司馬遼太郎が生きていたらと思うね。 戦争反対とか、そういうことを言ってもらいたいんじゃない。 今の人間には「臓物の匂いがしない」とかそういうことを言ってもらいたいんだ。 司馬は、たとえがんを宣告されても自分はああそうですか、と死ぬ準備を進める、医者の面倒にはならないと言っている。 そして、ほぼその予言通り、別の病気でだが死んだ。 司馬と言えば、『竜馬がゆく』『峠』『坂上の雲』などが有名だが、デビュー当時の『梟の城』は司馬の心そのものを描いたものに思える。主人公の伊賀忍者・葛籠重蔵は、新聞記者の司馬の分身なのだ。 闇に生きる忍者は、世と言う闇に自らを溶かしこんで、「個」としての生活なく生きる新聞記者の「心」を描いたものだと『手掘り日本史』で言っている。 そういう目でこの作家を見直して見ると、ようやく今の時代に生きる人間像、つまり、ニヒルな、たちさまよう生き霊たちをさきどりしていたのだとも言えるかもしれない。 また、逆に、百年前の漱石を読むと、『坊っちゃん』にしろ、『三四郎』『それから』『草枕』にしろ、彼らには少なくとも「心」がある。 文学をばかにするなかれ。文学は、心を失った日本民族の記録である。
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孫崎享チャンネル
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司馬遼太郎が生きていたらと思うね。
戦争反対とか、そういうことを言ってもらいたいんじゃない。
今の人間には「臓物の匂いがしない」とかそういうことを言ってもらいたいんだ。
司馬は、たとえがんを宣告されても自分はああそうですか、と死ぬ準備を進める、医者の面倒にはならないと言っている。
そして、ほぼその予言通り、別の病気でだが死んだ。
司馬と言えば、『竜馬がゆく』『峠』『坂上の雲』などが有名だが、デビュー当時の『梟の城』は司馬の心そのものを描いたものに思える。主人公の伊賀忍者・葛籠重蔵は、新聞記者の司馬の分身なのだ。
闇に生きる忍者は、世と言う闇に自らを溶かしこんで、「個」としての生活なく生きる新聞記者の「心」を描いたものだと『手掘り日本史』で言っている。
そういう目でこの作家を見直して見ると、ようやく今の時代に生きる人間像、つまり、ニヒルな、たちさまよう生き霊たちをさきどりしていたのだとも言えるかもしれない。
また、逆に、百年前の漱石を読むと、『坊っちゃん』にしろ、『三四郎』『それから』『草枕』にしろ、彼らには少なくとも「心」がある。
文学をばかにするなかれ。文学は、心を失った日本民族の記録である。