①あなたのニコニコ登録名:杜若 ②最も役に立った放送:同着一番(かな) 内向性、自己肯定感、強みに変える、10の介入行動、[心配性な人ほど稼げる仕事]、後悔ばかりの人生を抜け出す、 ストレス対策、ネガティブ対策、太るほど痩せるもの、など ③その知識を活かして成し遂げた事や変わった事: 【やることはまだ、こんなにもある】 そう思えるようになったのです。 それは衝撃と共に希望であった。凹んだところ足りない所や突出しすぎた所、どれもダメじゃない。こんなにも足りないのではなくて、こんなになにもないのではなくて、こんなにもダメなんじゃなくて【こんなにも沢山まだやれることが、やることがこんなに沢山有る】ということだったのだ。 それは【自分にはもう、これ以上の先がない上はない】行き止まりの壁だと思ったところに、差し込んだ光によってドアが有ることに気が付いたようなものだったのかも知れない。そのドアの先に、上へと続く階段は有り、そこを正に登り始めることが出来たのだから。 ここで得る知識の泉は、自分の中に【背中は俺に任せろ】と円の内側を背中にし、真田8人衆が構えている円陣が生まれたようなもの。外側から迫り来る様々なもの達に最も最強な敵手となるものが対策していってくれる。 くたびれ色褪せていく世界に、色彩が戻り始め生命の息吹が息づいていく。 眠っていた眠り姫が目覚めたように空想と思考が再び巡りはじめて虹色の織物を紡ぎ出す。 求めたいたものは無い物ねだりで、全てがここにありここにあるものが動きだし形を変え始めていくのだ。 生きづらさに無縁で居心地良く生きていた。 違和感も感じたことがなかった。 生きていく場所、居るべき場所とそうでは場所、なんてことを考えることも選ぶこともなく飄々と生きていた。 そうであっても、どれもがそれらは全て当たり前で普通のことだと思っていた。 私の持つそれらは、重宝がられ貴重がられ、違和感を感じられることもなく私も感じることなく何かを思うこともなく、そこでは自他共に当然のものと思われるものである場所だった。 だから そこが無くなり、そこから外へ出た私は、突如として行き詰まった、生きづらくて苦しくて、身動きも取れなくなっていた。 それを人は【それが普通。それが当然】なのだと言った。【今までが、あり得ない】のだと。 だから、人は、そんな私を、奇跡的に【雨に濡れずに生きてきた人】、【カナリア】と言う。避けたわけでも避けようとしたわけでもなく、意図することなく産まれてから一度も雨に濡れたことがなく(歩いてきた)生きてきたようなものだから、と。 共感力、感受性、内向性、・・・無縁で生きていた。人よりも、【共感力が強すぎる、感受性が強すぎる、内向性が強すぎる。】のであるらしい。 私がそれを知ったのはその時だった。 何故ってそれは、選んだわけでも探したわけでもなくいつもそこにあったのが【私の周りは私のような人達ばかりで埋め尽くされていた場所】。そういう場所にしか居た事がなかったから。 そうではない人達に気がつかないほどにそんな人達ばかりで周りが固められる、埋め尽くされているこたが、そしてそれが意図されてものではなく自然にであるなんて、まずあり得ないことなのだ、と知らされたのだ。 だから、知らなかったのだ。これが普通みんなこうなのだと思って過ごしてきていたから。 ここでは「今日も阿吽の呼吸の連携プレー」「以心伝心ナイスチームプレー」「私達って最強なチームね」と言われることとなるそれらは、 出た世界には何処にも存在しなかったのだから。 出た世界ではここでは言われなかったことを言われることになる。「心を読まれているようで気持ち悪い」「心が覗けるの?心の中の声が聞こえてるの?気持ち悪い、怖いんだけど」「見透かされてるようで気持ち悪い」「そんなに前もって気がついて動いてくれると、こんなことも気付かない無能人間と言われている気分になる」と言われるようになる、今までからは想像することなど出来なかった反応に遭遇することとなり、強みであり持ち味であり、評価され必要とされてきていたものは、途端に意味をなさなくなるばかりか邪魔に去れ邪険にされ無意味な無価値なものとなり、封印するしかなくなった。 果たしてそれらの気持ちに気付くことが出来なかった私に「共感力がある、強い」と言えるのだろうかという疑問が頭を過るけれど・・・・。 私が私である証、私を構築している私。それを封印するということ、無くすということ、それは、私をなくすと言うことだったから。 