「風味、味わい」のような意味を持つ"saveur"をちょっと和風に発音しての、さぼうる。雑食系映画紹介人、松本典子がオススメ映画をお届けします。連載10回目は『MR.LONG/ミスター・ロン』を。台湾・高雄から東京、そして栃木にたどり着いた寡黙な男が、めちゃ美味しそうな牛肉麺(ニュウロウミェン)を作ります、って本筋はそこじゃないけれど。


エドワード・ヤン監督による世紀の傑作『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』での少年役デビューがあまりに鮮烈で。その後もウォン・カーウァイ、侯孝賢、ジョン・ウーといったアジアが世界に誇る大監督たちに愛されて、すくすくと(?)育った逸材。もはや台湾のみならずアジア映画界を背負って立つ存在です、チャン・チェン。そんな彼が今回、以前からファンだったというSABU監督に「映画出演に興味がある」と告げたことから始まったのが本作『MR.LONG/ミスター・ロン』でした。


主人公ロンは、料理人のふりをして実は殺し屋。六本木に潜む台湾マフィアの暗殺を依頼されて来日するも、仕事をしくじったために逆に殺されそうになるが何とか逃亡。北関東の寂れた集落へと身を寄せたことからストーリーが展開していきます。


マフィアにパスポートまで燃やされてほうほうの体で逃れてきたロンに、最初に近づいたのは少年ジュン。台湾人を母に持つ彼とはどうにか会話が成立するも、まだ幼いジュンだけで日本語を理解できないロンを助けるのは難しい。ところが、そこに驚くほど人なつっこい近所のおじさんおばさんたちが近づいてきてストーリーは急展開です。

出会ったばかりおばさんが、「今日、うちで食事会をするんだけれど料理作ってくれない?」と強引にロンを連れ出す→料理人でもあるロンですから、当然ながら美味しい中華料理を皆に振る舞う→集まっている世話好きたちは「こんなに料理が上手なら、牛肉麺の屋台を始めればいい!」と一気に盛り上がる→朽ちた空き家をたちまち修理して家具を入れてロンを住まわせてしまう→牛肉麺の屋台まで作って商売スタート。

「何がどうなって、こうなるんだ?」
住民たちのスピーディなおせっかいに半ば呆然と、突拍子も無い展開を前にして呟くロン。その瞬間に、あなたの頭にはこんなセリフが浮かぶかも。(それ、私が入れたかったツッコミ。先に言われちゃったよw)
 

あのシーンで思わずクスリと笑ってしまったら、SABU監督とチャン・チェンの勝ちでしょうか。ていねいに語りすぎてなかなか進まない?感のあった台湾から東京までのストーリー運びに比べて、たどり着いた町でのそれは呆れるほどにスピーディかつ荒唐無稽スレスレで。何だか憎めないタッチなのです。そんな風にぼやきながらも、ロンは黙々と麺を手打って牛肉麺のだしを取るのです。

料理の腕があったおかげで思わぬ商いを始めたロンと住民たちの交流が微笑ましい光であるならば、その傍らには哀しみの闇も。少年ジュンの母親のやるせないストーリーが殺し屋としてのロンのストーリーと静かに接近し、闇に煽られるように作品はクライマックスへと向かいます。追って来た台湾マフィアとジュンの母親を破滅へと向かわせたヤクザのにわか連合軍に、ロンはナイフ1本で立ち向かっていくのですが......。

かつて『グランド・マスター』(ウォン・カーウァイ監督)で八極拳の達人を演じるにあたって朝晩の練習を3年間続けた挙げ句、中国での全国大会で優勝してしまった男、チャン・チェン。そんな彼ならではの身体能力を活かしたアクションシーンは、ケレン味がなくても、派手さがなくてもカッコいい。

『ギルバート・グレイプ』、『ニキータ』、『わたしはロランス』、『クヒオ大佐』『メリー・ポピンズ』、『ジャッキー・ブラウン』......新旧硬軟まだまだありますが、主人公の名前をタイトルに据える作品は、やはり"その人"をとことん堪能したいもの。カンフースーツがヨージ・ヤマモトに見えてしまうカッコよさと、少年ジュンに見せる叔父さんのような温かさと......『ミスター・ロン』もぜひ真正面から味わってみてください。無表情がふとほころぶ瞬間もお見逃しなきよう!

台湾人のソウルフード、牛肉麺。自分でも作ってみたい方のために、レシピを教えてもらいましたよ(いつの間にか「ロンちゃん麺」と名づけられてる!)

©2017 LiVEMAX FILM/HIGH BLOW CINEMA

『ミスター・ロン』
https://mr-long.jp/
監督・脚本:SABU
出演:チャン・チェン、青柳翔、イレブン・ヤオ
新宿武蔵野館ほか全国ロードショー


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