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5年後10年後のプランはなくてもいい。スタートラインは常に「今」/フードディレクター・川上ミホ[後編]

2021/01/13 18:00 投稿

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東京と軽井沢とのデュアルライフを始めて、3月で丸1年。フードディレクター・川上ミホさんの生き方は、以前に比べてますますシンプルなものとなったそうです。

東京と軽井沢の住まいのことについて聞いた[前編]に続き、今回は食のこと、軽井沢で新しく始めた活動のこと、川上さんにとっての“気持ちよい生き方”について語ってくれました。

とれたての野菜のおいしさをシンプルに味わいたい

川上さんがデザインした軽井沢の家。窓を大きくとった開放感あるリビングで、長女ひのきちゃんと。

雑誌や著書、レストランなどで紹介される川上さんの料理は、素材のナチュラルな持ち味を生かすために、シンプルなアプローチで仕上げるというもの。しかし、そのスタイルは軽井沢での暮らしで、さらに輪をかけたのだとか。

「必要な材料や調味料を揃えて、決まった手順で手間と時間をかけて作る料理ももちろん素晴らしいのですが、軽井沢に来てから、ますます『これをおいしく食べるにはどうしようかな』と食材ありきで料理を考えるようになりました』。夫には『シンプルさ加減が、ますますストイックになったね』って言われます(笑)」

東京では取り寄せていたあんずやルバーブも、先シーズンは軽井沢産のものをジャムにして楽しんだ。

東京では、取り寄せるか、週末のファーマーズマーケットなどでしか手に入らなかった野菜も、軽井沢ではすぐ近くで作られた、とれたてが売られています。

「こちらに引っ越してきてから、近くの直売所を娘とはしごするのが楽しくて。驚いたのは、畑に50円っていう看板が立っているだけで、何も置かれていない直売所。野菜は自分で収穫するんです(笑)。生産者の顔が見えるだけでなく、野菜が育つ環境まで知ることができる。そうなると、いろんなプロセスを引いて、シンプルに味わいたいと思うのは当然ですね」

ルッコラとトマトを買ってきてピザにしたり、とうもろこしをゆでて長女ひのきちゃんのおやつにしたり。すべてがさっきまで土がついていたものだというから、うらやましい話です。

食の問題は、食の現場だけの問題ではない

そんな川上さんが軽井沢で新しく始めたのが森林活動

料理の仕事に携わる立場として「フードロス」の問題には力を入れていきたいと考えていたところに、軽井沢での暮らしがスタート。さまざまな人とつながって話を聞くなかで、食の問題はテーブルの上や食の現場だけで起きているのではないということを痛感したのだそうです。

美しい森、空。「せっかく軽井沢を拠点にするなら、市街地ではなく森の中で暮らしたかった」と川上さん。

「暮らしてみるまで知らなかったのですが、長野県は森林をはじめとする環境問題にとても積極的。観光客にも人気の星空が美しい名所がたくさんあって、天文台やプラネタリウムで地元の子どもたちを教育したり、学校の授業のなかに森林活動が組み込まれていてどうすれば森と人が共生できるかを考えさせたり。森との距離が近いからこそなのでしょうね。ふだんの暮らしのシーンでも、長野の皆さんの意識の高さをひしひしと感じることが多いです」

たとえばゴミの捨て方。ゴミは細かく分類し、透明のビニール袋にフルネームを書かなければ出すことはできないそう。そのため、環境省が発表している「1人1日当たりのごみの排出量が少ない都道府県1位」では、長野県は2020年までの5年連続で1位を獲得。

「私自身も、ゴミの量がすごく減りましたね。自分の出したゴミがどのように再生されているのかも気になりますし、リサイクルや再利用できないものを選ばない、過剰包装を避けるといった、自分ができる小さなことを探すようになりました。だから、性能のいい焼却炉で何でも燃やしていいものかと、東京でのゴミ出しにも戸惑いを感じるようになってしまって(笑)」

今年はグリーン保全のNPOを立ちあげるために、勉強中。そんな学びが、川上さんの暮らしや料理にどう反映されるかも楽しみです。

評価より、自分とまわりの心地よさを優先に

りんご狩りや芋掘りなどの土にふれる機会を通じて、食材が育つ環境や自然の尊さを娘に感じてほしいと願っている。

軽井沢での暮らしは、川上さんの働き方にも少なからず影響を与えているとか。

「料理の仕事を始めたころは、一人前になりたかったし、お仕事をいただけることがうれしかったので、求められることにあわせて自分のスタイルを変えることもありました。評価されることを最優先にしていたのだと思います。もちろん、そうすることで大きな学びを得たことも確かですので、必要なことだったのかもしれませんけどね」

今は、まず問うのは「自分がやりたいかどうか、無理をしていないかどうか」。自分がその依頼を受けることで、誰かの役に立てるのか、誰かの幸せにつながるのか……。そんなふうに仕事における価値観が変わってきたそうです。

さらに、大切にしたいと思うようになったのが、人との関係性。

「以前は、幸せの軸は自分のなかにありました。でも出産から軽井沢で暮らすようになったぐらいの間でしょうか、幸せは自分さえよければいいというものではないと思うようになりました。まわりにいる人の気持ちよさが、自分の気持ちよさ。幸せの範囲が広がったという感じかな」

好きなこと、興味があることに、まずふれてみる

フードロスへの興味が森林活動へと発展。川上さんも今年はNPOを立ち上げるべく準備中。

川上さんにこれからのことを聞くと、返ってきたのは「5年後10年後の自分を想像しないこと」という言葉。ビジョンを持つことが良しとされがちな世の中で、川上さんの言葉にほっと胸をなでおろす人も少なくないのではないでしょうか。

「もちろん人によります。計画に沿って、5年後10年後の理想を実現できるのも、すごくいい。でも私は夏休みの宿題をギリギリになってからやるようなタイプなので(笑)、目標が先にあると今やるべきことが見えなくなってしまうことがあります。だから、今やりたいことや興味のあることを一つひとつ積み重ねて、5年後10年後に自分のことを『悪くないな』と思えれば良しとしたいですね」

とくにライフスタイルが大きく変化し、思い描いていた道が閉ざされ、先のことを想像することすら難しくしたコロナ禍。気持ちが自分自身に向かいがちな今こそ、チャンスだと逆手にとって、自分の心地よさや大切な人の気持ちよさに思いを馳せるときだと川上さん。

「未来の自分を想像しないことと、もうひとつ、スタートラインを決めないことも大切だと思います。ここを固めたら始めよう、ここまで知識を身につけたら挑戦しよう、とスタートを先延ばしにしてはタイミングを逃してしまう。少しでも好きだな、素敵だなと思ったことに、まずふれてみる。私はそうありたいなと思っています」

川上ミホ(かわかみ・みほ)
フードディレクター。国内外のレストランで経験を重ね、独立。シンプルながらストーリーのあるレシピとスタイリングが人気を集める。2016年1月に出産を経験し、徐々に仕事を再開。現在はフードディレクターとして雑誌連載、レシピ開発、ブランディングなど活動の幅を広げる。2020年3月より長野県軽井沢と東京に拠点を置き、アートディレクターの川上シュンさんと長女ひのきちゃんと3人で暮らしている。

写真提供/川上ミホさん

前編はこちら

軽井沢と東京でのデュアルライフが教えてくれたこと/フードディレクター・川上ミホ[前編]

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