料理研究家の細川亜衣さんは、結婚してからの食事の記録を日記に綴り続けています。『食記帖』(リトルモア)という本になったそれには、日々の出来事と、その日に食べたものが飾り気のない言葉で描かれているのが印象的です。
調味料や調理法を変えてみる食べるものばかりを追っていた若かりし日の自分の目は気がつけば他のものへと注がれ、五感のとらえるものが少しずつ変わってきているのがわかる。
(『食記帖』p341より引用)
食べることは生活の重要な要素だけれど、それはただ食欲を満たして活動のエネルギーにするだけのことじゃなくて、もっと人生の一部として感じて愛でることができるはず。そう感じている彼女が書き残したものをここでちょこっとご紹介します。
5月の豆スープ 白いんげん豆は一晩たっぷりの水で戻し、にんにくと新玉ねぎを加えてやわらかく煮る。グリーンピース、さやいんげん、モロッコいんげん、スナップえんどう(ピース以外は一口大に切る)、オリーブ油、粗塩を加えてふたをして弱火で煮る。鮮やかな緑があせ、豆が柔らかくなったら火を止める。
(『食記帖』p126より引用)
季節を感じ取れるスープのコツは、調味料を「粗塩」だけに絞ること。
煮込んだ豆のエキスを味わうことができて、舌だけじゃなく体にしみわたるおいしさです。
ふだんの料理では、どちらかというと塩は控えめに、それでも味付けは欲しいから調味料をあれこれ考えてしまいがちです。でも塩だけに絞って、豆のうまみをひきだすシンプルさは「そのものの力」を引きだすことができる、そんな気がします。
里いもの梅煮 うっすらとした色にほんのり梅の香りで炊きあがった里いも。新鮮なおいしさ。
(『食記帖』p137より引用)
里芋と言えば煮ものが王道ですが、ここでは梅の香りづけをしたものが出てきます。
日記によるとこの日は料理会で、眼にも舌にも鼻にも美味しい料理が選ばれ、それに合った皿たちも登場してさぞかし盛り上がったことでしょう。
けして派手ではない日常の料理たちも、ほんのちょっと変えてみるだけで五感がより喜べる料理になる。そんな素敵なことを教えられました。
[食記帖]
white bean via Shutterstock