岡田斗司夫プレミアムブロマガ 2019/02/16

おはよう! 岡田斗司夫です。

今回は、2019/01/27配信「『アナと雪の女王』“Let It Go”の意味から見えるヒットの秘密」の内容をご紹介します。
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2019/01/27の内容一覧


「無邪気なテロリスト」になったエルサ

 『アナと雪の女王』では、ここから先、どんどんモンスターになっていくエルサを、まるで「人間性が解放されている」とか、「自由を得た美しいもの」として表現しちゃってます。
 だけど、実はここから先のエルサというのは、『バットマン』で言う「ジョーカー」とか「ハーレ・クイン」に近いんですよ。そういう、もともと自制心が強い人が狂っていくことで解放されていく、哀しさとか切なさなんですよね。
 しかし、吹き替え版では「ありのままの自分になるの」という歌詞にしてるから、この「狂っていくことで解放されてしまう切なさや哀しさ」というのが伝わらないんですね。

 だから、子供たちには普通の魔法ヒロインモノに見えちゃうし、ちょっと大人な女の人には、裏の意味にピンと感づいて「自分の中の暗い部分、デモリッシュな部分を隠さずに生きる」という部分にちょっと共感できるようになっている、と。
 言い換えたら、この「Let it go」の「隠す必要なくなっちゃったから、隠さなくて良いんだわ」と虚しく笑うというのは、「もう離婚したんだから、夫や家族に、コミケに行って買った同人誌を押し入れに隠す必要は、もうないんだわ」って虚しく笑うのと同じ。
 まあ、そういうニュアンスの部分なんですね。かなり皮肉な笑いです。

 超能力を持つ主人公というのは、その力に苦しむ。その苦しみに負けた者は、「ヴィラン」つまり悪役になるんですね。
 エルサは自分の氷を操る能力に負けてしまって、結局、このお話の中ではヴィランになってしまってるんです。
 しかし、『バットマン』のハーレイ・クインとかジョーカーと違って、『アナ雪』の表現として先端的なところというのは、「エルサが至った狂気というのを、あえて前面に出して、明らかにおかしいものとして表現せずに、まるで人間性の解放のように語ることで二面性を見せている」というところなんですね。
 なぜ、そんな二面性を出さなきゃいけないのかというと、実はこの『アナと雪の女王』には、隠れた原作があるからなんですけど。それはもうちょっと後で話します。

 この、エルサの「無邪気なテロリスト」って言うのかな?
 彼女は、自分が「この国の中にもっと冬が来ればいい! 嵐が吹き荒れればいい!」と言うことで、大災害が起きているということを、あんまりよくわかってないんですけど。
 こういった無邪気なテロリストという部分も、世界中でヒットした理由だと思います。
 これは、締めのところで語ります。

 「真に自由になるためには、反社会的であることを恐れてはいけない。しかし反社会的であれば自由と引き換えに孤独になってしまう」。
 なんかもう、本当に『バットマン』の世界ですよね。こういう本音を、子供や普通の観客に気づかずに忍び込ませているんですよ。
 だから僕は、マーベルヒーローとかヒーローモノが好きな人こそ、『アナと雪の女王』を見て、「ああ、すげえ!」と言うべきだと思うんですけど。
 そういう人達は、まず最初に、このヌルいパッケージと、ヌルい日本語の歌詞に引っ張られて、まさかそんな話だとあんまり思ってないみたいなんです。
 これ、本当にすごいんですよ。僕らが油断しているうちに、ディズニーアニメというのは、日本の深夜アニメよりも、わりと過激になってしまったということなんですね。

(続きはアーカイブサイトでご覧ください)

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