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息をするのが楽になる。心のお守りにしたい「他力本願」の意味

2015/04/01 22:00 投稿

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突然ですが、「他力本願」という言葉はどんな意味に聞こえますか? 一般的に、叶えたいことを人任せに実現させようとするネガティブな意味合いがあると思われていますし、私もそう思っていました。ですが、仏教の世界では「今を生きている人を仏様がちゃんと見ていて、サポートしてくれる」という意味なのだそうです。 誰かにSOSを出すことは、悪いことではない

日本人はとかく人に任せることに抵抗を感じ、自分ひとりでなんとかしようとする傾向があります。でも、代官山で僧侶と話せるカフェ「寺カフェ」を運営する信行寺の淺野弘毅ご住職によると、誰かにSOSを出すことは、けっして悪いことではないそうです。

そもそも人間はみな弱く、ひとつも悪いことをせずに生涯を全うする人などいません。浄土真宗を開いた親鸞上人でさえ、完璧な人にはなれなかったのです。完璧な人になろうとすれば、必要以上に自分を着飾ったり、人を恨んだり、横道にそれたりします。皆さんも本当の自分は弱いんだと思うと、心が少しラクになりませんか?

と淺野ご住職はおっしゃいます。

他力本願は、いまの世を生きる私たちへの救いの言葉

ご住職によると、仏様は完璧な善人でなくとも幸せになっていいと考え、すべての人々を幸せにするための誓い(本願)をたて、「どうぞ信じて私に委ねてください」とおっしゃったそうなのです。

仏様なんて目に見えない存在、なかなか信用できませんよね。ですが、人間は完璧ではなく、弱い生き物であることだけは真実。出来ないことは出来ないと認めて、人々の幸せを守ることを誓った仏様にただただ救いを求める。そうしていると、『私には仏様がついている』 と思えて、生きていきやすくなりますよ。

つまり、他力本願の他力とは「仏様」のことを指し、その仏様の「本願」に頼ることが「他力本願」の本当の意味であり、その救いを求める方法こそ、皆さんがよく知っている「南無阿弥陀仏」などの念仏を唱えることなのです。

お話を聞いていたら、自然と涙がこぼれました。自分なりに一生懸命生きていれば、どこかで誰かが必ず見ていてくれる。いざという時には味方がいる。そう思えるだけで、肩の力を抜いて生きていける感じがします。寺カフェでは、僧侶にお悩み相談ができる日時を設けているそうです。気になる人はホームページをチェックしてみてください。

寺カフェ

spring girl via Shutterstock

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