瞑想より簡単なプチ瞑想を手に入れる(その3)〜「感じる」から「考える」へ〜 の続きです。
本当は、重要な決断をも左右する「言葉を使わずに考える力」。
でもこれまでのところ、ほとんどといって注目されていません。それは景色やアートを「感じる」力として処理され、ものごとを考える力とは考えられていません。
しかし、あらゆるチャレンジでは、言葉で理詰めで考えては超えられないリスクがあり、だからこそ、成功の暁には賞賛されます。
そんな決断力を支える「言葉を使わずに考える力」があまりにも顧みられないのはなぜでしょうか。
ずばり、科学を支える学者たちが、「言葉を使って考える」権威だからです。彼らは人類でもっとも「言葉を使って考える」ことが得意とされる人々であり、その業績も言葉の塊である論文で裏付けされます。彼らにとって「考える」とは「言葉」そのものであり、「言葉を使わずに考える」ことが表に出てくることは決してありません。
そんな中、一時的に言葉を失ったことで、そのパワーを知った科学者もいます。
一時的に左脳を失った科学者の話が悩ましい
「言葉を使わずに考える力」を科学者がどう言葉で表現するかぜひプレゼンを見てみてください。
また、答えが一つに決まらないことも問題です。アートが多様であることと同じで「言葉を使わずに考える力」がそれぞれ違う答えを出します。
だから科学の結実のように誰でも再利用できるわけではありません。
だからといって意味がないわけではありません。日本の地方に散らばる様々な問題。それらがなぜ解決しないかといえば、日本中で同じアプローチで解決しないからです。従来の鉄道やバスといった公共機関が維持できなくなっている地方はたくさんありません。でもうまく工夫している地方も出てきています。でもその解決法は全国全てで使えるわけではなく、地方地方で地元に合わせて工夫する必要があるのです。
他の地方で成功した手法を理詰めで地元に適応してもかならずしもうまくいきません。独自の工夫をすること、またそんな工夫をあえて行うリスクをとる決断のためには、「言葉を使わずに考える力」が必要なのです。
これからますます重要になる「言葉を使わずに考える力」。景色やアートを見ることでも培われますが、もっと簡単にお風呂で脳内ミュートをしてみてはいかがでしょう。あったかくて気持ちいい湯船に浸かりながら、「あったか〜い」とか「い〜気持ち〜」といった原始的な感情を現す言葉以外は受け流し、ぽっかぽかのお風呂をぜひ脳内ツイートなしで楽しんでみてください。
《ワンポイントミライ》(?)
ミライ: 「言葉を使わず考える」最大の障害ですよね。
フツクロウ: なにしろ言葉にならんから伝えることが難しいからの。
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