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週刊『夏野総研』 号外号【「早慶」を隔てる“見えない壁”の正体】

2019/05/22 08:00 投稿

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5/21に夏野がNewsPicksの番組『THE UPDATE』に出演しました。

◆【早稲田vs慶應 私学頂上決戦】
https://newspicks.com/live-movie/302

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【「早慶」を隔てる“見えない壁”の正体】
 私立大学の雄である、早稲田大学と慶應義塾大学大学(以下、慶応大学)。野球の世界で「早慶戦」という言葉があるように、両校はライバルとして比べられることが多い。スポーツの実績や知名度、偏差値などを比べれば確かにライバルと言える両校だが、「大学経営」という視点で見ると話は別。非常に大きな違いがある。

 ちなみに、私は何を隠そう早稲田大学出身。そして、現在は慶應大学で教鞭をとっている。今回は、どちらの事情も把握しているある意味“ハイブリッド”な立場から、両校を比較してみたいと思う。

 まずは両校の一般的なイメージから触れてみたい。大雑把なイメージであるが、一般的なイメージとして以下のような印象を持つ人が多いのではないだろうか。

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【早稲田大学】
・野暮ったい
・雑草魂がある
・図太い
All Japan
・富裕層が少ない

【慶應義塾大学】
・オシャレ
・温室育ち
・か弱い
Tokyo / Yokohama
・富裕層が多い
-------------

 この“富裕層”の部分に注目してほしい。「早稲田大学には富裕層が少なく、慶応大学には富裕層が多い」というイメージがあると思うのだが、果たしてそれは本当なのだろうか。
 結論から言えば、富裕層の絶対数はさほど変わらないと感じている。そもそも日本にいる富裕層の割合は非常に低い。それは実際にデータとして表れており、野村総合研究所の発表(https://goo.gl/PJKPGu)によると以下のような割合になっている。

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 日本全体で、金融資産が1億円を超える富裕層はたったの1.9%。この事実に加えて、65歳以上の世帯が個人金融資産の6割以上を保有することを踏まえると、大学生の親世代における富裕層の割合は限定的であることがわかる。
 そして、各校の学生数は、早稲田大学が52078人、慶応大学が33625人(いずれも2015年のデータ)。当たり前の話だが、慶応大学の学生が富裕層ばかりであるということは到底考えづらい。もちろん、富裕層がいることも事実でだが、大学全体で見ればマイノリティな存在である。

 では、なぜ慶応大学に「お金持ち」というイメージが根強いのだろうか?

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 その理由は、富裕層の学生の“立ち居振舞い”が大きく影響していると思っている。両校を見てきた経験から言えるのは、早稲田大学の富裕層はその事実を周りに言わない傾向があるのに対して、慶応大学の富裕層はその事実を隠さない傾向が強いということ。わかりやすい例でいえば、慶応大学の学生は高級外車に乗って通学したりする学生もいる。そういった事情もあってか、非富裕層の学生のなかには「なんとなく肩身が狭い」と思っている学生もいる。一方の早稲田大学は、富裕層でなくても肩身が狭いとはまったく思っていない。冗談のような話だが、このような実態があるのだ。

 慶応大学に通う富裕層が「富裕層であること」を隠そうともしない背景には、付属校の存在、特に慶応幼稚舎が大きく影響していると考えられる。そこで、イメージの次に付属校の状況について触れたい。
 まずは慶応大学からだ。

〈慶應大学〉

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 慶応大学には慶應義塾幼稚舎がある。「幼稚舎」という名前であるが中身は小学校だ。この幼稚舎には、有名人や経営者の子弟が多く、「慶応大学生=富裕層」というイメージの形成に大きく関わっている。

 ちなみに、この慶応幼稚舎出身の学生は評判が良くない面もある。エスカレーター式に進学してきたため「頭が悪い」と言われたり、富裕層の家庭が多いので「ボンボンでわがまま」とステレオタイプで見たがる人たちがいるからだ。もちろんこれらは単なる嫉みでしかない。実際に企業の経営者など多くの成功者を輩出しているのも事実である。だから妬まれもするが、同時にリスペクトや羨望の対象にもなっている。リスペクトされるという事実は、早稲田大学の系列小学校と比べれば非常にわかりやすい。


