当時のことを思い出すと、日本の進むべき道が分水嶺にあったと認めざるを得ない。 安倍政権から福田康夫内閣に移ったが、政権の成立は、薄氷を踏むようなものであった。衆院で福田338票、小沢117票、参院で福田105票、小沢133票であった。一歩間違うと自民党は政権を失いかねない状況にあった。福田氏は、米国の軍事的要求など強い要求を止めるには大連立しかないと考え、小沢に持ち掛け、小沢は了解したが、時の鳩山以下民主党幹部がこぞった反対し、成立することがなかった。この時大連立が成立していたら、日本の状況が現在大きく変わっていたと思われる。 町村は福田政権の官房長官であり、自民党が瓦解し始めた時であり、福田政権は、北との拉致問題・国交正常化に力を入れており、韓国と大きな摩擦を起こしたくないという政治的思惑が、今日的問題につながっている。結果的に見れば、町村の判断ミスのようであるが、与党だけでなく野党の多くが問題しなかったのではないかとみているが、当時の野党・マスコミの論調を調べてみたい。 結果論で、とやかく言うことはできるが、戦争と同じように、皆どのように考えていたかが問われるべきでしょう。
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孫崎享チャンネル
(ID:18367902)
当時のことを思い出すと、日本の進むべき道が分水嶺にあったと認めざるを得ない。
安倍政権から福田康夫内閣に移ったが、政権の成立は、薄氷を踏むようなものであった。衆院で福田338票、小沢117票、参院で福田105票、小沢133票であった。一歩間違うと自民党は政権を失いかねない状況にあった。福田氏は、米国の軍事的要求など強い要求を止めるには大連立しかないと考え、小沢に持ち掛け、小沢は了解したが、時の鳩山以下民主党幹部がこぞった反対し、成立することがなかった。この時大連立が成立していたら、日本の状況が現在大きく変わっていたと思われる。
町村は福田政権の官房長官であり、自民党が瓦解し始めた時であり、福田政権は、北との拉致問題・国交正常化に力を入れており、韓国と大きな摩擦を起こしたくないという政治的思惑が、今日的問題につながっている。結果的に見れば、町村の判断ミスのようであるが、与党だけでなく野党の多くが問題しなかったのではないかとみているが、当時の野党・マスコミの論調を調べてみたい。
結果論で、とやかく言うことはできるが、戦争と同じように、皆どのように考えていたかが問われるべきでしょう。