ある未亡人が営む質屋。
笑い話を担保に嘘八百を貸し出したが質流れしてしまった。

「やれやれコイツは一杯喰わされた」

と思い渋紙包みを開くと同時に、一斉にぺちゃくちゃと騒がしい噺の数々。
そんな話を選り分けてみると、老婆が川で洗濯するような撰屑の中にも
嵯峨のお釈迦様を開帳したような、箔の付いた話もあった。

私はこれこそ臍繰り(ヘソクリ)金と胸に秘めていたが
書店の初商いということで、披露することにした。


       享和二年正月  十返舎一九







『礼者の供』


ある人が年賀の挨拶周りに出掛けた。

供は、田舎から連れて来た老僕・権七一人である。

番町の野原に差し掛かった時、向こうから同様の主従が歩いてきた。
相手方の従僕も田舎者と見えたが、権七を見つけると

「これはこれは、お久しゅう御座る!
国元の皆様にはお変わりありませんか!」

と話しかけて来た。
権七もこれに堂々と答えて

「ほう!
あなた新田の弥五左殿か!
これはこれはお達者なようで何より!
ところで、下の郷の孫太夫殿はお変わりありませんか?」

「ええ、変わりありません!」

「分家のお鍋婦人は如何ですかな?」

「こちらも達者で御座います!」

「それはめでたい!  
いやいや、それにしても久しぶりですな。
少しお話しましょう!」


と言って権七は芝生にでんと腰を下ろしてしまった。
二人の主人は驚く反面、面白味も感じたので会話の成り行きを見守ることにした。


権七は打ち解けた顔つきで言う。

「さてさて久しぶりですな。
ここが私の家なら酒でも出させて頂くのですが
こんな所では茶の一杯すら出す事が出来ません。」

弥五左も答えて

「いやいやお構いなく!
お気持ちは存分に伝わっております!」


等と云う会話が際限なく続くので、主人同士も退屈して

「これはあなた、ウチの従者がお待たせをしてしまいまして…」
「いえいえ、あなた様にこそ退屈をさせてしまいまして…」

と詫び合い始めた。


すると、権七勢いよく振り返り

「コレッ! 勝手が騒がしいッ!」



【解説】


最初の咄、ということで年始の挨拶が題材となる。


「勝手が騒がしい!」
とは、主人が使用人を叱責する常套句。

※武家屋敷では正門を使用する資格があるのは主人・賓客などの身分の高い者だけであり
出入り業者や身分の低い者は勝手口から屋敷に出入りしていた。

一家の主として同郷者に接しているうちに、現在の立場を忘れてしまい
ついには主客転倒してしまうと云う趣旨の滑稽譚である。