私を失ってしまった私は、今は無くなった【あの場所】を見つけようとしていた。 けれども、あの場所で意図したわけではなく自覚もなく行っていたそれらは、知識の泉が教えてくれる「取り入れると良いこと」ではあったものの、無自覚無意識であったがゆえに、意図して行おうとして行えるとは言えないことも、着眼点が全くズレていることにも気がついていなかったのだから。 私は外側の器しか見ていなかった、必要なのは、その器の【中身】であったというのに。 その場所が無くなるとき、雇い主は言った「皆さんのお陰で、思うような事務所になった。僕は思うしかできないから、作ってくれるのはそこに居る人だから。始めるときに、こうなるといいなぁ、というイメージだけはあった、でもあったのはイメージだけ、僕が出来るのは、それだけ。そういう事務所になったのは、皆さんのお陰。皆さんのお陰でいい人生だった」 どんなイメージなのかは、「それは、言い表せんなぁ」と語ってはもらえなかったけれど。 DAIGOさんの言葉を花束にしていくと見えてきた。 だから、私は生きづらくなかったのだ。 気付くこと、意識すること、自覚すること、それの大切さを痛感するのも、[自分を受け入れること]、それを実践していったことによるものであったのだから。 何故、あの時は良かったのか、何故上手く行っていたのか、何が理由なのか、何故あの時は何処へ行っても誰と接しても癒されると言われていたのか、沢山の何故が次々にするするとほどけていく。 どう考えて良いのか全く分からなくなってどうしようもなくなっていた自分が昔に読んだ小説の主人公のようになっていく。考え方のアイテムをいくつか手にしたかのように、煤で詰まった煙突が煤払いで綺麗に生まれ変わったようなスッキリした感覚を取り戻し、一歩一歩と歩んでいける感覚は、歩き始めた赤ん坊が嬉しくて楽しくてただただ足を前に前に動かして進む感覚を全身で感じているかのようで、そんな自分に気がついたりする。 考え付いては「こんなところで打ち止めの思考しかないなんて」となりそうになるけれど「考えて考えて考えまくって百くらいアイデア出していかないと。際者に浮かんだものなんて全然ダメなのだから」という言葉が遮ってくれる。「・・・それなのに、強みにならないのは、ただ訓練が足りないだけ。」。すると私は「まだ5つめなだけだし、打ち止めどころかこれからなんだから」とゴールと思いかけていたスタート位置の手前にしか辿り着いていないその場所からスタートラインに向かって歩き出す。 遮ってくれるのは、言葉の泉によって心の中に生まれた真田8人衆が放った手裏剣だ。 「自分の趣味は【能動的】で【受動的】なものは何もない、人から何か与えて貰うだけで自分で何もしないものばかり。」そんな気持ちばかり膨らんで、好きなものも泉の底に沈めるようになってしまってきていた。 自分を受け入れていくうちに思い出した。 それらは、乾いた土がすごい勢いで吸い込み吸収する水のようなものであったこと、感覚や感性に染み込んでいくそれらを渇望したりそれらを感じる旋律に並々と注がなければ乾ききった植木鉢の土になってしまうものだったこと、それらを揺さぶり刺激し腸の釧網運動みたいになること。 自分の肥やしにしているものであったこと。磨いているのだったのだ。 同じものを何度もと避難されて鼻で笑われても、初日中日落日と変わる演技や演出やその時時でアドリブで変わる演技など、生き物である舞台に胸が高鳴る楽しみも、生き物でない変わらないものであるはずの絵画や美術品なのに、見る時によって変わるそれら、その見え方を感じること。 受動的なんかじゃなくて、それらはどれも、立派にとても能動的であるものであったこと。 何故本が好きなのか。[好き]だけではない理由。 知る度にどんどん色彩豊かな息づかいが増えていく。 色々な事に気付いていくと、世界にはどんどん色彩が付いていく。 色々気付いていくことは、真田8人衆に、所有アイテムが増えていく事に似ているかも知れない。 【エクスプレッシブ・ライティング】 四行日記、見える化、点数をつける、HIIT(への道のり中。バーピを最終目標にまずは1分から4分にし・・・)いろんな表現で、瞑想、散歩、森、記録、お金で数えない、明確化、コアを見つける、「だから、どうした」、嫌なこと不安などを書き出して解決策を書いて寝る、意思の力ではなく習慣で行う、適正睡眠時間の確保、意識した水分摂取、吐くから始める深呼吸、申し訳ない→有難い、許し、・・・。 