 リスペクトや羨望の対象になっている慶応幼稚舎出身の学生に対して、早稲田大学の系列小学校出身者は対照的だ。それはそれぞれの系列校を比べれば非常にわかりやすい。


〈慶應大学〉

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〈早稲田大学〉

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  早稲田において、慶応の幼稚舎にあたるのが、早稲田実業学校初等部だ。ただし、慶応のように「付属校」ではなく、初等部は「系属校」。系属校とは、大学を運営する学校法人とは別の法人が運営するものであるため、この場合は早稲田大学が直接運営していない。なおかつ歴史も浅く、早稲田大学のなかでも存在感は薄い。そして、早稲田実業学校初等部から早稲田大学に進学した有名人や実績のある人は、まだまだ少ない。このため、慶応大学にとっての幼稚舎とは違い、初等部は“主流”だと思われていない節がある。国分寺という立地も悪く、まだリスペクトの対象にはなっていない。

 大学が経営する付属校は早大学院(高校)と本庄学院だが、こちらは小中学校が併設されておらず、高校から入学することになる。が、わずか3年の男子校なので、他の早稲田大学の学生からすると「辛い大学受験をしなかったズルい人」とまで思われることもある。結果、早稲田の学生のなかでは「付属や系属の高校ではなく、大学から入った人が一番偉い」とさえ思われる傾向にある。
 一方で、「幼稚舎はバカだ」と言われながらもリスペクトされている慶応。このような差が開いたのは、付属校・系属校での施策の違いがあるからに他ならない。両校ともスクールポリシーや文化は存在しているが、慶応大学は小中高一貫教育において、伝統の継承に成功した。反対に、早稲田大学は大学から入った人たちが主流となって早稲田カルチャーを伝承していく。一長一短ではあるが、スクールポリシーの強化・伝承という意味では早稲田大学は失敗しているように見える。

 早稲田大学の施策の失敗はこれだけではない。実は、直近の30年において、「立地」と「大学の学部間の関係性」においても大きな失敗を犯してしまっている。

 立地だが、早稲田大学は1982年に早稲田大学本庄高等学院を設立した。住所は埼玉県の本庄市。熊谷市や秩父市よりも奥に位置し、たしかに「都の西北」ではあるが、ずいぶんと西北過ぎる位置にある。そして、2003年に設立された「スポーツ科学部」は埼玉県の所沢市にある。若い学生たちにとってみれば、魅力的とは言えない立地だ。
 対する慶応大学は、藤沢市に湘南藤沢キャンパス(SFC)を設立。総合政策学部、環境情報学部、看護医療学部、大学院の政策・メディア研究科、健康マネジメント研究科のほかに中等部・高等部まで置いた。そして、2013年に横浜市にSFCに進学することを前提とする横浜初等部(小学校)を設立。小学校は田園都市線沿線に持ってくることで存在感やブランド力を維持している。
 このように。埼玉と湘南・横浜という立地の差が、ブランディングにおいて大きな差を生んでしまっている。同じことは、慶応大学がニューヨークに、早稲田大学がシンガポールに学校を設立したことでも見てもわかるだろう。

 そして、「大学の学部間の関係性」に関しても、慶応大学と早稲田大学では非常に大きな違いが生じている。まず慶応大学のキャンパスだが、三田・日吉・信濃町・芝共立・矢上・湘南藤沢にキャンパスがある。
 慶応大学の中心は三田キャンパスだ。三田キャンパスには、経済学部や法学部、商学部や文学部など、文系の主要学部が置かれている。日吉キャンパスは、12年次の一般教養を行うキャンパスであり、研究所や付属校も併設。そして、信濃町には医学部ならびに附属病院があり、薬学部のある芝共立キャンパスは、共立薬科大学を買収した。日吉キャンパスに隣接する矢上には理工学部が、そして、SFCは独自性を持った学部を設立している。つまり、三田キャンパスが中心ではあるのだが、それぞれのキャンパスが存在感を持っているのだ。「新しく設立された学部と古くからある学部」、「理工系と医学系と文系学部」の緊張関係やパワーバランスが上手く取れるシステムが構築されている。

 一方で、早稲田大学は各部のバランスが取れていない。
 慶応大学は三田キャンパスが中心ではあるものの、それぞれのキャンパスが存在感を持っている。「新しく設立された学部と古くからある学部」、「理工系と医学系と文系学部」の緊張関係やパワーバランスが上手く取れるシステムが構築されていると言える。

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 例えば、早稲田に本丸としての早稲田キャンパスがあり、政治経済学部や法学部、教育学部、商学部、社会科学部、国際教養学部などの主要な文系学部が入っている。有名な大隈講堂があるのも早稲田キャンパスだ。
 そして、新宿区の戸山に文化構想学部や文学部などが入る戸山キャンパスがある。理工学部などが入るのが新宿区の大久保にある西早稲田キャンパス。そして、所沢キャンパスには人間科学部とスポーツ科学部が入っている。ちなみに、所沢キャンパスは、存在感が薄く、「所沢体育大学」などと揶揄されている始末だ。早稲田キャンパスの存在感が強すぎて、立地のパワーバランスの均衡は取れていない。そして、学部のヒエラルキーも存在し、政経学部がトップに君臨。政経学部を頂点として各学部が微妙に上下関係を持っている。
 反対に、慶応大学は学部間のヒエラルキーはないに等しい。あったとしても、さほど大きなものではない。このように、「大学の学部間の関係性」を切り取ってみると、バランスの取れた慶応大学と、歪なバランスになっている早稲田大学と分けることができる。

