マーケティングは何処へ行く(第一回)
対談 高橋朗+橘川幸夫
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橘川:今日は、日本企業の一番大事な要素である、商品開発・サービス開発の現場の話をしたい。僕は学生時代に雑誌メディアの世界に入って、30代になってから企業の付き合いが増えて、いろんな業種のコンサルティングやマーケティングの仕事をしてきたが、90年代の半ばくらいから、マーケティング調査の仕事が激減した。最近はほとんどやってないので、現役の高橋くんにいろいろと話を聞きたいと思って声かけました。
高橋:はい、よろしくお願いします。
橘川:まず、高橋くんのやってきたことを簡単に説明してくれないか。
高橋:学生時代は心理カウンセラーを目指していて、精神科の病院で働いていました。結局はマーケティングの世界に入ることになりましたが、人間の心理を研究しているという点では同じですね。自分は主にブランド戦略のお手伝いをしています。例えば、レクサスが日本に導入される際のプロジェクトに参加させていただいて、色々勉強になりました。
橘川:高橋くんがマーケの仕事を始めた頃と、現在では違ってきていることはあるかな。
高橋:端的に言えば、定量から定性に軸足が移ったということだと思います。20世紀の頃は、なんでもかんでも数値で表現しないと、納得してもらえませんでした。でも最近では、文章や図で表現する方が納得してもらえることが多くなりました。マーケティングの根本は人間の心理ですから、全て数値だけで表現するのは、そもそも無理があったんですよね。調査手法で言えば、アンケート形式ではなく、インタビュー形式が増えたということです。
橘川:えっ? それは意外だ。世の中は、ビッグデータだなんとかだで、データ解析が全盛かと思っていたが。それなら、まだ、僕の出番がありそうだな(笑)
高橋:笑い事じゃなくて、本当にそうだと思いますよ。橘川さんは、かなり前から定性調査に注目してましたよね?
橘川:僕は80年代に、子ども調査研究所の手伝いから、マーケの世界に入ったのだが、もともとが投稿雑誌の編集やっていたので、投稿型のマーケが出来ないかと思ってた。80年代に一度、定量では駄目で定性だ、という声が大きくなったんだけど、見てると、定性調査は、グルインだ個別面談調査だと、やってる人たちはテープ起こしに追われているw 肝心な分析に費やす時間が充分にとれなかったりする。それで、なんとか、定性調査を定量調査のようなシステムで処理できないかと思って開発したのが、気分調査法なんだよ。
高橋:気分調査は以前見せてもらいましたけど、あれを80年代にやっていたというのは画期的です。画期的すぎて、当時はあまり理解してもらえなかったんじゃないですか?(笑)
橘川:どこの世界にも100人に一人ぐらいは、時代感性の鋭い人がいて、共鳴してくれたりした。気分調査というのは、簡単に言うと、ある用語に、まず-10から+10までのパラメータの中から、気分度を選んでもらう。好きとか嫌いとか、正しいとか正しくないとかではなくて、気分の数値をね。その上で、その用語について、ひとことコメントをもらう。例えば「渋谷」という用語であれば、気分度は「+5」コメントは「人が多すぎる」とか。200人の人にインタビューして、その発言からキーワード抽出するのは大変だけど、本人がキーワードだけ書いてくれれば、それを整理するのは楽。あとは、コメントを分類するだけ。例えば、20代のOLのコメントを見ると「パルコ」とか「ハンズ」とか、店舗名が出てくることが多い。高校生だと、「いろんな店があって楽しい」「おしゃれで大好き」とか感情的なコメントが多い。定量的なカウンターでは高校生の比率がこのくらいで、OLがこのくらいという数値が出てくるが、気分調査だと、OLは目的の店に直線的に移動しているけど、女子高生は渋谷の街を回遊していることが推察出来る。
高橋:気分調査は、定量調査と定性調査のミュータントみたいなものですよね。ところで当時は、定量調査と定性調査のどちらを重視する企業が主流だったんですか?
橘川:僕の場合は、スタートが子ども調査研究所の手伝いだったので、玩具メーカーとの付き合いが出来た。1984年に「現代気分の基礎知識」(三省堂)という、気分調査の手法を使った若者の意識データの本を出して、少し話題になったけど、あまり仕事にはならなかった。僕の場合、マーケティング業界にいたわけでもなく、むしろ個人で活動していたから、90年から若者論の本を何冊か出して、企業関係者を集めたセミナーでの講演に呼ばれることが増えて、そこで講演すると、クライアントさんが関心を持って、調査の依頼があると気分調査を提案した。自動車メーカーや銀行系のシンクタンク、家電メーカー、教育会社などの仕事をした。なので、僕に統計データの分析は期待しないだろうから、定性調査ということだな。
高橋:その頃は、適正に定性調査を実施できる人が少なかったのでは?