アイテム的に取り出すものもあれば、固定でマストなものもあり。 どれをしていても【エクスプレッシブ・ライティング】に結び付いていく事が多いということに気が付き、自分はこれと相性が良いし自分にあっているのだと思う今日この頃。 10点満点で採点したのに12点になる出来事があった。 いつもなら膨れ上がって14点気づいた時には28点になっているような出来事(10点満点なのに28点、て・・・・) 何故12点?理由を書いていたら2点になった。 「なーんだ。たったの2点、大したこたと無いじゃん」何故たった2点に12点が着いたのか、[ビックリした8点][未知との遭遇2点]残ったの2点。 暗闇で聞こえる音に幽霊かと怯えた事が、庭の木の葉の音である事を知り消えた恐怖に似ていたのかもしれない。 [なーんだ。平気] 私を救ってくれた。 (心の中の真田8人衆。時にフュージョンし、時に超スーパーサイア人となり。悟空や、五右衛門、次元大介、黒崎一護と織姫と、坂田銀時・・・(後は誰だろう・・・)舞台転換のようにメンバーが変わる) [ひとつは全ての為に、全てはひとつのために] 今までならば、心が動かなかったであろう事にも、動くようになった。それで開けた世界が現れた。 今までも私の近くにあったものであったのたのだけれど、それを、私は手にしようとは、しなかっだろう。今までの私であったのならば。 ④その他、皆さんの得意なことやアピールしたいこと、もしくは、先々実現したい目標や夢: ①まるで、使い捨ての機械の部品のように、次々に取り替えては使い捨てる機械の部品のように、そんな感覚で、そう思われて扱われ、搾取できるだけ散々だけ搾取しまくることだけにしか頭にない奴ら。そんな奴らに搾取されるだけの虚しい場所からのさようなら。 自分を殺す場所、自分が強みにならない場所、自分の強みを良さを生かせない場所、そんな場所からのさようなら。 [自分を、人生を、より良くする]場所へ。 ②その為の勉強と時間と睡眠の確保が出来る、そしてその為の軍資金調達が両立出来る収入の確保(まずはここから。) ③その間に、鍛え訓練とチャレンジを重ね。なりたかった、やりたかった、それを可能とし現実のものとしているようななっていること。 知識の泉で得たものを身に付けたことで。 ①ー1 まずは設定2年。両立するその状況2年。 その間の仕事で、知識の泉で得た情報と知識を使う。利用する。 [自分に向けて]だけではない。 [相手の望んでいる情報を、望んでいるものへの情報を、提供する]ということに。 ⑤それらのために、その後のために、ここで得た知識の泉で【《知恵の泉》辞典】を作ること。 どの方向からでも、どのワードからでも、どの内容からでも。検索しやすいオリジナル仕様【《知恵の泉》辞典】を作ること。 あぁ、忙しい(笑顔)。やること、考えることは、いっぱい。なんて幸せなのだろう。 (たったこれだけのことであるかもしれない。けれどもそれは、私にとってはとても大きな【人生変わった】ものなのです) 【人生変わった】これから【もっと人生変える】 (具体性が足りない。↑↑↑だから[具体的に]していくのです。これから!←まだ此処に居る) 資料をまとめるのが得意(好評)、そして分かりやすい、使いやすい。噛み砕いてくれてるから助かる。 そう言われてきたのだから。 きっと、出来る!使いこなせる! ⑥その先は、それから、そして歩きながら、考える。 文章が好き。言葉を紡ぐのが好き。言葉を綴るのが好き。 詩や散文詩、エッセイ的なものを書くのが好き。 誉められたのは、小さい頃から、いつも【文章】だった。 「才能無いから、住んでる世界が違うから、という人が居るけれど。訓練してないだけ。訓練足りないだけ。鍛えていないだけ」 鍛えて、訓練して、チャレンジして、考え抜いて。 (「例えそれが愚痴や文句であっても、あなたのメールは小説のようで散文詩のようで、色彩がある文章が心地よく、楽しくて、好きです」と言って貰っていた私の文章は何処へ行ったのでしょうか・・・迷子になったはぐれたそれを探して参ります。) わらしべ長者のように、手に入れてからしか分からないその先もあるかもしれないのだから。だから私は、一歩また一歩、止めることない歩みを続けるのです。ひたすらに。(←今現在:目標とにかくひたすら継続し続ける)