 少し話はずれるが、大学の教員の選定に関しても興味深いと感じることがある。通常、大学の教授陣は、その大学の卒業生が務めることが多い。慶応大学の場合も、三田キャンパスなどでは慶応出身者の教授が多いのだが、ことSFCに関しては教授陣の半分くらいが学外出身者なのである。実際に私も慶応卒ではない。このように、キャンパス毎に独自性を持つ慶応大学に対して、早稲田ではこういった取り組みができていない。

 ただし、各キャンパスや各学部が独自のことを行っていると、大学としての統一感が薄れ、一つの大学としてまとまりがなくなる懸念も生まれる。しかし、ここで各学部やキャンパスを外側からくるんで大きくまとめる存在が、慶応大学のOB会「三田会」だ。象徴的なのは、この三田会が主宰となって、毎年「慶應連合三田会大会」という大規模なイベントを行っている。パネルセッションをやるとなれば、慶応出身のアナウンサーが登場し、パネラーも各界で著名な慶応出身の超豪華メンバーが集結する。協賛も有名企業が非常に多く連なっている(https://goo.gl/y3neDa)。そして、実行委員会はOBと在学生が務めるため、OBと在学生が密接に繋がる。また、三田会大会にかぎらず、就職のときにはOBに世話になることも多いため、否応なく事実上のバンドリングが行われているのだ。もちろん、OBから見れば、その学生の所属する学部やキャンパスは関係ない。このようにして、これでバラバラにならない仕組みを構築している。
 一方で、早稲田のOBは基本的に“つるまない”。そのため、早稲田出身とわかってもあまり親近感が湧かないのである。私は、慶応大学で8年間教授を務めているが、出身校である早稲田よりも慶応の方がより親近感を持つ。また、学部を問わない慶応に対して、早稲田は強いヒエラルキーがあるため、政経学部以外は萎縮する人も多く、なかには「ごめんなさい、社会科学部なんです」と挨拶の時に自身を卑下する人もいる。

 このような実態があるためか、私の周りの早稲田大学出身で、子どもを慶応大学に入れたいと思う人は多いが、慶応大学出身で、自分の子どもを早稲田大学に入れたいと思う人は聞いたことがない。
 早稲田大学と慶応大学。両校とも、スクールアイデンティティもポリシーもある。しかし、それらをシステム化することに関しては、ここまで書いてきたように、大きな違いが生まれている。そして、その差を開かせるのは、何を隠そう、経営の問題に他ならない。

 ここで一つの疑問が生まれる。それは「なぜこのような状況でも、早稲田大学に多くの優秀な学生が集まるか」ということだ。
 その答えは、これまで培ってきたブランド力の高さにある。特に、早稲田大学は、地方から優秀な学生を多く集める力がある。もちろん、地方にも三田会のつながりはくまなく存在し、慶応大学に進学する名家の子どもは多い。しかし、その一方で、名家ではないものの優秀な学生もたくさん存在し、そういった学生は早稲田の方が入りやすいのだ。早稲田大学なら、富裕層や名家でなくても肩身が狭い思いをしなくて済む。このように、家が富裕層かどうかに関係なく、全国津々浦々から幅広く優秀な学生を掘り出すことができるのが早稲田の強みである。まさにAll Japan選抜と言えよう。
 ただし、この早稲田のモデルは今後の人口減少を考えると若干厳しくなってくるかもしれない。特に学費が圧倒的に安い国立大学との競争もしなければならない。だからこそ今から既存のシステムやビジネスモデルを変えていかなければ、ジリ貧になり経営は苦しくなっていくだろう。まさしく、早稲田大学にとって今が正念場だ。
 早稲田の歴史は長く、137周年を迎える。それだけ歴史があると、システムを変えることは並大抵のことではない。しかし、そんな悠長なことを言っていられる余裕はない。今後、早稲田大学が挽回するには、早々に現在のシステムにメスを入れること、そして、大胆な改革を進めていくことだ。早稲田の転機は今ここにある。ピンチであるとともにチャンスでもあるのだ。日本を代表する私学の雄が、どのような立ち振舞を取るのか。卒業生として、そのお手並みを拝見してみたいと思う。

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