【橘川放談 vol.1】アクセス至上主義ではモノ書きも読者も育たないんだよ(聴き手:杉本恭子)
2012.01.07
1972年音楽雑誌『ロッキングオン』を創刊。1978年には全面投稿雑誌『ポンプ』を創刊――橘川幸夫さんは、インターネットが生まれる前からさまざまな参加型メディア開発をしてきた人だ。1980年代にパソコン通信が始まるといちはやく参加。その後、日本のインターネット黎明期を拓くことになる人たちと交流し大きな影響を与えた。ちなみに、『ガジェット通信』発行人・深水英一郎も、かつて橘川さんに背中を押されて『まぐまぐ』を開発している。
橘川さんは、いつも見通しのいい場所に立っている。そして、新しい時代の風を全身に受け止めて「あっちがスゴイんだよ」「これがスゴイんだよ」とすごい早口で語り歩く。しかも、言葉の密度もギュウギュウなのである。ひとりで聴くのはもったいないから録音しちゃえ! というわけで、橘川さんに会うたびにレコーダーを回すことにした。インタビューには特にテーマは設けていない。橘川さんを聴くことは、私たちが生きているこの時代を聴くことになるはずだからである。(聴き手:杉本恭子)
――昨年秋から『日経ビジネスオンライン』で連載(『橘川幸夫のオレに言わせれば』)を始められましたね。スティーブ・ジョブズ氏が亡くなった直後の記事がとても良かったです。
『ロッキンオン』以来ずっと、自分が言いたいことを書いてきたわけ。依頼原稿も基本的に「好きなことを書いていい」っていう話で来るから、ターゲットにどうアピールするかなんて考えたことがないわけだよ。
ところが、「30代のビジネスマン」とかさ、読者設定して書くと面白いんだよ、やったことないからすごく新鮮なわけ。モノ書きやっていて読者設定をしてなかったってスゴい話なんだけど(笑)。で、ちょうど連載の話が決まった次の日に、スティーブ・ジョブズが亡くなったんだよ。担当の編集者さんが「誰か今日中にジョブズの原稿書ける人を知りませんか?」って言うから、そんなのいねえよと(笑)。じゃあ、俺が書くって言って1時間で書いたわけ。
後で他の原稿をネットでチェックしたら、ホントにもう日本の文筆界というのはヒドイ状況だっていうことがよくわかった。明らかにみんなコピペなんだよね。原稿を書くときに、ネットで情報を集めてそれを加工しているだけなんだ。書きたいことがあって、わからない情報をネットで調べたり確認するならいいけれど。書いている本人が何を言いたいのか全然わかんないのよ。
――レファレンスのためにネットを使うのではなく、加工する情報を集めるためにネットを使っている。
そうそう。だから結局、全部がニュースになっているわけ。自分で取材も思考もしないで、偉そうに文章いじるだけのアンカーマンみたいな文章が多くてさ。そういうのを許す編集者がいるっていうことに怒りがフツフツと沸いてきて。「ホンモノのモノ書きとは何か見せてやる!」って思ってさ(笑)。でもさ、読者の方も事実のネタを探している人が多いんだよな。人の意志とか気持ちを受け取る訓練ができていないんだよ。
――ネットの普及と編集者の質の低下はリンクしているんじゃないかという話もあると思う。かつては編集者やデスクが握っていた編集権が、ネット上の個人のレイヤーの方に拡散しているイメージがあります。ネタさえあればユーザー同士で編集してSNSでワイワイやるからそれでいい、というような。
編集のレベルってね、技術的なことじゃないんですよ。立ち位置なのね。どんどんユーザーの側に編集権が移っていくのは悪いことじゃないんだけど、かつての編集者って批評家、評論家だったのね。今、一番いなくなったのは、批評できる人なんだよ。
今は、モノ書きも編集者も「市場でウケるかウケないか」ばかりを狙うじゃない? でも、言ってみれば市場っていうのはシロウトなんだよ。編集者や批評家というのはプロで、今ウケると同時にその先の可能性をもモノ書きに期待するわけですよ。だから、逆に今はウケなくても「この人はこういうものでちゃんと世の中に出て行く」というのを評価して育てるわけだ。
――モノ書きを評価して、育てる。
「今はウケなくても方向性は間違っていない。だからお前はがんばれる」って未来に対するビジョンや展望を提示するのが批評。ダメ出しするとしても、意地悪をしているんじゃなくて「本当はもっといいモノが書けるだろう」と言うためにやるわけね。今は、即物的に『もしドラ』(※)が売れたらみんな『もしドラ』に行っちゃって、その先に何があるかって言ったら何もない。それはまぁ、これまで批評家が余計なことを言ってるみたいなこともあったんだけどさ。
※もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら(ダイヤモンド社刊/岩崎夏海著)
――特に、広告モデルを採用しているネットメディアはアクセス至上主義に陥りやすいですね。
『日経ビジネスオンライン』で担当してくれている編集者はすごくいい人でさ。「つまんない会議が続く仕事のなかで、唯一の希望だ」って、俺の原稿をえらく気に入ってくれるわけ。ただ、お互いに「すごくこれがいい」っていう原稿を仕上げても、アクセスが伸びないこともある。でも、アクセスばかり気にして流されちゃったら、読者を育てられないわけだよ。ウケてるだけじゃなくて、自分で考える人も必要なわけだからさ。本来、編集者っていうのはモノ書きの読者をどう育てていくかが大切なわけで、ホントは明日いなくなっちゃうような”読者”はいらないわけだよ。でも、現実的には広告部から「アクセス増やせ」とせっつかれる。そんなのさ、「iPhoneのOSがAndroidになるか?」とか『東スポ』の見出しみたいなことを書いたほうがアクセスは伸びるわけだよね(笑)。
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橘川幸夫放送局通信
橘川幸夫
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