どうしても運動が続かない、運動が面倒、重い腰が上がらない......。それは、「運動は苦しい、めんどくさい」と思っているからではありませんか? ところが、多くのアスリートは「毎日体を動かさないと落ち着かない」と感じている。どちらも同じ「運動」なのに、捉え方でこうも違います。英語の勉強ができない、ダイエットが続かないなども「変われない自分」です。
「変われない、という多くの人は、まるで幽閉された城のような場所で生きています。その囚われの城とは、自分が作った"思い込み"。心理学的に言うと固定概念です。さらに、城の周りにはご丁寧にお堀までせっせと掘って、"思い込みの城"からできるだけ出ないようにしています。脳は変化を嫌います。居心地がいい場所から出たくない。出ないための言い訳を常に考えています。その代表的なものは『忙しい、難しい、無理』という言葉です」(辻先生)
変わりたいと言いながら変わらない人が多いのは、今の自分に居心地がいいから。運動しない、美味しいものを好きなだけ食べる、仕事や遊びに忙しい生活が心地いいから、その場所に留まっているのです。
「人間は、居心地が悪いと思ったらそこから出て行く生き物です。今、自分が感じている"居心地の良さ"は、自分で勝手に作りだした思い込みの「概念」だと気付きましょう。まず気づくだけでも、自分を変えることの1歩を踏み出すことになります」
今の自分から出られない"堅牢な城の壁"は、自分でわざわざ作っている、ということを、まずは認識しましょう。
「第2の脳」って何?まずは「第1の脳」について。
「これは『認知脳』といい、状況や出来事に対して"判断をする脳の機能"を指しています。『雨が降ったから傘をさそう』『明日早いから早く寝よう』『ここは危険だから逃げよう』など外の世界に対し、常に自分がとるべき行動を判断しています。この認知脳のおかげで人間は危険を察知し、生命維持をしてきました。さらに行動が飛躍的に高度になりました。ところが、この認知脳ばかりが働くと、自分が感じていること(心)に目が向かなくなり、外の出来事にばかり振り回されてしまうようになります。多くの人は認知脳に支配されて、ストレスを生み出しているのです」
さらに、認知脳は出来事に意味付けをして、感情を生み出します。『雨だ=嫌だな』『運動=辛いな』と言った具合です。雨は水不足の時には恵の雨であり、体を動かすのが好きな人は、運動は辛くありません。要するに、自分の認知脳は、過去の経験や環境などから自分で勝手に意味付けをしているのです。
一方、『第2の脳』というのは心に向いた脳。私はこれを『ライフスキル脳』と呼んでいます。スポーツは、一瞬で心のリセットを求められる世界です。マウンド上で、『気分転換に、ちょっとお風呂に入ってきます!』というわけにはいきません。悪送球をした後、次の球を投げる瞬間には不安や緊張を一瞬でリセットしなければなりません。これを司っているのが第二の脳(ライフスキル脳)です。アスリートたちは、このライフスキル脳を常に鍛え続け、心を落ち着けられることを求められているのです。ライフスキル脳が鍛えられていると、行動に意味づけをし、感情を産みだす『認知脳』をマネジメントして、うまく付き合っていくことができるようになります。目の前で起きている出来事に心を振り回されることが少なくなってくるのです。これが、アスリートが常に平常心であり続け、ベストのパフォーマンスを出せる秘密です。スポーツは、心をマネジメントする脳(ライフスキル脳)を求められる最も原始的な活動なのです」
このライフスキル脳を鍛えるには5つのステップがあります。
0.知らない:無知の状態1.知る:心や脳の仕組み、ライフスキル脳について知る状態
2.考える:具体的に考え、意識してみる状態
3.感じる:心の変化を感じる状態
4.シェアする:体感を誰かに話す、ノートに書く状態
5.繰り返す:1から4を繰り返している状態
これを見てもわかるように、すべきことは「知る・気づく、考える、感じる」こと。決して難しいことではないのがわかりますね。皆さんはすでに、ステップ1に進みました。
ライフスキル脳を鍛えると"認知能"に振り回されることが少なくなり、心を平常心に保ちやすくなるのだそう。心を平常心に保つことは、なぜ大切なのでしょうか?。
「なぜなら、心がゆらいでいる時にいい仕事ができますか? 不安や怒り、緊張などに心が支配されている状態で、本来の自分の十分なパフォーマンスが発揮できますか? アスリートはそれを常に求められるので、ライフスキル脳のトレーニングが必要です。このライフスキル脳は、心のマネジメントに必要な力ですが、実はある心の状態のためだけに必要な脳力です。それは『フロー』です。
