「畑にホウレンソウ採りに行かない?」
夕食の支度をしていた奥さんが言った。今夜は寒いので牡蠣グラタンを作ろうとしたが、野菜室にあった葉物が白菜とキャベツだけだったのだそうだ。
「やっぱり牡蠣グラタンならホウレンソウだよね」
海も空も黄昏に染まっていた。もう10分もすればすべてが薄青色に塗り替えられてしまうだろう。すぐさまダウンジャケットを着込み、5分ばかり行ったところにある畑へと急いだ。夕闇の中、やや育ち過ぎたホウレンソウの根元を掴んで次々に引っこ抜く。土を払い落として袋に入れる。ものの数分で持って来た袋が一杯になった。ここ数日の寒さのおかげでようやく甘味も乗り始めてくれただろうか。畑を出るときは夜が始まっていた。
「なんか畑泥棒みたいだね」
白い息を吐きながら僕らは笑った。手は凍えそうに冷たくなっていたけれど。
21年前には想像もしていなかった今だった。
コメント
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ほうれん草、好きだから食べたくなってきました(笑)
阪神大震災、私はセンター試験の翌日でした。大阪で被害がない地域でしたが、地鳴りと縦横に揺れたあの大地震を忘れたことはありません。メディアを通して見た神戸の街、震災直後にテレビで放映された瓦礫に腰から下が埋まったまま焦げた人など、脳裏にたくさん焼き付いたまま21年が過ぎました。
確かにあのとき、食料に困ったのは都会の人でした。淡路の方のことはあまり報道されていませんでした。
農業は都会の人に軽視されがちですが、インフラがなくなったとき、お金があっても何もない世界に気付きでもまた忘れていくのでしょうね。
(著者)
>>1
災害から身を以て学んだことを次に生かす。経験していない人たちに伝える。それも災害を忘れてはいけない理由のひとつだと思うんですけどね。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」のもまたキリギリスなんでしょうか。