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内向性、自己肯定感、強みに変える、10の介入行動、[心配性な人ほど稼げる仕事]、後悔ばかりの人生を抜け出す、
ストレス対策、ネガティブ対策、太るほど痩せるもの、など
③その知識を活かして成し遂げた事や変わった事:
【やることはまだ、こんなにもある】
そう思えるようになったのです。
それは衝撃と共に希望であった。凹んだところ足りない所や突出しすぎた所、どれもダメじゃない。こんなにも足りないのではなくて、こんなになにもないのではなくて、こんなにもダメなんじゃなくて【こんなにも沢山まだやれることが、やることがこんなに沢山有る】ということだったのだ。
それは【自分にはもう、これ以上の先がない上はない】行き止まりの壁だと思ったところに、差し込んだ光によってドアが有ることに気が付いたようなものだったのかも知れない。そのドアの先に、上へと続く階段は有り、そこを正に登り始めることが出来たのだから。
ここで得る知識の泉は、自分の中に【背中は俺に任せろ】と円の内側を背中にし、真田8人衆が構えている円陣が生まれたようなもの。外側から迫り来る様々なもの達に最も最強な敵手となるものが対策していってくれる。
くたびれ色褪せていく世界に、色彩が戻り始め生命の息吹が息づいていく。
眠っていた眠り姫が目覚めたように空想と思考が再び巡りはじめて虹色の織物を紡ぎ出す。
求めたいたものは無い物ねだりで、全てがここにありここにあるものが動きだし形を変え始めていくのだ。
生きづらさに無縁で居心地良く生きていた。
違和感も感じたことがなかった。
生きていく場所、居るべき場所とそうでは場所、なんてことを考えることも選ぶこともなく飄々と生きていた。
そうであっても、どれもがそれらは全て当たり前で普通のことだと思っていた。
私の持つそれらは、重宝がられ貴重がられ、違和感を感じられることもなく私も感じることなく何かを思うこともなく、そこでは自他共に当然のものと思われるものである場所だった。
だから
そこが無くなり、そこから外へ出た私は、突如として行き詰まった、生きづらくて苦しくて、身動きも取れなくなっていた。
それを人は【それが普通。それが当然】なのだと言った。【今までが、あり得ない】のだと。
だから、人は、そんな私を、奇跡的に【雨に濡れずに生きてきた人】、【カナリア】と言う。避けたわけでも避けようとしたわけでもなく、意図することなく産まれてから一度も雨に濡れたことがなく(歩いてきた)生きてきたようなものだから、と。
共感力、感受性、内向性、・・・無縁で生きていた。人よりも、【共感力が強すぎる、感受性が強すぎる、内向性が強すぎる。】のであるらしい。
私がそれを知ったのはその時だった。
何故ってそれは、選んだわけでも探したわけでもなくいつもそこにあったのが【私の周りは私のような人達ばかりで埋め尽くされていた場所】。そういう場所にしか居た事がなかったから。
そうではない人達に気がつかないほどにそんな人達ばかりで周りが固められる、埋め尽くされているこたが、そしてそれが意図されてものではなく自然にであるなんて、まずあり得ないことなのだ、と知らされたのだ。
だから、知らなかったのだ。これが普通みんなこうなのだと思って過ごしてきていたから。
ここでは「今日も阿吽の呼吸の連携プレー」「以心伝心ナイスチームプレー」「私達って最強なチームね」と言われることとなるそれらは、
出た世界には何処にも存在しなかったのだから。
出た世界ではここでは言われなかったことを言われることになる。「心を読まれているようで気持ち悪い」「心が覗けるの?心の中の声が聞こえてるの?気持ち悪い、怖いんだけど」「見透かされてるようで気持ち悪い」「そんなに前もって気がついて動いてくれると、こんなことも気付かない無能人間と言われている気分になる」と言われるようになる、今までからは想像することなど出来なかった反応に遭遇することとなり、強みであり持ち味であり、評価され必要とされてきていたものは、途端に意味をなさなくなるばかりか邪魔に去れ邪険にされ無意味な無価値なものとなり、封印するしかなくなった。
果たしてそれらの気持ちに気付くことが出来なかった私に「共感力がある、強い」と言えるのだろうかという疑問が頭を過るけれど・・・・。
私が私である証、私を構築している私。それを封印するということ、無くすということ、それは、私をなくすと言うことだったから。
