どうしたらトラブルを防ぐことができるのか、前編・中編に続き、臨床心理士でありEAP(働く人のメンタルヘルスケア)のパイオニアとしても知られる市川佳居さんにポイントを教えていただきました。
在宅勤務でイライラする原因は……
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、企業からの依頼でメンタルヘルスのカウンセリングを多く行っている市川さん。在宅勤務のストレスに関する相談はとくに多く、この1か月は対策セミナーを毎週のように開いているといいます。
市川さん :
在宅勤務が始まってから、家のなかにパートナーも子どももいて、お互いにイライラしたり、相手に怒ったりすることが増えたという声が多いです。
とくにトラブルが多いのはテレビ会議に関すること。会議中に家事の音や子どもの声が響いてしまい、「いま会議中なんだから」と夫がカリカリする……というご相談をよく受けますね。
女性側から多いクレームは、「何時から会議がある」とパートナーから聞いていないため、調整ができない、というもの。「お互いに在宅勤務で、一緒に家にいる」という状態に慣れていないことが原因だと市川さんは話します。
「シェアオフィスを共有している人」と考えよう
それでは、一体どうすれば「2人一緒の在宅勤務」がうまくいくのでしょうか。市川さんの回答はちょっと意外なものでした。
市川さん :
アドバイスとしては、パートナーを家族ではなく「シェアオフィスを共有している人」と捉えること。
同僚ではない。別会社の人が、たまたま同じオフィスを一緒に使っているという感覚です。そう考えると、「私は何時から何時までこのオフィスで電話会議をします」といった相談をするのが当然になりますよね。
仕事なら、今日だけでなく明日以降の予定もだいたいは決まっているもの。自分の確定した予定を相手に伝えておくことで、相手は同じ時間にテレビ会議が入らないように調整できたりもします。
相手の予定を確認したい。上手な言い方は?
とはいえ、相手が予定を言いたがらないタイプだったり、これまで予定を伝え合う習慣がなかった場合、毎回こちらから提案するのはハードルが高いと感じることもあります。
市川さん :
日曜の朝や、月曜の朝など、日時を決めて1週間の予定を確認しあう習慣をつけるといいと思います。
おすすめは、「メールだと返信したくなる」という社会人の習性を利用すること。メールで「今週の予定を教えてください」と送っておくと、家族でも意外ときっちり返してくれたりしますよ。
男性の場合、女性と違って耳からの情報が入りづらく、視覚からのほうが情報が入りやすい、という傾向もあるとのこと。会話のなかで聞かれるよりも、メールのほうが対応しやすいという人は多いのかもしれません。
相手が気になって集中できません!
パートナーも自分も在宅勤務になり、「相手が気になって仕事に集中できない」という相談も多いそう。この場合はお互いに集中できる環境をどう作るか、座る位置に工夫が必要だといいます。
市川さん :
アメリカの研究で、家族と同室で仕事をするときは、お互いが向かい合わない位置、目が合わない位置のほうが集中できることが明らかになっています。
オフィスだと、席が向かい合わせというのはよくあるパターン。しかし家族の場合、目が合う位置にいるとつい何か言いたくなったり、逆に相手から無視されているような気がしたりして集中できなくなってしまうとのこと。デスクをコの字型に配置したり、パソコンの位置を変えたりして調整してみてください。
テレワークで同僚との行き違いに悩んでいます
視覚からの情報を大切にする男性と、耳からの情報(会話)を大切にする女性。その違いはパートナー間だけでなく、同僚とのコミュニケーションにおいても覚えておくといいと市川さん。
市川さん :
たとえばチャットでやりとりをしていて、女性の同僚がなんとなく怒っていると感じたり、行き違いがあるような気がする。そんなときは、なんらかのケアが必要です。
おすすめは、チャットではなくテレビ会議で顔をみて話すこと。あれっと思ったら一対一でテレビ会議をしたり、できないときは電話したりしてみてください。よく仕事する人とはテレビ会議の専用チャンネルをつくってもいいと思います。
とくに女性同士の場合、テキストだけではなく耳からのコミュニケーションが大切。実際に会うのと近い形で会話ができるよう工夫してみましょう。
必要なのは未知への「レジリエンス力」
新型コロナウイルスという未知の脅威を前に、ストレスを感じるのは当然のこと。この状況を乗り越えるために身につけたいのが、「しなやかな心」という意味を持つ「レジリエンス」だと市川さんは語ります。
市川さん :
「レジリエンス」とは、挫折や困難な状況、トラウマなどを経験した後に、元の状態まで回復すること。さらにその経験を通して一層人間として成長し、より健康で生産的な状態になれる能力やスキルのことです。
いま、自分では思いもしないようなことがあちこちで起きていますよね。今までの自分とは違う行動を求められたり、違う情報収集が必要になったり、違う考えを受け入れる必要が出てくる。臨機応変な思考が求められる。それを受け入れるしなやかさを持てたらいいと思います。
そのために一番大切なのは、自分の生活リズムを保つこと。同じ時間に起きて同じ時間に寝ることで体のリズムが整い、心身のレジリエンス力が高まります。起きている事象のポジティブな面を探す力も育てることができます。
「夏になれば感染が収束するだろう」といった先のことを期待して頑張るよりも、今目の前にある、小さな希望を見つけていくこと。「希望があるときは、人は鬱にならない」という市川さんの言葉を、忘れずにすごしたいと思います。
前編と中編はこちら
全員がストレスで倒れてもおかしくない。「コロナ鬱」のサインは意外な症状
市川佳居(いちかわ・かおる)さん
臨床心理士・公認心理師。医学博士。一般社団法人 国際EAP協会 日本支部 理事長。大学卒業後、米国メリーランド州立大学大学院に留学、米国ソーシャルワークの資格を取得後帰国し、モトローラ社にてEAPの普及に努め、日本を含むアジア12か国に立ち上げる。2017年レジリエ研究所開設。国内初のCEAP(国際EAP協会認定EAPコンサルタント)として、日本およびアジア地域おけるEAP、働く人のメンタルヘルスのパイオニア。
取材・文/田邉愛理、企画・構成/寺田佳織(マイロハス編集部)、image via shutterstock
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