して「こういうふうに背景を描きましょう」ということで、美術監督が描き下ろす絵のことを美術ボードと言います。この美術ボードを見て、背景のそれぞれのスタッフが「俺が描くのは昼だから、これくらいの光で」とか「俺はこの位置のアップだから、これくらい」とか「朝だから、もっと朝もやが出てている」みたいに調整して描くのが、アニメーションの背景なんですね。
 この美術ボードを見てもわかる通り、かなり縦横無尽に軽便鉄道の路線が走っています。

 これは、スラッグ渓谷が、単なる鉱山を掘るだけの街ではなく、その精錬から加工まで、ありとあらゆる作業を全部一手に引き受けていた街だったんですね。
 だから、街の中に線路を敷きまくっているわけです。あらゆる場所で、加工の作業場や工作設備があるので、この街はもう本当に煙突とか線路だらけの、こういう不思議な構造になっているわけです。
 まあ『映像研には手を出すな!』の作者の大童さんが喜びそうな構造になっています。

・・・

 このスラッグ渓谷、実はちょっと不思議な部分があるんですけど、わかりますか?
 スラッグ渓谷には、本来だったら絶対にあるべきものがないんですよね。このような大規模工場の街には、絶対にあるようなものが。
 例えば、有名な「パズーがスラッグ渓谷の夜明けにトランペットを吹く」というシーン。
 パズーの家は、スラッグ渓谷の一番眺めの良いところにあって、ここでラッパを吹くと、向こうの方から太陽の光が差してきて、朝日がスラッグ渓谷の崖を照らしていく、すごく綺麗なシーンなんですけど。
 なぜ、こんな良い場所にパズーは住んでいるのか? この崖の上に本来あるべきものがないんですよ。
 あるべきものがない。それが何かは、宮崎駿が『ラピュタ』公開の2年前に手掛けたテレビアニメ『名探偵ホームズ』を見ればわかります。
 『名探偵ホームズ』の第11話「ねらわれた巨大貯金箱」という回があって、この中に、スラッグ渓谷とそっくりな場所が出てくるんですね。
(パネルを見せる)

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【画像】ギルモアの谷 ©RAI・TMS

 これはギルモアの谷と言われています。ホームズとワトソンがオートモービルで坂を登ったらビックリ。その下には、ギルモアの谷と呼ばれる、巨大な煙突がズラーッと並んでて、煙をモクモク吐いていて、貧乏人が山のように住んでる工業の街がありました、というやつなんですね。
 もう本当に『ラピュタ』のイメージ元になったような作品なんですけど。これ、本当にスラッグ渓谷そっくりなんですよ。
 そして、スラッグ渓谷の中からわざと削除されたものがここに描かれています。それが、これです。
(パネルを見せる)

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【画像】ギルモアの屋敷 ©RAI・TMS

 これはギルモアの屋敷なんですよ。カメラが下から上に上がっていくと、最初はスラッグ渓谷の貧乏な家が見えて、そのはるか上方、丘の上に、ギルモアさんという人が住んでいる立派なお屋敷がある。その屋敷の中の黄金の貯金箱がキラーンと輝いているというシーンなんですけど。

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【画像】黄金の貯金箱 ©RAI・TMS

 そうなんですよ。あるべきものというのは、ギルモアの谷を所有するギルモアさんのような、大金持ちの屋敷なんです。
 つまり、炭鉱にしても鉱山にしても、実は維持や開発には巨大な資本が必要なんですね。なので、ギルモアの谷の上には、谷全体を見下ろすようにして、金ピカのギルモア屋敷が建っているんです。
 しかし、スラッグ渓谷の山のてっぺんには金持ちの家がないんですよ。さっき見せた通り、上の方まで工場でいっぱいで、全然、金持ちの家がない。
 だから、パズーも山の上の一等地みたいなところに住めるんですね。
 これは、宮崎駿が思いつかなかったから、気が付かなかったから、気にしなかったから、そんなことではないんですよ。たった2年も前に、わざわざ自分で作品を作っているわけですから。『名探偵ホームズ』の中では、丘の上に建つ金持ちの家というのをちゃんとやってるんですよ。
 では、これがなぜかと言うと「この谷から、金持ちはいなくなっちゃったから」なんです。「この30年ほどで、スラッグ渓谷は経済的に没落していったから」なんです。
 スラッグ渓谷というのは、ギルモアの谷の30年後の世界なんですね。巨大な資本が撤退して、どんどん貧乏くさくなっていった。
 パズーが住んでいる家も、周りの家並みからすると、おそらく教会なり公民館なりの施設だったんですよ。そういう場所が空き家になって、水道とかも流れていない丘の上は不便で、暮らしにくいからということで、パズーでも住めるようになっている。そういう場所なんだと思います。

