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マクガイヤーチャンネル 第110号 2017/3/13
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おはようございます。ちょっと一息ついた感じのマクガイヤーです。

前回の放送

「今だから観返したい『キング・コング(2005)』と『闇の奥』とポストコロニアリズム」

は如何だったでしょうか?


だろめおん先生と一緒にお送りしましたが、キングコングの真髄に迫る良い放送になったと思います。


最後のだろめおん先生の物真似は最高でしたね!



○3月25日(土)20時~

「最近のマクガイヤー 2017年3月号」

いつも通り、最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。

・最近の実物大ガンダム

『ホライゾン ゼロ・ドーン』

『モアナと伝説の海』

『仮面ライダー×スーパー戦隊 超スーパーヒーロー大戦』

『映画 プリキュアドリームスターズ!』


その他、気になった映画や漫画についてお話しする予定です。



○4月1日(土)20時~

「実録SFヤクザ映画としての『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』」

『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』が4/2に最終回を迎えます。

この『オルフェンズ』、当初は『機動戦士ガンダム』の元ネタの一つだった『十五少年漂流記(あるいは『蝿の王』)』のアップデート版かと思われていましたが、どんどん東映実録ヤクザ映画のような趣となっていきました。ヤクザ映画もガンダムも大好きな自分としては見逃せない、そしてだからこそ一言も二言も言いたいガンダムになっております。『ガンダムAGE』とはえらい違いです!

そこで、実録SFヤクザ映画としての『オルフェンズ』について2時間みっちりお話するという放送を致します。是非ともAmazonプライムなどで最終回直前まで視聴した上でお楽しみください。



○4月29日(土)20時~

「最近のマクガイヤー 2017年4月号」

いつも通り、最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。

詳細未定



お楽しみに!



さて、今回のブロマガですが、科学で映画を楽しむ法 第3回「『静かなる決闘』と梅毒」の最終回になります。




●恭二の慟哭

恭二にとっての梅毒――本作にとっての梅毒が、いったいどんな意味を持っているのか、

「医者だって人間でしょう?」

と更に尋ねる峰岸に対して、恭二は慟哭します。


「あの人が他のものになってしまった今日、おそらく何もかも諦めることができると思ってたんだが……駄目だ!」

(中略)

「考えてみりゃ、僕の欲望なんて奴は、かわいそうな奴さ。

戦争が始まる前は若い潔癖な感情で、ただぎゅうぎゅう押えつけていた。

戦争中は、帰りさえすれば平和な結婚が待っている、美佐雄さんが待っててくれてるって、言い聞かせながら押えつけていた。

ところがある日、僕の体は、破廉恥な男の汚れた血液のために、なんの享楽もなく汚されてしまった」

(中略)

「こんなことなら、こんなことになるくらいだったらって、僕だって時々考えるよ。

良心的に考えてたら、いつになったら僕の欲望は満足させられるのか、わかりゃしない。

第一どうして僕はこんなに苦しまなきゃならないんだ。

僕は梅毒さ!

しかし、それは僕の罪でもなければ、僕の欲望の知ったことじゃないんだ」

(中略)

「ところが、その欲望を徹底的に、徹底的に叩きのめしてしまおうとする、道徳的な良心って奴が、のさばっているんだ。

つまらない良心って奴がのさばっている。

そいつをはね飛ばして、この欲望の中に埋もれちゃ、なぜいけないんだ!」


そう言って、聴診器を投げ捨てます。


この告白に対し、「自分を欲求のはけ口にすれば良い」「先生を愛しているのかもしれないわ」とまでいう峰岸が、絶世の美少女にみえてくるのが、黒澤映画の凄いところです。千石規子なのに!


このシーンは、三舟と千石による熱演として、今でも語り草になっています。



●戦争と梅毒

生前、黒澤明は本作を失敗作とみなしていました。

前術した通り、映画が公開された1949年当時、日本の病院には既にペニシリンが普及しており、梅毒はきちんと治療すれば治る病気になっていたからです。副作用が強く、ワッセルマンがなかなか下がらない場合があり、治療に長い時間がかかるサルバルサンは、過去の薬になっていました。


それでも、黒澤は梅毒を「治療に長い時間と忍耐を必要とする病」としました。

何故でしょうか?


