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マクガイヤーチャンネル 第114号 【『鉄血のオルフェンズ』がトミノ的にも実録路線的にも素晴らしい3つの理由】

2017/04/10 07:00 投稿

  • タグ:
  • Dr.マクガイヤー
  • 評論
  • アニメ
  • 富野由悠季
  • 鉄血のオルフェンズ
  • ガンダム
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マクガイヤーチャンネル 第114号 2017/4/10
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おはようございます。そろそろ部屋を本格的に片付けねばと考えているマクガイヤーです。

手始めに本棚……というか床に置いてある本を整理し、ブックオフに売りに行ったのですが、その足でまた本を買ってきてしまいました。……よくあることですよね!



マクガイヤーチャンネルの今後の予定は以下のようになっております。


○4月29日(土)20時~

いつも通り、最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。

『レゴバットマン』

『ハードコア』

『ムーンライト』

『ゴースト・イン・ザ・シェル』

『T2 トレインスポッティング』

その他、気になった映画や漫画についてお話しする予定です。



○5月4日(木)20時~

「クトゥルフ神話と『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』」

3/4より『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』が公開されております。

この映画、最近の大長編ドラえもん映画の中でみても面白いばかりか、どうみてもクトゥルフ神話の一編である『狂気の山脈にて(狂気山脈)』をネタ元にしているのですよ。

そこで、大長編ドラえもん映画とクトゥルフ神話双方の視点からみた『のび太の南極カチコチ大冒険』について解説致します。

是非とも映画本編を視聴した上でお楽しみください。


○5月後半

「最近のマクガイヤー 2017年5月号」

いつも通り、最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。

詳細未定





お楽しみに!



さて、今回のブロマガですが、先日最終回が放送された『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』について書かせて下さい。

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ニコ生放送でも「実録SFヤクザ映画としての『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』」として解説しましたが、

話足りなかったことがあるのですよ。



●「おまえのブレンパワードの扱い方、イエスだね!」――『オルフェンズ』最高でした――

自分は現在41歳のおっさんなのですが、他の同世代のおっさんと同じくガンダムが大好きなわけですね。


ファーストガンダムは幼稚園、『Zガンダム』は小学生の時分、だったので、正直よく分からなかったのですが、その後再放送や映像ソフトで観た際は衝撃を受けました。同年代の例に漏れず、『逆シャア』には手を叩いて喜び、初めてリアルタイムで観たガンダムである『0080』『Vガンダム』は今でも名作だと思ってます。

……そんなおっさんにとって、21世紀に入ってからのガンダムは、コレジャナイ感たっぷりだったわけですよ。

『SEED』『SEED DISTINY』がそれまでオワコンだったガンダムというコンテンツを、『アメトーーク』で「ガンダム大好き芸人」なんて番組が可能になるくらいの復活に寄与したことは十二分に理解しているものの、ファーストガンダムや『Z』の引用やオマージュというよりは劣化版と呼びたくなるような内容に、全くついていけなかったわけです。

その後の『00』『Gレコ』はそれなりに楽しみましたが、『AGE』には全くついていけませんでした。周りの皆が熱中していた『UC』も、まるでバブル時代のMOF担の接待のような過剰サービスっぷりにゲンナリしました。とにかくもうMSの背後に浮かび上がる「プレッシャー」という名の怨霊スタンドや、それまでに悲劇の死を迎えたキャラクターが最終回にお化けとなって主人公を助ける演出や、最終回に謎のニュータイプ能力を使って敵を光の粉に変えてしまうような「奇跡」は、もう禁止して欲しいです。


そういうわけで、21世紀になってから自分が心の底から楽しめたガンダムは公式がやる二次創作としてのメタ構造が確固としている『ビルドファイターズ』だけだったのですが、ここに来て状況が変わりました。