私を失ってしまった私は、今は無くなった【あの場所】を見つけようとしていた。
けれども、あの場所で意図したわけではなく自覚もなく行っていたそれらは、知識の泉が教えてくれる「取り入れると良いこと」ではあったものの、無自覚無意識であったがゆえに、意図して行おうとして行えるとは言えないことも、着眼点が全くズレていることにも気がついていなかったのだから。
私は外側の器しか見ていなかった、必要なのは、その器の【中身】であったというのに。
その場所が無くなるとき、雇い主は言った「皆さんのお陰で、思うような事務所になった。僕は思うしかできないから、作ってくれるのはそこに居る人だから。始めるときに、こうなるといいなぁ、というイメージだけはあった、でもあったのはイメージだけ、僕が出来るのは、それだけ。そういう事務所になったのは、皆さんのお陰。皆さんのお陰でいい人生だった」
どんなイメージなのかは、「それは、言い表せんなぁ」と語ってはもらえなかったけれど。
DAIGOさんの言葉を花束にしていくと見えてきた。
だから、私は生きづらくなかったのだ。
気付くこと、意識すること、自覚すること、それの大切さを痛感するのも、[自分を受け入れること]、それを実践していったことによるものであったのだから。
何故、あの時は良かったのか、何故上手く行っていたのか、何が理由なのか、何故あの時は何処へ行っても誰と接しても癒されると言われていたのか、沢山の何故が次々にするするとほどけていく。
どう考えて良いのか全く分からなくなってどうしようもなくなっていた自分が昔に読んだ小説の主人公のようになっていく。考え方のアイテムをいくつか手にしたかのように、煤で詰まった煙突が煤払いで綺麗に生まれ変わったようなスッキリした感覚を取り戻し、一歩一歩と歩んでいける感覚は、歩き始めた赤ん坊が嬉しくて楽しくてただただ足を前に前に動かして進む感覚を全身で感じているかのようで、そんな自分に気がついたりする。
考え付いては「こんなところで打ち止めの思考しかないなんて」となりそうになるけれど「考えて考えて考えまくって百くらいアイデア出していかないと。際者に浮かんだものなんて全然ダメなのだから」という言葉が遮ってくれる。「・・・それなのに、強みにならないのは、ただ訓練が足りないだけ。」。すると私は「まだ5つめなだけだし、打ち止めどころかこれからなんだから」とゴールと思いかけていたスタート位置の手前にしか辿り着いていないその場所からスタートラインに向かって歩き出す。
遮ってくれるのは、言葉の泉によって心の中に生まれた真田8人衆が放った手裏剣だ。
「自分の趣味は【能動的】で【受動的】なものは何もない、人から何か与えて貰うだけで自分で何もしないものばかり。」そんな気持ちばかり膨らんで、好きなものも泉の底に沈めるようになってしまってきていた。
自分を受け入れていくうちに思い出した。
それらは、乾いた土がすごい勢いで吸い込み吸収する水のようなものであったこと、感覚や感性に染み込んでいくそれらを渇望したりそれらを感じる旋律に並々と注がなければ乾ききった植木鉢の土になってしまうものだったこと、それらを揺さぶり刺激し腸の釧網運動みたいになること。
自分の肥やしにしているものであったこと。磨いているのだったのだ。
同じものを何度もと避難されて鼻で笑われても、初日中日落日と変わる演技や演出やその時時でアドリブで変わる演技など、生き物である舞台に胸が高鳴る楽しみも、生き物でない変わらないものであるはずの絵画や美術品なのに、見る時によって変わるそれら、その見え方を感じること。
受動的なんかじゃなくて、それらはどれも、立派にとても能動的であるものであったこと。
何故本が好きなのか。[好き]だけではない理由。
知る度にどんどん色彩豊かな息づかいが増えていく。
色々な事に気付いていくと、世界にはどんどん色彩が付いていく。
色々気付いていくことは、真田8人衆に、所有アイテムが増えていく事に似ているかも知れない。
【エクスプレッシブ・ライティング】
四行日記、見える化、点数をつける、HIIT(への道のり中。バーピを最終目標にまずは1分から4分にし・・・)いろんな表現で、瞑想、散歩、森、記録、お金で数えない、明確化、コアを見つける、「だから、どうした」、嫌なこと不安などを書き出して解決策を書いて寝る、意思の力ではなく習慣で行う、適正睡眠時間の確保、意識した水分摂取、吐くから始める深呼吸、申し訳ない→有難い、許し、・・・。
