「人生100年時代」と囁かれる現代。単に長生きできることが幸せと言えるのでしょうか?
今は若い私たちでも、いつか高齢になったときに、果たして心身ともに健康で満足できる状態(ウェルビーイング)でいることができるのでしょうか?
予防医学研究者の石川善樹さんに、「人生100年時代」におけるウェルビーイングの話を聞きました。
※本記事は、姉妹メディア「カフェグローブ」の連載『LIFE after2045/シンギュラリティと私の未来』を抜粋、一部改稿したものです。本連載は、機械と人間の立場が逆転(シンギュラリティ)すると予想されている2045年の暮らしのあり方や価値観の変容について、各界の有識者に聞いた連続インタビューシリーズです。
未来に不安になるのは、人の習性
——たとえば「人生100年時代」と言われるように、長寿が現実になりつつある今、果たして今後、単に長生きできることが幸福なのでしょうか。それこそ2045年、今の若い女性たちが高齢になった際、彼女たちが「より良く生きる」ためには、どうすればいいのでしょうか?
石川善樹(以下、石川):逆に質問したいのですが、彼女たちは“どうなりたい”のでしょうか?
“未来を考えると不安になる”のは人の習性なので、「考えなければ大丈夫ですよ」という回答がひとつ。未来の自分が過大評価しにくいのは、脳の構造がそうなっているからです。
そもそも僕は、未来についてあまり考えません。 むしろ「自分を捉えて離さない問題」と向き合うことしかやっていません。たとえばそれは、ウェルビーイング(人がより良く生きるとは何か)についてであったり、あるいは、“考える”とは何だろう?という疑問の解明だったりします。
だから、すでに(そういう意味での)“自分の問題”がある人は幸いだとして、見つかっていない人は、ぜひそれを見つけてください。
——人生が100年もあると、“その時間をどう過ごしたらいいのか”という不安もわきます。
石川:そういう事態は、実はかなり以前から予測されていました。1956年(昭和31年)、日本に科学技術庁ができた時に『21世紀への階段』(弘文堂)という本が刊行されていて、「40年後の日本の科学技術」に関する予測がまとめられています。
そのなかに「長命の退屈——二一世紀の医学」という章があります。簡単に紹介すると「将来的には医療が発達して、たいがいの病気も解決して、日本国民の寿命も飛躍的に伸びるだろう」といった内容です。さらにそうなった未来には、「退屈という現象が一番の問題になるだろう」と、1956年の時点ですでに指摘されていたのです。そして、人は暇だとロクなことをしません。先のことを考えれば不安になり、過去を振り返っても後悔する。
たとえばテレビ番組っていわば、“退屈を埋めるためのイノベーション”ですよね。ただしテレビに関しても、「番組の制作者」の視点で見るのと、「いち視聴者」として見るのでは、全然違うと思います。たぶん前者の観方は面白いはずで、おそらくはそちらの方が“自分のもの”になっているからです。
では、本当の意味で退屈を埋めてくれるものは何でしょうか? おそらくそれは「創造性の充足」だろうと思っています。人は創造性を発揮しているときが、一番楽しい。同じようにテレビを観ていても、制作者の視点で見れば「私ならこうするな……」というように創造性が充足できますよね。
だけど、「別にそんな面倒なことはしたくない。ただテレビを見て暇を潰したいんだ」という考えもあると思います。結局、本人さえ納得できるのであれば、それはそれでいいのでしょう。大事なのは、“納得度”なのです。
僕は予防医学の研究者として、色々な地方を訪れては「健康づくり」のようなイベントに参加するケースが多いです。すると、60~70代のお婆ちゃんたちがキルトとかで作品を作っていて、すごく楽しそうです。あれってまさに「創造性の充足」ですよね。自分で作っているだけで楽しいし、人にあげても嬉しい……いや、もらった側は迷惑かもしれないけれど(笑)。でも本人たちは、受け取ってもらっただけで満足なのだから、それでいい。
それから、「作物を育てる」といった行為もまた、「創造性の充足」に繋がりますね。つまり「創造性を充足させる」ためには、ある創造的な作業を、最初から最後まで一貫して自分でやらなければいけない。たとえば「記事を書く」みたいな行為も、とても創造性を充足させます。私は、このことを「ひと仕事終えた」と言っています。[中略]
女性が不調になりがちなのは、生物としての宿命なのかも
石川:統計調査から言うと、一般的に、女性は若いときほどウェルビーイングが高くて、50代ぐらいに底を打ちます。でも、またそこから80代にかけて、グーンと上昇します。アルファベットのUの字を描くわけです。
——たしかに働く30~50代の女性といえば、様々な局面で不安や心配事、心身の不調を抱えている人が多いのではないでしょうか。更年期に差しかかるとか、仕事上でも管理職になったり、子供が受験期を迎える……といったものなど。
石川:そうですよね、「あれもしなければいけない、これもしなければいけない」と、とても忙しい時期ですからね。
——では、どうすればいいのでしょうか?
