柚木麻子さん『ナイルパーチの女子会』#心に効く言葉
image via shutterstock今回は、山本周五郎賞を受賞した柚木麻子さんの小説『ナイルパーチの女子会』から。
思い出は思い出として大切にとっておけばいいじゃない。たとえ幻だったとしても、楽しい時間を一瞬でも過ごせたんだから、それでいいじゃない。私には確認しようもないけれど、もし、本当にその瞬間、あんたたちの心が通い合っていたとしたら、その夜は宝石みたいなもんなんじゃない? 取り戻せないからこそ、大切な時間だよ。それなのに、あんたはその奇跡に感謝しようともしない。あってしかるべき状態だと決めつけている。相手にあれと同じものをもっとくれ、としつこく要求するのはやめなさいよ。
──柚木麻子著『ナイルパーチの女子会』
読む人すべての心にグサッと突き刺さる言葉のオンパレード……。爽やかで可愛い水色の装丁とのギャップが激しい、ダークな“女の友情物語”です。
ちなみにタイトルの“ナイルパーチ”とは、身の回りのすべての魚を食いつくしてしまうどう猛な肉食魚の名前です。
親友に求めすぎてしまったことは……
主人公の栄利子は、30歳のエリート商社ウーマン。育ちが良く才色兼備、気遣いも完璧です。オーガニック志向の母親に大切に育てられ、一流大学から一流商社へと一見順風満帆な人生を歩んできました。
しかし、そんな栄利子にも唯一苦手なことがあります。それは、“女友達と親密な関係を築くこと”。学生時代に苦い経験をしてからというもの女友達を諦めていた栄利子でしたが、ある日自分とは対照的な主婦ブロガーの翔子と出会います。
もともと、翔子のブログの熱心な読者だった栄利子は、「翔子を自分の親友にしよう」と一方的に決意。ここから、栄利子の“親友”に対する異常なまでの執着が始まります……。
友達なら◯◯をしてくれるはず?
image via shutterstockでも、この本を読んで「女の友情って怖いよね」という短絡的な感想を持つのは、ちょっと待ってください。このストーリーではたまたま“大人の女性同士の友情”として描かれているだけで、じつは恋愛や家族などすべての人間関係に当てはまることではないでしょうか。
上の一節は、栄利子に対してある登場人物が放ったセリフです。自分にとってかけがえのない人であるからこそ、一緒にいるその瞬間、瞬間を何より大切にしなければならないはず。でも、多くの人は不安や寂しさ、その他諸々に負けて「本当に友達なら、恋人なら、家族なら○○してくれるはず」と証明を求めてしまいます。
栄利子が女友達に対してストーカーまがいの支配的な行動をとってしまうのは、持って生まれた気質も一因かもしれません。けれども、それ以上に「本当は翔子のようにのんびりダラダラ生きたかったな」という本音が背景にあるような気がします。
栄利子が、母親から禁止されていた添加物いっぱいの菓子パンを、まるで“ご馳走”のように頬ばりながら翔子のブログを一生懸命読んでいるシーンは、少し切ない気持ちになります。
愛情の証明を求めるよりも、その瞬間を大切にしたい
友達、恋人、配偶者、そして自分の子どもなど、身近な人に“理想の生き方”を投影してしまうのは、老若男女問わず、わりとよくあることだと思います。大切な人をまるで自分の一部であるかのように感じ、理想の自分像を生きなおしたいと考える。しかし、実際には自由な意志を持った赤の他人ですから、うまくいくはずがありません。
理想の生き方をしている他人と一体化して欠乏感を解消しようというのは、ちょっとキケンな考え方です。
周囲の人にたくさん求めすぎてしまうのは、おそらく栄利子のように“本当の自分”が無視をされて、悲鳴をあげているから。そんな時こそ、自分の心の奥深くに眠っている本音に耳を傾けてみてはいかがでしょう。
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