橘川:80年代に一度定性調査の流れが出来たんだけど、僕の感想だと、マーケッターが勘違いして、自分の考えを押し付けるだけの分析をする人が増えて、メーカーの信頼を失った。なかなか消費者のニーズもつかみきれない時期だったのかもしれないが。そうこうしているうちに、POS解析や、インターネットアンケートが出てきて、定量調査全盛になっていったものだと思っていた。
高橋:途中までは、そういう流れだったんでしょうね。でも、その経験のおかげで、定性調査だけでも定量調査だけでもダメで、どちらとも平行してやる必要があるってことが実感できるようになってきたんじゃないでしょうか。
橘川:企業の商品開発者は、今、どういう状況なんだろう。
高橋:10年くらい前までは年功序列式で現場のリーダーを決めちゃってるクライアントさんが多かったですけど、最近は意識が高くて実力もある人がリーダーになっているクライアントさんが増えているように感じています。それだけ企業の危機感が高まってきたんじゃないでしょうか。だから、データさえ大量にあればOKって話じゃなくて、ちゃんと定性調査もやって生活者の生の声をじっくり聞いて、インサイトの分析を真剣にやるようになってきたんだと思います。
橘川:そうなんだ。それは歓迎すべきことだね。数値ではなくて、ユーザーの肉声や体温を感じるところでの商品開発が必要だし、そういうスタイルは日本人の、おもてなしの心に通じる、本来的な方法論だと思う。
高橋:なるほどっ! インサイトの追求は、確かにおもてなしそのものですね。そう言えば、レクサスのプロジェクトも、コンセプトの土台はおもてなしでした。
橘川:レクサスのブランディングやった時の話を聞かせて。
高橋:色々なことをやらせてもらいましたけど、一番印象に残っているのはターゲット分析です。レクサスですからターゲットは富裕層になるんですが、富裕層といってもいろんなタイプの人がいるわけです。その中で、どのタイプをレクサスのターゲットにすべきか、そもそも日本の富裕層をいくつのタイプに分類すべきか、分類する際の基準は何にすべきか、というようなことを担当していました。当然定量調査も散々やりましたけど、定性調査も山ほどやりました。何百人ものお金持ちに一人ひとりお会いして、一人当たり2時間くらいインタビューさせていただきました。皆さん、普通の人たちじゃないので、すごく面白かったですね。
橘川:僕もトヨタさんとは80年代にはよく付き合った。トヨタは昔は親父くさくて若い世代は、日産かホンダだった。それをなんとか若い世代も取り込みたくて、苦労していた。僕が「若い世代にとって車は衣服である」というリポートを書いて出した。内容の一部は、1984年の自動車工業会の機関誌に掲載されている。トヨタさんの主査たちが名古屋から来て最初にメシを食わせてもらったのが、銀座の大納言とかいうエビ料理の店で、名古屋人が海老フライ好きなのは本当なんだと思ったことがある(笑)。トヨタのシンクタンクである現代文化研究所の機関誌には10年くらい連載していた。僕は自動車免許持ってないんだが(笑)。
2.シャープは何故いきづまったか
橘川:シャープやパナソニックやNECなどの家電メーカーの不振が大きな問題になってきたね。戦後の商品社会を牽引したのは、家電メーカーと自動車メーカーだから、大変なことだ。
高橋:台湾勢の台頭が主原因のように言われてますけど、日本勢の自業自得って面が全くないわけではないでしょうね。
橘川:シャープという会社は、付き合ったことのある人はたいてい言うけど、「せこい」(笑)。良く言えば合理的で、無駄な経費を使わない会社なので、どうしてこんなことになったのかは不思議だと思うだろう。
高橋:そうですね。シャープのコスト管理がすごいっていう話は、私も何度か聞いたことがあります。
橘川:シャープは「目の付け所がシャープ」と自画自賛していたように、電卓から始まって、時代の新しい要求にすばしっこく対応してきたと思う。それが、デイスプレーに巨額投資をして失敗したということだな。
高橋:「選択と集中」に失敗したってことですかね?