アイテム的に取り出すものもあれば、固定でマストなものもあり。
どれをしていても【エクスプレッシブ・ライティング】に結び付いていく事が多いということに気が付き、自分はこれと相性が良いし自分にあっているのだと思う今日この頃。
10点満点で採点したのに12点になる出来事があった。
いつもなら膨れ上がって14点気づいた時には28点になっているような出来事(10点満点なのに28点、て・・・・)
何故12点?理由を書いていたら2点になった。
「なーんだ。たったの2点、大したこたと無いじゃん」何故たった2点に12点が着いたのか、[ビックリした8点][未知との遭遇2点]残ったの2点。
暗闇で聞こえる音に幽霊かと怯えた事が、庭の木の葉の音である事を知り消えた恐怖に似ていたのかもしれない。
[なーんだ。平気]
私を救ってくれた。
(心の中の真田8人衆。時にフュージョンし、時に超スーパーサイア人となり。悟空や、五右衛門、次元大介、黒崎一護と織姫と、坂田銀時・・・(後は誰だろう・・・)舞台転換のようにメンバーが変わる)
[ひとつは全ての為に、全てはひとつのために]
今までならば、心が動かなかったであろう事にも、動くようになった。それで開けた世界が現れた。
今までも私の近くにあったものであったのたのだけれど、それを、私は手にしようとは、しなかっだろう。今までの私であったのならば。
④その他、皆さんの得意なことやアピールしたいこと、もしくは、先々実現したい目標や夢:
①まるで、使い捨ての機械の部品のように、次々に取り替えては使い捨てる機械の部品のように、そんな感覚で、そう思われて扱われ、搾取できるだけ散々だけ搾取しまくることだけにしか頭にない奴ら。そんな奴らに搾取されるだけの虚しい場所からのさようなら。
自分を殺す場所、自分が強みにならない場所、自分の強みを良さを生かせない場所、そんな場所からのさようなら。
[自分を、人生を、より良くする]場所へ。
②その為の勉強と時間と睡眠の確保が出来る、そしてその為の軍資金調達が両立出来る収入の確保(まずはここから。)
③その間に、鍛え訓練とチャレンジを重ね。なりたかった、やりたかった、それを可能とし現実のものとしているようななっていること。
知識の泉で得たものを身に付けたことで。
①ー1
まずは設定2年。両立するその状況2年。
その間の仕事で、知識の泉で得た情報と知識を使う。利用する。
[自分に向けて]だけではない。
[相手の望んでいる情報を、望んでいるものへの情報を、提供する]ということに。
⑤それらのために、その後のために、ここで得た知識の泉で【《知恵の泉》辞典】を作ること。
どの方向からでも、どのワードからでも、どの内容からでも。検索しやすいオリジナル仕様【《知恵の泉》辞典】を作ること。
あぁ、忙しい(笑顔)。やること、考えることは、いっぱい。なんて幸せなのだろう。
(たったこれだけのことであるかもしれない。けれどもそれは、私にとってはとても大きな【人生変わった】ものなのです)
【人生変わった】これから【もっと人生変える】
(具体性が足りない。↑↑↑だから[具体的に]していくのです。これから!←まだ此処に居る)
資料をまとめるのが得意(好評)、そして分かりやすい、使いやすい。噛み砕いてくれてるから助かる。
そう言われてきたのだから。
きっと、出来る!使いこなせる!
⑥その先は、それから、そして歩きながら、考える。
文章が好き。言葉を紡ぐのが好き。言葉を綴るのが好き。
詩や散文詩、エッセイ的なものを書くのが好き。
誉められたのは、小さい頃から、いつも【文章】だった。
「才能無いから、住んでる世界が違うから、という人が居るけれど。訓練してないだけ。訓練足りないだけ。鍛えていないだけ」
鍛えて、訓練して、チャレンジして、考え抜いて。
(「例えそれが愚痴や文句であっても、あなたのメールは小説のようで散文詩のようで、色彩がある文章が心地よく、楽しくて、好きです」と言って貰っていた私の文章は何処へ行ったのでしょうか・・・迷子になったはぐれたそれを探して参ります。)
わらしべ長者のように、手に入れてからしか分からないその先もあるかもしれないのだから。だから私は、一歩また一歩、止めることない歩みを続けるのです。ひたすらに。(←今現在:目標とにかくひたすら継続し続ける)