・・・

 「スラッグ渓谷は、ギルモアの谷の30年後の世界だ」と言いましたけど、さてじゃあ、そんな貧乏なスラッグ渓谷とはどんなところか?
 これはパズーの親方のおかみさんです。
(パネルを見せる)

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【画像】親方のおかみさん © 1986 Studio Ghibli

 まあ、巨乳で肩幅も広く体格も良くて、しっかりしたおかみさんなんですけど。実はこのおかみさん、宮崎駿自身が『アート・オブ・ラピュタ』(アニメージュ編集部編『THE ART OF LAPUTA 』ジ・アート・シリーズ7 徳間書店)という美術本の中で解説しているんですけど、この女性、まだ20歳なんですよ。
 今、コメントでも書いてた人いるけど、そう。20歳なんです。「15歳で結婚して、すでに子供がいる」という設定で。
 つまり、メッチャクチャ結婚が早いんですね。この親方は15歳の嫁をもらって子供を産ませて生きているんです。
 これ、なぜかというと「鉱山で生まれ育った第2第3世代が早目に結婚しているから」なんですよね。
 早目に結婚して家族を持つ。これは、景気が良かった鉱山街にあるあるの現象なんですよ。昔、景気が良かったから。それくらい昔は儲かったんですね。なので、若いやつは、さっさと嫁を貰って、さっさと独立した。
 だって、他で働く10倍とか20倍の給料が手に入るから、もう若いやつが家の中で我慢する必要がないんですよ。「長男しか家を継げない」とか、そんなことではなくて、次男も三男も働いたら働いただけ儲かって、どんどん嫁を貰って、家を建てた。だから、スラッグ渓谷というのは、あんなにひたすら家が増えていったわけですね。
 その結果、若い嫁さんを貰うというのが、当たり前の習慣になっている。すごく景気が良かった時代の習慣が、まだ続いているんですね。
 こういう鉱山に流れ着いて、鉱山で働くようなやつというのは、世界中の鉱山を回るベテランというのはほとんどいないわけですよ。「あそこに行けば金が稼げるぞ」と聞いた食いつめもの達が集まって、それでも、働きだしてみたら、あまりにも稼ぎがいいから、そのまま定住しちゃったような人ばっかりなんですよね。
 だから、金払いもいい。そういう人らは、お金を貰ったら、すぐ遊ぶから、飲み屋とか娯楽施設がどんどん出来るんです。
 そして、若いやつは、さっきも言ったように、どんどん独立して、おかみさんみたいな15歳の女の子と結婚する。それが、もう本当に当たり前になっていたわけですね。

・・・

 スラッグ渓谷は、そういう時代の名残りで習慣だけは残っているんですけど、経済的にはどんどん景気が悪くなってきています。
 理由の1つは「掘りやすい深さにある鉱石は、すでに掘り尽くしてしまったから」です。つまり、800mくらい降りて、横穴も2kmも3kmも、下手したら5km10kmと延ばさないと、もう鉱石が獲れなくなっちゃったんですよね。
 しかし、さらにさらに深刻な理由が、この地形の模型と、鉱山鉄道の模型の中に隠されています。
 なぜ、スラッグ渓谷は、こんなに急速に景気が悪くなってしまったのか? それは、このかわいい素敵な軽便鉄道のせいなんですね。このスラッグ渓谷を縦横に走る路線、このちゃんと出来ている鉄道路線自体が街の寿命を縮めてしまったんです。