『鉄血のオルフェンズ』は21世紀になってから作られたガンダムシリーズの中で最高傑作と呼んでも良いのではないでしょうか。



●「人はね、人間はね、自分を見るのが不愉快なのよ」――『オルフェンズ』大不評――

にも関わらず、SNSを覗くと『オルフェンズ』、特に2期に対する文句ばかりが目につきます。

たとえば

http://anond.hatelabo.jp/20170327203108

とか

https://togetter.com/li/1098475

とか

https://togetter.com/li/1097242

とか。


これらをまとめると、こうなるでしょう。


①1期は鉄華団成り上がりの話だったが、2期は彼らが悲劇的な展開を迎えるので、つらい。「世の中は少しずつしか良くならず、革命なんて起きず、父母から受け継いだ権力と高い教育を兼ね備えたエスタブリッシュメントが世の中を動かすのだ」こんな真実、現実で嫌というほどみている。


②悲劇的な展開はなんとか受け入れられるが、そこまでの道程が雑。特に1期ではあんなに格好良かったマクギリスのキャラが崩壊している。


③1期であれだけ活躍していたクーデリアが2期では完全に脇役、なんの見せ場もない。



③については明らかに欠点ですが、①と②については『Zガンダム』放映当事の反発や、『Vガンダム』放映当事の諦観にも似た戸惑いを思い出してしまうわけですよ。

というか、①と②という欠点ならぬ特徴があるからこそ、『オルフェンズ』はこれまでのガンダムシリーズや実録ヤクザ映画の系譜に則った正当なエンターテイメントであるし、21世紀に入ってからのガンダム映像作品の中では飛びぬけた傑作であると思うわけですよ。



●「人は流れに乗ればいい。だから、私は君を殺す。」――理由1:皆殺しのトミノ――

まずですね、最終回に近づくに従って主要なキャラクターがどんどん死んでいくという展開は、富野由悠季がこれまで散々やってきた手法なわけです。

『Z』でも『逆シャア』でも『V』でも、ガンダム以外では『ダンバイン』でも『イデオン』でもやってきたわけです。『ザンボット3』の人間爆弾や、毎週毎週親戚が特攻して死んでいく展開なんて、トラウマ以外のなにものでもありませんが、あれがあったからこそ今や名作と評価されているのです。


何故こんなにも毎回毎回主要キャラを殺すのでしょうか?

富野は

「全員殺した方が、きれいさっぱり何も残らずまとまりがつく」

「制作者・視聴者共に、未練を残さず作品から離れていける最も理想的な表現法」

と答えています。


なるほど、と思う一方で、21世紀に入ってからこのような手法を使うロボットアニメは減りました。ガンダムシリーズでは皆無です。

富野ですら、このような手法を『ブレンパワード』でも『キングゲイナー』でも『Gレコ』でもとりませんでした。この理由として、富野は「もう皆殺しから卒業したい」とか「そんな時代ではない」とかいったことを述べています。


なぜキャラクターの皆殺しや、残酷な結末が減ったのでしょうか?

理由の一つは、残酷な結末を迎える「作品」に視聴者が耐えられなくなったからです。

特に実在しない絵を動かすことで生命を与えるアニメーションは、実写作品よりも視聴者が想像で補完する部分が大きく、それだけキャラクターに感情移入する部分が大きいのです。

更に、ガンダムシリーズのような作品がターゲットとしてるメイン視聴者層が、作品と適切な距離をとりにくい中高生というのも大きいでしょう。

ちょっと極端な描写をやっただけで「鬱展開」「トラウマ」といったタグをつけられ、そっぽを向かれてしまう、それが21世紀なのです。これを避ける為に、スタジオは皆殺しを禁じ手としがちです。


そんな中、勇気を持ってこのような結末を選んだ『オルフェンズ』の作り手たちには拍手を送りたいです。



●「ララア・スンは、私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」――理由2:シャアは情けない男――

「2期ではマクギリスのキャラが崩壊している」というのも、よく分からないわけです。

マクギリスはその程度の男だった、ということが2期で判明しただけのことじゃないですか。そして、ガンダム作品が常に2人の主人公のうちの1人――裏主人公としてきた復讐に燃える仮面の男の原典――シャアは、その程度の情けない男だったわけです。


