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マクガイヤーチャンネル 第18号 2015/6/8
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前回の続きになります。これで押井小説はコンプリートだ!
○2012年『ゾンビ日記』
何故か人類が皆ゾンビになってしまい、主人公だけが生き残っている――そんなゾンビ映画ではよくある世界を舞台に、押井守のような主人公「俺」がいつものように理屈っぽい薀蓄を垂れ流す小説です。
ただ、ゾンビとはいっても普通のゾンビではありません。この小説でのゾンビはゾンビ映画のように人間を襲いもせず、食い殺しもせず、何にも関心が無いまま歩き回るだけなのです。しかし、ゾンビ映画のように世界はしっかり滅んでしまい、「俺」はただ一人残されました。
普通の人間なら孤独で狂い死にしそうなものですが、そこは中身が押井守な主人公です。なんと狙撃銃でゾンビを狙い打つことをライフワークとするのです。
人間は「俺」ただ一人、そして趣味はゾンビの狙撃、ページのほとんどは「狙撃」、「殺人」、「戦場におけるあれやこれや」、そしていつもの「食」……といった自省のような、自問自答のような薀蓄で占められることとなります。スナイパーライフルのメンテナンスへのこだわりと、ほかほかごはんに「穂先メンマやわらぎ」を敷き詰めたお弁当へのこだわりが並列に語られるあたり、やはり押井守小説は最高だなと言わざるをえません。
しかし、ある時「俺」は自分が唯一の生き残りでないことを知ります。そして、もう一人の生き残りは自分と同じくスナイパーであり、人類が絶滅したこの世界でスナイパーVSスナイパーの戦いが始まるのです!
実の姉であり、舞踏家である最上和子をモデルにしたと思しき主人公の姉についての内省や、牧羊犬と狼についての薀蓄が、きっちりと伏線として回収されるクライマックスに唸ります。
なによりも、「狙撃」、「ゾンビ」、「戦場での殺人」……といった要素がただ羅列されるだけではなく、「生きる意味とは何か」「人生とは何か」といったテーマにきちんと絡む構成が最高です。もし伊藤計劃が生きていたら狂喜しそうな一冊です。現時点での、押井小説における最高傑作と呼んでも過言ではないと思います。
○2015年『GARM WARS 白銀の審問艦』
全ての住民が電脳化した異種族が跋扈する異世界ガルムを舞台に、樋口真嗣、竹谷隆之、細田守といった錚々たるスタッフを集め、アニメと実写の映像技術を融合させて作る超大作映画……それが『G.R.M. THE RECORD OF GARM WAR』こと『ガルム戦記』です。しかし、2000年に公開される予定だったこの映画は、予算オーバーにより企画凍結、早い話が製作中止となってしまいました。「現実と虚構」とか「幻の戦闘」とかいったものをテーマやモチーフにすることが多い押井守監督ですが、映画そのものが幻となってしまったのです。
ところが2013年、『ガルム戦記』は『GARM WARS The Last Druid』として、再び製作されることが発表されました。2015年現在、映画は既に完成し、幾つかの映画祭で公開されていますが、不思議なことに劇場公開日は未だアナウンスされておりません。幸運にも映画を観た人の弁には「押井守の最高傑作」と「制作費をドブに捨てた最低映画」という正反対の声が混淆しています。自分はというと「いつもの押井映画」なのではないかと想像しております。
さて、同じ企画、同じ脚本を基に執筆されたと思しき小説版ガルム戦記が本書です。押井小説の特徴として、「主人公は若い男性」「一人称」「蘊蓄たっぷり」があるのですが、本書は決して「いつもの押井」ではありません。主人公は記憶を受け継ぐことで不死を実現した異世界人であり、三人称であり、重火器や食の蘊蓄は皆無です。代わりにページを占めるのは架空世界を演出する架空の専門用語であり、架空の空飛ぶ艦艇の描写であり、架空の種族の架空の風俗や伝承の描写です。
まるで早川書房や東京創元社のSF文庫本を読んでいるような感覚になるのですが、まるで榊原良子が声をあてそうな女艦長が登場したり、犬が聖獣扱いされていたりする描写でニヤニヤするのがオシイストです。お話も、「現実と虚構」や「幻の戦闘」といったテーマやモチーフをしっかりと含んだものになっています。
いずれにせよ、映画版と同じく、押井守にとっての野心や挑戦が詰まった一作であることは間違いないでしょう。押井守だって頑張ってるんだぞ!
【その他のおすすめ押井本】
押井守が書く小説は、様々な映像企画の副産物や遺産として出版されたケースがほとんどです。
一方で、作家としての押井守は小説以外にもエッセイや対談本を何冊も発表しています。最近は忙しくなってきたのか、知り合いの編集者が聞き書きや「構成」を務めることも多いのですが、ほとんどが押井守の知られざる側面を浮き彫りにする興味深い本になっています。
その中でも、自分のおすすめは以下の三冊です。
○『注文の多い傭兵たち―オシイマとその一党のコンピュータゲームをめぐる冒険』
押井守が年齢のわりにゲーム好きであり、『ULTIMA』や『WIZARDRY』といったパソコンゲーム華やかりし時代、つまりは『天使のたまご』などが原因で仕事を干されていた時代にゲームばかりしていたことは有名です。
本書は押井守がプレイしたゲームのリプレイ……というか、妄想や薀蓄やゲームにかんするあれこれを「ゲームのリプレイ」という形式にまとめたエッセイになります。
どのリプレイも主人公は自らの分身である「オシイマ」であり、『御先祖様万々歳!』や『紅い眼鏡』のキャラクターがパーティの仲間やNPCとして出てくるあたり、ニヤニヤしてしまいます。
後半にはオリジナル・ゲームの企画書……というか妄想企画も収められており、まるで押井守の白昼夢を覗き見したような一冊です。『AVALON』や『アサルトガールズ』といった企画への影響や変遷を妄想したりするのも、また楽しいでしょう。
本書には『サンサーラ・ナーガ』で一緒に仕事をした桜玉吉による味わい深いイラストが添えられており、これも魅力の一つになっています。
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