「おばさん」をキーワードに、揺らぐ年齢観や女性の価値観の変化を、歴史社会学者の田中ひかるさんがつづる連載の第10回目は、今では嫌悪されがちな「女子力」というワードについて。

「おばさん」回避から生まれた「女子」

これまで「おばさん(オバサン)」という呼び方についてあれこれ書いてきましたが、はっきりしているのは、現代では「おばさん」と呼ばれてうれしい女性はあまりいないということです。

呼称ではないものの、「おばさん」呼ばわりを良しとしない空気の中から生まれた言葉が「女子」ではないでしょうか。「女子会」「女子力」「オトナ女子」などの「女子」です。

このうち「女子力」という言葉については、すでに賛否両論が出尽くしています。

「女子力」は、漫画家の安野モヨコさんが1998年から美容情報誌『VoCE』(講談社)で連載した「美人画報」で使ったのが最初だと言われています。

当初は“きれいになる技術を持つこと”つまり“美容力”といったニュアンスで使われることが多かったのですが、徐々に美容やファッションの域を超え、料理やマナー、コミュニケーションなどのスキル全般を指すようになりました。

都合よく解釈できる言葉であるため、女性の“在り方”や“生き方”を語る上で便利であり、何より「力」という言葉が女性をエンパワーメントするような印象を与えることから、メディアが積極的に使いました。

しかし、「積極性」「前向きな姿勢」と好意的に捉えられていた「女子力」も、次第に飽きられ、むしろ嫌悪されるようになっていきます。

「女子力」はジェンダーを体現した言葉

朝日新聞デジタルが2016年から2017年にかけて行った「『女子力』って?」というアンケート調査(回答数1621件、うち女性1250人)では、「女子力」という言葉に「いいイメージ」を持つ人よりも、「悪いイメージ」を持つ人のほうが多く、「女子力」を「料理や掃除など、家事が得意」「細やかな気配りができる」ととらえている人が多いことがわかります。

また、次のような意見も寄せられました。

「女子力」ということばは、伝統的な役割分業観、あるいはステレオタイプ化された「女らしさ」(その裏としての「男らしさ」)を前提にしていることが多いと思います。私は大嫌いです。人間として求めるべき「力」は性別に関係ないです。「女子力」ということばは場合によってはジェンダー差別を助長します。(50代男性)

たしかに「女子力」と見なされているものは、女性のみに求められるべきものではありません。「男子力」という言葉がないこと、かりに「男子力」という言葉があったとして、それは何を指すのだろうかと考えれば、「女子力」がジェンダーを体現している言葉であることは明らかです。拡大解釈され、便利に使われていた「女子力」ですが、最近はほとんど死語となりました。

「オトナ女子」もほとんど使われていません。それはとりもなおさず、「オトナ」をつけずとも、「女子」が年齢を問わず女性全般を指す用語として使われる場面が増えているからではないでしょうか。

次の最終回は“自称「女子」”について考えます。

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田中ひかる(たなか・ひかる)さん
歴史社会学者。1970年、東京都生まれ。女性に関するテーマを中心に、執筆・講演活動を行っている。近著『明治を生きた男装の女医―高橋瑞物語』(中央公論新社)ほか、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)など著書多数。公式サイト

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