月に2度3度と足を運ぶのが行きつけの店とするならば、ブックショップ「ユトレヒト」は、私の数少ない東京の行きつけの店のひとつ。ひと仕事終えて肩の荷がおりたとき。思うように筆が進まず行き詰まったときも。駆け込んでは目が合う本のページをかさこそとめくり、さまざまな書物を持ち帰ってきました。書斎の一角に並ぶ生涯の友と言える本の多くは、ユトレヒトで出会っています。 

 神宮前に移転しオープンした「ユトレヒト」。L字型のフロアの一角。「THE TOKYO ART BOOK FAIR」のため白鳥浩子さんとユトレヒトがつくった、本が浮いているように見える本棚。

代官山、中目黒、表参道での所在を経て、この10月に神宮前へと移転した「ユトレヒト」。最寄りの駅は渋谷だけれど、あらたな店があるのは閑静な住宅街で、セレクトショップや花屋も入居する古いビルの2階。以前よりフロア面積も窓からの景色も広がり、本たちも心なしか悠然とした趣。多くが、代表・江口宏志さんや、ユトレヒトにゆかりある作家によるDIYという棚や机などの家具類も秀逸で、密やかなみどころ。その都度するっと配置換えができて、展示や時期ごとに異なる表情を見せてくれるでしょう。

"本が浮いているように見える本棚"を、正面から見ると。

スタッフが作業をおこなうレジカウンターは、木製コンテナをDIY。

ユトレヒトに心惹かれるのは、セレクトされた本だけでなく、ショップ内のギャラリースペース「NOW IDeA」の企画も一端。移転後のオープニングを飾る展示も、しばし時を忘れるほど、端正な一角が設けられていました。

机や窓際にぎっしり並べられていたのは、アーティスト・青田真也さんのプロダクトライン「A.B.」のガラスボトルシリーズ。

青田真也さんのプロダクトライン「A.B.」のガラスボトルシリーズの一部。

ピカソと同時代に活躍したイタリアの画家、ジョルジュ・モランディの絵画を思わせる、静謐な美しさをたたえた瓶。ちょうど1年前に私も、自宅のアトリエにこもり、ひたすら瓶や器を描き続けたモランディの作品に浮かぶ「差異」をテーマにした企画展を奈良のギャラリーで開催したのですが、一見同じ色や形に見えるものでも、全てが繊細な違いを抱く、まさに差異の風景がそこに。あたる光、見る場所、角度や時間、ほんのささやかな条件の重なりで、どれもがいつでも「さっきとは違った様相」に変化するため、飽くことなく眺めていられます。

影までも美しいガラスボトル。上から見たり、横から見たり、いつまでも飽くことなく眺めていられます。どれもその場で購入可。

青田さんは日頃、洗剤のプラスチック容器やグランドピアノまで、さまざまなものの表面をヤスリで削り、そのもの自体が持つ情報を極限まで剥ぎ取る作品を生み出しています。そんな中、既成のガラスボトルを作品にすべく、いつもは自らの手でおこなう削りの作業を、研磨剤を機械で吹き付けるサンドブラストという方法で試みたところ、「形に関して自分がほとんど手を出せなかった」ため、「作品」ではなく、日常生活で多様に使用される「A.B.」の「プロダクト」シリーズとして発表する運びとなったそう。

我が家の寝室を彩るガラスボトル。夕方近くに撮影。朝と夕よ夜では、まったく違った表情に。

ある人は絵画のように部屋に飾り、ある人は食卓に運ぶ。ときに花を活ける花器に、ときに水やワインのボトルとして。手にした人が目的を想像し、暮らしの一部を築く。そんな思いがけない連なりさえも、青田さんの作品のよう。

私も1時間近く迷った末、ふたつのガラスボトルを選びました。寝室のチェストの上に置いてみると、見慣れた部屋の雰囲気が凛と一変。額縁のない絵画が飾られているような。以来、目覚めてすぐ、ガラスに差す光に目を向けるのが毎朝の楽しみに。

青田真也『A.B.
日程:2014年10月15日(水)〜11月3日(月・祝)12:00〜20:00

*月曜休・祝日の場合は翌日休。

会場:NOW IDeA (東京都渋谷区神宮前5-36-6 ケーリーマンション2C ユトレヒト内)

青田真也(Shinya Aota)アーティスト。身近な既製品や大量生産品、空間の表面やカタチをヤスリで削り落とし、見慣れた表層や情報を奪い去ることで、それらの本質や価値を問い直す作品を制作。 主な展示に、「あいちトリエンナーレ2010」、「個展」(青山|目黒)、 2014年「日常/オフレコ」(神奈川芸術劇場)、「MOTアニュアル2014」(東京都現代美術館) など。

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