石川:まあ、渦中にいるときは大変ですが、ふと先を見据えると、別になんとかなるとも言えます。たとえばこれまでの研究を見ると、50代以降は幸せカーブがどんどん上がっていくようです。ちなみに、猿やチンパンジーにもそういったミッドライフ・クライシス(中年の危機)は存在するくらいです。そういう意味で、30〜40代がつらいというのは、生物としての宿命なのかもしれません(笑)。
「不調」や「痛み」を克服するのは、捉え方次第?
——逆に、フィジカル(=身体的)な側面についてはどうでしょう?
石川:たとえば歳を重ねると、病気や怪我をしていなくても体がだんだん痛くなってきます。だいたい40歳前後から痛みが始まって、60代になるとつねに体に痛みを覚える人が多くなる。しかも原因は病気や怪我じゃないから、治療ではその痛みが取れず、なおさらつらい。しかしそれにも、患者側の“受け止め方”や“捉え方”次第という側面があります。
たとえば、あるおばあさんが膝を痛めて病院に行って、「先生、どうしたらいいですか?」と相談に来ます。先生は「筋肉をつけないといけないから、水泳でもしたらどうですか」と言いました。それでおばあさんが水泳を始めたら、パタッと病院に来なくなった。その後、街でばったり遭遇したおばあさんに、医師が「やっぱり水泳は膝にいいですか?」と聞いたら「膝の痛みは良くなりませんよ」と答えた。じゃあ、なんで病院に来なくなったのかと訊ねたら、「水泳は楽しいんですよ」と言う。
——まさに、それは“捉え方”次第ということですね。
石川:「病気にかかる」というと、ついついネガティブに考えがちだけれど、闘病体験を経て、よりウェルビーイングが高まる人もいれば、そうならない人もいる。すべてがそれで解決することはないとしても……「何事も捉え方次第だ」というのも、ひとつの発想だと思います。どんなに外見が綺麗な女性でも、どこかにコンプレックスを持っていたりしますよね。そういう話を聞くにつけ「捉え方次第ですよ」というのは、あながち方便ではない気がします。
人が“生きる”とは何なのか?
——今後をよりよく生きるために、おすすめの作品はありますか?
石川:ひとつは映画作品で、是枝裕和監督の『ワンダフル・ライフ』(1998年)です
様々な理由で亡くなった“死者”たちが死後の世界へと旅立つまでの間に、ある場所に集められて「あなたの一番大切な思い出をひとつだけ選んでください」と言われます。その思い出のひとつひとつが映像として再現され、その記憶が“死者”たちの脳裏に鮮明に蘇った瞬間、彼らはその「一番大切な思い出」だけを胸に、死後の世界へと旅立ってゆく……という話です。
——「あなた自身の問題は何ですか?」という、石川さんの問いに近いものがありますね。
石川:普段はどうしても目先のことで精一杯になりがちですが、人生という長い目で自分のことを考える、良いきっかけになります。良いことも悪いことも含めて、自分の人生をしみじみと振り返らせてくれると思います。
もうひとつは、ノンフィクション作家の上原隆さんの著書『友がみな我よりえらく見える日は』(幻冬舎アウトロー文庫/1999年)です。短めのノンフィクションがいくつか収録されています。
「普通の生活を送っていた人が、ある日大事故に遭って障害を背負ってしまう」とか、「その人の出自からくる境遇によって、深く傷つけられてしまった」とき、彼/彼女はどのようにして自尊心を取り戻すのか? 自分自身のことをこれっぽっちも肯定できない状態に陥った人たちが、どうやってそこから立ち直っていったかが、描かれています。
たとえば本の中には、自分の容姿に自信がないことで、45年間一度も男性と付き合ったことのない女性が出てきます。 その状況と向き合っていった結果、最終的に彼女が取った行動が、とても興味深かったです。
こうやって「苦しんでも立ち直れるんだ」というエピソードを読んでゆくと、今の自分が抱えている悩みなんて些細なことというか……仮に何か最悪と思われるような事態に見舞われても、きっとそこから立ち直れるんだと思わせてくれます。
映画『ワンダフル・ライフ』も、書籍『友がみな我よりえらく見える日は』も、「人が“生きる”とは何なのか?」をしみじみと体感させてくれる作品なので、どちらも超おすすめです。
石川善樹(いしかわ よしき)さん/予防医学研究者
1981年生。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か(ウェルビーイング:Well-being)」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。1981年生。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か(ウェルビーイング:Well-being)」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。
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聞き手/カフェグローブ編集部、撮影/中山実華、構成/木村重樹
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