橘川:90年代になって、メーカー企業の外部パートナーがマーケッターではなくて、コンサル会社になった。何を作るかより、どのように効率良く作り、大きく販売し、利益を最大化するかみたいなことを企業は実践した。その結果、メーカー企業の人と話をすると「最近は、商品開発のための100万円の調査費もなかなか稟議が通らないのに、経営の側は、10億100億の投資は平気でして、失敗しても平然としている」という声が聞こえる。大手メーカー企業の経営陣が、本来のものづくりのスタンスを忘れて、金融ゲームのギャンブルに走ってしまったのではないか。
高橋:そもそも「選択と集中」っていう考え方が、ものづくりっていうよりも、投資的ですもんね。
橘川:ミシュランが日本でガイドブック出しただろう? あの時、フランス人が日本のレストラン回ってびっくりしたんだ。日本は、寿司屋とか天ぷら屋とか単品のメニューで勝負する店はばかりだと。フランス料理は、フランス料理という全体で一つの価値だろ? 日本は単品を極め尽くして、それだけで商品として成立させている。
高橋:言われてみれば、そうですね。
橘川:ラーメン屋なんて、単品のラーメンだけな上に、更に単品さを多様化している。あるアメリカ人が日本に来て驚いた。「ラーメン屋」というので入ってみると、店によって違うものが出てくると(笑)スープが白かったり茶色だったり、具も味も全然違う。こういう多様さが日本の特色なんだ。だから「選択と集中」は日本人には向いてなくて、「全託と拡散」なんだと思う。自分の本来的に内在する文化と違うことやって成功するわけがない。
高橋:ガラパゴスでいいじゃんってことですか?
橘川:ワープロというのがある。ワープロは、松下、ソニー、日本電気、富士通、シャープ、東芝、サンヨー、日立、カシオと日本の家電メーカーがすべて取り組んでいた。それぞれ小さいながらもファンを掴んでいた。それがWindowsのパソコンが大きく伸びると、業界そのものを消滅させてしまった。主要ワープロ業者の5社で協議会やっていたのだが、解散してしまった。あそこでやめなければ、大きく成長しないまでも、独自の商品ラインアップと顧客層をつなげられていたはず。何しろワープロはフリーズしないからな。欧米だって、パソコンがいくら普及したって、タイプライターのメーカーは生き延びている。
高橋:大きくなることを目指した結果つぶれちゃうよりも、小さくてもサスティナブルの方がいいですもんね。そう言えば、サスティナブルっていうのも、日本的な気がします。日本は、ダントツに世界一長く続いている国家ですからね。他の国は、長く続いているようでも、途中で何度も王朝が変わったりしてますから、現在の国家としての歴史は短い。それに日本には、100年以上続いている企業もたくさんありますし。日本人には、一つのことを長く続けるDNAみたいなものがあるんですかね? 欧米からブランド戦略なんか押し付けられるよりも遥かに前から、日本には「のれん」っていう概念がありますし。
3.日本メーカーの生き延びる道
橘川:戦後の日本の高度成長は、単なる機械的な大量生産技術の発展ではなくて、マーケティング力による、消費者ニーズの発掘と対応する力が大きかったと思う。日本の消費者は世界で一番小うるさいが、そうした消費者に対応する力も世界一だと思う。だから、日本メーカーが中国に進出する時、マーケティング先行で行った方がよいと、いろんなメーカーの社員たちとメシ食ったりして言い続けていたが、そういうことはどこもしなかった。中国に行くなら、まず、ドゥハウスみたいな調査会社を現地に設立して、中国人のライフスタイルや嗜好性、色彩感覚、味覚などを把握した上で工業製品を作れば必ず勝てると思った。
高橋:大企業の偉い人たちは、アジアに対して上から目線なのかもしれませんね。だから、マーケットインじゃなくて、プロダクトアウトになっちゃう。
橘川:日本の現地会社って、とにかく評判悪い。現場のリアリティと取り組もうとしないで、日本の本社の指示だけで動こうとする。サムソンのような会社の方が、世界中に現地のマーケティング・マネージャーみたいなのがいて、現地のライフスタイルを把握してきた。こないだNHKのドキュメンタリーで、SONYのテレビが頑張っていて、それは、インド人の色彩感覚に合わせたディスプレーを開発したからだと言うことだった。遅いというんだよ。最初からやってれば、価格競争の泥沼に入らなくてもよかったんだ。
高橋:要するに、日本の企業は、やればできる子なんですよ。でも、夏休みの最終日にならないと、やろうとしない(笑)
橘川:なによりも、日本の企業そのものがマーケティング力を失って、原価の圧縮やら、販売の効率化とか、その年度の利益の拡大に夢中になってしまったのだから、どうしようもない。すべての製造メーカーは、もう一度、自分の企業のコアコンピタスや経営の哲学やら指針を見直すところから始めて欲しいものだ。
高橋:自分たちにとっての夏休みの最終日が来れば、始めるんじゃないですか? シャープみたいに偉いことになったら、真剣に考え始めますよ。それじゃ遅いような気もしますけど、日産もJALも一旦どん底になってから復活したじゃないですか。
(続く)
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