フローとは、『ゆらがず、とらわれずの心の状態でいること』。機嫌がよく楽しい心の状態です。みなさんにも経験がありませんか? 機嫌よく、何かに取り組んでいる時。そのような時、心はフローになっています。逆に、心がゆらいで、何かにとらわれている状態、それを『ノンフロー』と呼びます。よいパフォーマンスが発揮できない状態です。そこそこのパフォーマンスしか発揮できない人生は、ノンフローで生きている証拠。ライフスキル脳を鍛えると、いつでも自分自身でフロー状態にすることができるようになり、『やらされ感のない、楽しさに満ちあふれた心の状態』を自ら導くことができるようになります」
人間の心はフローとノンフローのどちらかに傾きます。多くの人は認知脳によって外的要因に心をとらわれ、ノンフローになりがちですが、辻先生のメソッドで「ライフスキル脳」を鍛えれば、心をフローに傾けられるようになるのです。
アスリートに見る、ライフスキルの実践トップアスリートたちは、ライフスキルを実践することで最高のパフォーマンスを上げています。辻先生からみた、トップアスリートたちのライフスキル脳とは? 一体彼らはどんなライフスキル脳を持っているのでしょうか? 一例をご紹介します。
レスリング:吉田沙保里選手「一生懸命を楽しむ」
「2012年のロンドンオリンピックの前に、吉田沙保里さんにインタビューをしたことがあります。その時、吉田選手は『一生懸命を楽しもう』と考えている人だと感じました。これもライフスキル脳の特徴です。認知脳でやるべきことを明確にしたあとは、自分の心をフローに保つことができている。表情からも感じることができました」
サッカー:長友佑都選手「感謝」
「イタリアのインテルに移籍してから、ノンフローになっていた時期があったようです。ところが、長友選手のライフスキル脳は『感謝』で『ありがたい』と考えることで、心がマネジメントでき、フローに戻すことができたのです」
NBA:田臥勇太選手「チャレンジ精神」
「田臥選手の楽しそうな表情や、穏やかかつ自信のある態度を見ると、フロー化しているのがわかります。2メートルを超える選手たちの中でプレイをするときに、できないことからくるノンフローから解放され、自分ができることに集中する、というチャレンジ精神がそこに存在します」
メジャーリーガー:イチロー選手「今に生きる」
「イチロー選手に感じるライフスキルは『今に生きる』。マスコミがインタビューで過去のことに引き戻そうとしても、『今すべきことをするだけですから』と、決してノンフローに傾かず、今に生きるというライフスキルを習慣にしているのがよくわかります。未来に話を誘導されても、イチロー選手は『今』に注力しています」
これはまだ一例ですが、多くのアスリートはライフスキル脳を鍛えることで、フローを自ら導き、いかなる状況でも高いパフォーマンスを発揮します。私たちはメジャーリーガーやオリンピックの選手ではありませんが、自分自身の人生をよりよく生きるためには、ライフスキルを磨き、フロー状態を増やすことが大切なのです。
まとめ自分自身のパフォーマンス(仕事や恋愛、家事や育児など自身の行動全般)を上げるためにまず必要なことは、知識やテクニックではなく、心を常にセルフマネジメントできること。そのためには「ライフスキル脳」を鍛えて、フローを体感していくことです。「変わりたいのに変われない」、この問題から抜け出せない人は、まずライフスキル脳を鍛えるには5つのステップを始めてみましょう。しっかり取り組めば、3カ月で自身の変化を感じられるはずです。
後編はいよいよ実践編。15のライフスキルやフロー状態を作る具体的な方法をご紹介します。
Illstration / chao!
辻 秀一(つじ・しゅういち)先生
スポーツドクター。1961年生まれ。慶應義塾大学病院内科、同スポーツ医学研究センターを経て株式会社エミネクロス代表取締役。応用スポーツ心理学を基にしたメンタルトレーニングによるパフォーマンス向上が専門。33万部を突破したベストセラー『スラムダンク勝利学』(集英社インヤーナショナル)や『「第二の脳」の作り方』(祥伝社)など、著書多数。最新著書は、『さよなら、ストレス 誰にでもできる最新「ご機嫌」メソッド』(文藝春秋)。オフィシャルサイトはこちら。