 これは歴史的な事実なんですけど、19世紀の半ばくらいには、スラッグ渓谷と同じような、山の中にある鉱山がいっぱいあったわけです。石炭だけでなく、いろんな鉱山の街があったんですけど。
 そういうところは、だいたい19世紀の半ばくらいに急激にゴーストタウン化しちゃったんですね。
 だから、このスラッグ渓谷の悲劇というのは、何もここだけの話じゃないんですよ。別に「石炭とか鉱石が取れなくなったから」という理由だけではなく、こういう山の中の街はどんどん滅びていってしまった。
 これは、イギリスだけの話ではなくて、アメリカ大陸でも同じでした。アメリカにある古くからの工業都市というのは、だいたい、山の中とか大陸のど真ん中にあることが多かったですけど。それらは廃れてしまったんですね。
 その代わりに大きくなったのが、ピッツバーグとかデトロイトなんです。
 鉄鋼の街、スティールタウンと呼ばれるピッツバーグは、オハイオ川の隣にあって、デトロイトはエリー湖とヒューロン湖という2つの湖の間に挟まるようにあるんですけども。
 19世紀の半ば、産業革命が進行すると、なんかね、動かすものがやたら重く巨大になっちゃったんですよ。工作機械も巨大なら、作られるものも巨大で。あとは燃やさなきゃいけない石炭も、とんでもない量になったんですね。
 なので、鉄道などの陸路でしか運送手段がないような街というのが、どんどんコスト高になってきたんですよ。その結果、水路、水上運送が出来る、川とか海とか湖とかに面した街に工業地帯が移ってくるようになったんです。
 もちろん、工業製品を作るためには大量の水が必要だということもあったんですけど、何より輸送の問題が大きかったんですね。
 僕は、今年の3月にデトロイトに行って来て、フォードミュージアムというのを見てきたんですけど。そこで案内を直接聞いて、本当にビックリしたんですけども。デトロイトって、自動車の街だと思ってたんですけども、自動車の街になる前に、ちゃんとその準備というのが出来ていたんです。
 18世紀の半ばくらい、本当に、ちょうどスラッグ渓谷が寂れてきた時代くらいから、デトロイトという街は、どんどん大きくなってきていた。ガイドのお姉さんが言うには「デトロイトがたまたま湖の近くにあったから」だそうなんです。
 その時代のデトロイトというのは、自転車とか、馬車とか、そういう金具とかを作ってたんだけど。技術が発展するにつれて、それらのものが重くなって、運ぶ荷物も、もう何トンもの重みになってきた。それまでは「鉄道で運べばいいじゃん、馬車で運べばいいじゃん」と思ってたのが、もう、船でないと全然コストに合わない時代になっちゃった、と。
 だから、デトロイトという街は生き残った。その後、自動車が発明された後にはモータータウンになったんだけども、「それはあくまで結果論であって、まずは水上運送というのがあったからだ」と言われました。その辺、かなりビックリしたんですけど。
 この軽便鉄道も「この貨車がいくつ引っ張れるか?」って問題なんですよ。
 水上だったら、速度さえ気にしなければ「こういう船を山程つないでタグボートでひっぱる」ということがいくらでも出来るんですけど。鉄道の場合は、こういう機関車をいくら強力にしても、引っ張れる貨車の数には限界があるんですね。
 なので、こういう山の中にあるような工業都市というのは、どんどんコスト高になってきたんです。決して「鉱石が獲れないから」という理由だけではなくて、「鉱石が獲れていても、これだけの鉱石を運ぶのに輸送コストが掛かるから」ということで、他所の街に負けてしまう。なので、街がゴーストタウン化してきたわけです。
 スラッグ渓谷は、たとえ金属が獲れたとしても、輸送を考えると、採算の獲れない鉱山になってしまいました。
 ……すみませんね、なんかこんな社会の教科書みたいなことを(笑)。
 でもね、そこら辺をおさえているから、宮崎駿のアニメって、やっぱり面白いんですよね。