恭二の慟哭を、注意深く聞くと分かります。

「戦争」に汚された体、「戦争」に押えつけられた欲望、「戦争」に押し付けられた罪……

つまり、本作における「梅毒」とは、「戦争」の昏い記憶、「戦争」によって受けた呪い、あるいは「戦争」そのものなのです。


黒澤明は、徴兵を逃れた男です。

黒澤は生前「徴兵司令官が陸軍の教官だった父の教え子だったので、兵役を免除された」と語っていましたが、現在では、東宝の秘蔵っ子であった黒澤を守る為に、東宝首脳部が軍部と取引した(そして戦意高揚映画である『一番美しく』を作らせた)という説が唱えられています。

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しかし黒澤の周囲にいた人間の多くが戦争に行きました。盟友であった本多猪四郎は三度も徴兵されましたし、三船敏郎は19歳で現地召集され25歳で終戦を迎えるまで軍隊にいました。特攻兵を上官として見送る仕事をしていた三船は、終戦、というか敗戦、を知った時「ざまあみやがれ!」と叫んだそうです。外国のマスコミから取材を受けた際も「あの戦争は無益な殺戮だった」と言い切っています。


そんな中、徴兵を逃れた黒澤は、戦争についてどう感じていたのでしょうか?

何らかの力で戦争に行かずに済んだことを、自らの責任のように受け止めていたのではないでしょうか?

本作における恭二の葛藤や、それを見守る恭二の父(演じている志村喬は有名俳優故に、徴兵されませんでした)を観ていると、そのように感じてしまいます。



●梅毒とゴジラ

戦後の黒澤映画は、全て「戦争」をテーマにしています。

本作の前後作である『酔いどれ天使』『野良犬』も、三船敏郎は戦争という昏い記憶を引きずっているキャラクターを演じています。

『七人の侍』は関ヶ原の戦いの後という「戦後」を舞台とし、最後に志村喬演じる勘兵衛は「また、生き残ったな」という台詞を吐きます。

そして『夢』では、あの世とこの世の結節点のようなトンネルの出口で、戦争で死んでいった兵士たちの幽霊をみます。青い顔をした兵士たちの幽霊を見送るのは、一人生き残った将校です。

全てに、黒澤が戦争に抱いていた思い――戦争で普段の生活や未来や命を犠牲にした仲間たち、にも関わらず自分だけ戦争に行かなかったという後ろめたさ――戦争の昏い記憶が詰まっています。


もっといえば、本作における梅毒は、1954年の『ゴジラ』におけるゴジラに良く似ています。

本多猪四郎が監督したゴジラシリーズ第一作『ゴジラ』におけるゴジラは、戦争の記憶そのものです。

また、平田昭彦演じる芹沢博士は、戦争のせいで片目を失い、ケロイドという傷も負っています。そして、オキシジェン・デストロイヤーという唯一ゴジラに対抗できる兵器を開発しながら、本当に使っていいかどうか苦悩します。

参考リンク http://ch.nicovideo.jp/macgyer/blomaga/ar1081930


『ゴジラ』におけるゴジラが『静かなる決闘』における梅毒だとすれば、芹沢博士の苦悩は恭二の苦悩に対応するでしょう。

ゴジラを殺せるのなら、すぐに殺してしまえば良い――そう考えるのは、戦争に行っていない者や、戦後に産まれた者の考えです。自分を汚し、自分の大半を占めている昏い記憶を、そんなに簡単に追い払えるわけがありません。

『ゴジラ』の芹沢博士は、明言されませんが、戦争で負った傷(おそらく放射線障害)が原因で、許嫁であった河内桃子との結婚を諦めます。そして最後、ゴジラを殺すためオキシジェン・デストロイヤーと共に海に沈みます。平和な戦後のために死ぬのです。

『静かなる決闘』はC3-POのモデルでお馴染み千秋実が主催する劇団が上演していた『堕胎医』という戯曲を原作にしています。『堕胎医』では最後、主人公は梅毒トレポネーマが脳まで達し、発狂して死にます。こちらも、主人公が平和な戦後のために死ぬラストを迎えるのです。