『オルフェンズ』はすべての人間関係をパートナーで描いており(なんと「ラスボス」であるラスタル・エリオンにすらガラン・モッサというパートナーがいて、オルガと三日月のもう一つの鏡像もしくはありえたかもしれない未来となっています)、『オルフェンズ』のキャラクターを最初の『ガンダム』のキャラクターにそのまま当て嵌められない部分があるのですが、マクギリスとガエリオのモデルはシャアとガルマであることは間違いないでしょう。そうでなければ、ガエリオがあんなに青い髪の毛をくるくる弄くりまわすわけがありません。


一年戦争でのシャアはザビ家への復讐で行動していましたが、『Z』では目的を半ば見失っています。『Z』のキリマンジャロで演説したり、『逆シャア』でネオジオンの総帥として蜂起したのは、成り行きに過ぎません。「これでは道化だよ」と自らを嘲笑するシャアにとって、「地球人類への粛清」というのは建前に過ぎません。だから、アムロとの戦闘の中で「ララアが死んだ時のあの苦しみ!存分に思い出せ!」「ララア・スンは、私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!そのララアを殺したお前に言えたことか!」と思わず漏らしてしまいます。ナナイにも「大佐はそんなアムロを許せない……」とアムロを見返したいだけなことを見透かされてしまいます。シャアは、アムロでなくても「情けない奴」と言いたくなる男です。


一方で、マクギリスは育ての親でありつつ男娼としてケツを掘られ、性的虐待を受けた相手であるイズナリオへの復讐を1期で果たしてしまいました(この為にガエリオを犠牲にし、それを後悔していることも一年戦争時のシャアを引用しています)。

だから、2期でギャラルホルンの改革や革命を目指して行動するのは、成り行きに過ぎません。単に、子供のころの「ガンダムバエルが手に入れば俺最強」くらいの考えしかないのです。シャアと同じように、マクギリスは情けない男であることは(過去のガンダムシリーズを観ていれば)1期から分かっていたことでした。


「世直しのこと……知らないんだな。革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標をもってやるから、いつも過激なことしかやらない!」

アムロがシャアに対して放つこの台詞は、ばっちりマクギリスにも当てはまりますね。


「8歳と9歳と10歳の時と、12歳と13歳の時も、僕はずっと……待ってた!」

……なんて言い出さないだけ、マシだったのかもしれません。



●「大人だからやるんだろ!?」――理由3:実録映画からみた『オルフェンズ』――

『オルフェンズ』では、1期の早い時期から「テイワズ」と呼ばれる企業複合体……という名のスペースヤクザ組織が出てきます。鉄華団のリーダーであるオルガがテイワズの一員と兄弟杯を交わしたり、「手打ち」「シノギ」といったヤクザ用語がばんばん出てきます。これは今までのガンダムには無かった要素です。それ故に、『オルフェンズ』は「ヤクザガンダム」とか「仁義なきガンダム」とか呼ばれたりしています。


ただ、ここで整理しておきたいのですが、旧来のヤクザ映画が属する「仁侠映画」と『仁義なき戦い』が属する「実録映画」は、同一な部分(特に、我慢に我慢を重ねたヤクザが最後に暴れるという展開は多用されます)もありますが、異なるジャンルの作品です。


箇条書きにすると、以下のようになります。


【任侠映画】

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①主に60年代に製作・公開された

②任侠をテーマにし正義が悪を倒すという、時代劇のころから受け継がれた単純な物語

③ヤクザを美化し、義理人情に厚く正しい任侠道を歩むヒーローとして描いている

④成熟した大人である任侠者が活躍するが、最後は滅びの美学溢れた結末を迎える

⑤少し前の時代をノスタルジーと共に描く


【実録映画】

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①主に70年代に製作・公開された

②実話を基にしているが、敗戦後の混乱した土壌からヤクザが生まれ、朝鮮戦争や高度経済成長と共に国家と癒着し肥え太るが、やがてそれまで癒着していた国家権力から切り捨てられるという、ヤクザたちを通して戦後史の曲り角がリアルに見通せるような物語として脚色

③ヤクザを金にがめつく、弱者に強い社会悪として描く

④若いヤクザたちが時に英雄的に活躍するが、最後は無残な結末を迎える

⑤少し前の時代を舞台にしていても、時代や世の中への批判精神を内包している。

 

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