・・・

 結局、『ホームズ』で描いた時代、オートモビルというのがろくになくて水上運送というのを気にしなかった時代は、金持ちがちゃんと街の近くにいて「オラオラ、支配者だ! この街はワシのものじゃ!」という感じになるんです。
 ところが、水上運送の時代になると、このスラッグ渓谷もギルモアの谷も本当に山の中にあるので、こういう街はどんどん寂れていってしまうわけなんですよ。
 鉱山は、徐々に徐々に、寂れて貧乏になって、まずは、そういうギルモアの谷のギルモアさんみたいなオーナー達が街から消えます。
 谷に自分の名前をつけていたわけですよ。「ギルモアの谷」って。だから、スラッグ渓谷も、たぶん、昔はオーナー一族の名前がついてたはずなんですよね。
 でも、鉱山の権利を、もう銀行か何かに売り飛ばして、自分たちはロンドンとかパリとかニューヨークみたいな、新しい産業の街、商業の街へ、さっさと移動してしまった。
 こういう人達が、後のロックフェラーとかロイスチャイルドなどの財閥になったわけですね。
 しかし、このオーナー一族というのは、ギルモアさんみたいに威張って、みんなを奴隷のように働かせるという部分もあったんですけど、逆に言えば、自分が作った鉱山には思い入れがあったんですね。
 なので、そういうお金持ちの一族が持っている鉱山というのは、実は長持ちしたんですよ。段々と効率が悪くなってきても、一族が持っているものだから「これはファミリービジネスだ」というふうに、無理してでも運用しよう開発しようとしてくれた。その結果、生きながらえた鉱山というのは、世界中にいっぱいあるんですけども。
 ところが、銀行というのは、そういうオーナー一族と違って、鉱山に思い入れがないんですね。だから、採算が獲れなくなったら、あっという間にやめちゃう。
 小説版の『ラピュタ』の冒頭には「親方達が半日かけて街まで出かけて、鉱山の持ち主である銀行と交渉する」というエピソードがあるんですよね。
 だけど、交渉には全く手応えがなくて、その代わりに、どこかの田舎に「骨のお化け」のようなものが落ちてきたという話を聞いて帰ってくる。実は、それが、ラピュタから落ちてきたロボット兵なんですけど。そこからお話が始まるという、なかなかにくい演出になっているんですよ。
 わざわざ半日かけて街まで行ったのに、「今の持ち主である銀行のやつらは、もう俺達の鉱山を閉める気だ」という親方達の疲れ果てた話と、その中でもちょっとパズーを楽しませようとして「こんな不思議な話があるんだぞ」という、空から落ちてきたロボット兵の話が絡んで、なかなか良い物語の始まりになってるんですけど。
 これも、ラピュタ遺跡です。「映画の中で、もうそんなことをやっている暇はない」といって、ブツッと切られちゃったわけなんです。

・・・

 というわけで、鉱山の持ち主が銀行だとしても、その銀行も、すでに街に引き上げちゃってるだから、スラッグ渓谷の自治権というのは持っていないんですね。
 「ギルモアの谷」だったら、ギルモアさんが支配してて、いろんなことに口出しをする。それはそれで困ったことなんですけど、銀行は銀行でどっかに行っちゃってて、「儲かりさえすればいいから、お前らの勝手にやって」というふうに言って、親方達に完全に自治権を渡してる。
 だから、「どっちの方向に坑道を掘ろうか?」というのも、親方達次第だし、「今日の仕事はやめだ」と言ったり、「残業だ」と言って頑張ってしまうのも、もう全部、親方達の胸三寸になってくるわけなんです。
 「いつ掘り進めるのか? いつ休むのか?」といのも、自分達で決めなきゃいけない。そういう自治権だけは残ってる。
 スラッグ渓谷の「他所者にはわりと冷たく、自分達には自信があって、そして権力には決して屈さない」という男たちの文化の根っこは、スラッグ渓谷が段々と貧乏になって来た時に、自治権だけは自分達で持って、銀行と交渉しながら、自分達で仕事をやっているという、ここらへんの自信にあるんだと思います。
 しかし、銀行も、この調子で儲からなければ、廃山、閉山を言い出すに違いないわけですね。
 このラピュタ遺跡その1であるスラッグ渓谷に、金持ちが住んでないのは「すでにこの鉱山が美味しい場所ではなくなったから」なんですね。
 映画『天空の城ラピュタ』の中で、描かれなかった背景。でも、映画の中をよく見ると、例えば、道の隅っこでしゃがんでるオッサンとか、空中海賊とかと対立して自信満々で立ち向かう親方たちとか、そういう部分に残っている。そんな、ラピュタ遺跡としてのスラッグ渓谷を、ブラタモリしてみました。
 スラッグ渓谷には、もう1つ秘密があるんですけど、それは後半の限定の方で……限定でも無理かな? 放課後の方で話すことになると思います。


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