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season2~ふたりの陰陽師編~
第三話『分かたれた絆』

著:古樹佳夜
絵:花篠

(第二話はこちら)

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――その目、どうかしたの。
雪明は我慢できずに、目の前に座る少年に不躾な質問をした。
問われた少年は少し言い淀んだあと、両目を覆う包帯に少し触れて
――生まれた時から、ないんだ。
とだけ言った。

陰陽師の家系に生まれた彼――今しがた「蘆屋満月」と名乗った少年は、雪明と同い年の6つだという。雪明自身その名を聞いたことはあれど、実際に顔を合わせるのはこの日が初めてだった。
これから学校に通い始める歳だが、彼は普通の学校には通わないと話した。ハンディキャップを抱えて生まれ、家の敷地から出ることは稀らしい。後になって思えば、特異な存在として周囲の大人によって存在を隠蔽されていたのだろう。
そんなところも自分の境遇に似ているのだなと、雪明は余計に親近感を持った。
親同士が離れに篭って会合を開いている間、持て余した長い時間をもっと仲良くなりたいと少年たちは前のめりになった。
陰陽師家の名門「蘆屋」の血を継承する者、次期当主の器だと既に噂になっている満月。同じく雪明も、陰陽師としての天賦の才を持っていると、周囲から期待をかけられている。それを誇りに思う気持ちを植え付けられて育った。しかしそれは、家の呪いを、一身に受けている証拠でもある。
一目でわかる。包帯の下、あの澱んだ窪みに巣食う闇。
そして、自身の肌を這う黒い怨念。これらは同じ呪いなのだ――

のちに、満月の目は見えるようになった。
蘆屋家先代当主から引き継がれた青眼のおかげだ。
異様なほどに真っ青な瞳は神々しく、見る者を圧倒していた。先日亡くなった老爺から、少年の眼窩に住処をうつして、青眼はその輝きを増したようだった。

(こわい……)
相対した雪明は身をすくませた。満月は見知った顔のはずだが、その視線に人外の意志を感じて、緊張で身を固くする。
「へぇ。おまえ、そんな顔をしていたんだな」
幼馴染の姿形を始めて知った満月は破顔した。無邪気に笑む姿はさっきまでとは打って変わって、まごうことなき少年のものだった。雪明の緊張も一気に解けた。

光を得た満月が出歩けるようになったの期に、少年たちは連れ立って出かけるようになった。世界が開けてゆく楽しさを享受し、呪いの痛みを分かち合い、絆は確かなものになってゆく。互いの存在は大きく、仄暗い世界の一縷の光にも感じられた。

「いつか、この呪いを一緒に解こう」
満月が笑って、雪明が頷く。何百年となし得なかったことが、自分達の代で叶うのだろうか。儚い夢物語に縋るには現実は重い。雪明の身体は呪いに蝕まれ、短命に終わる未来を予感させる。運命を跳ね除ける前に、力尽きてしまうかもしれない。それでも、信じたいと願った――


満月、追いかけてきてくれるかな――

安部家の使役する式神の中でも、特に強力な十二天将のうち、騰蛇は倒され、回復には時間がかかる。次なる式神はどれにすべきかと雪明は思案する。そして、選んだのは――

あの約束、叶えてくれるよね――?
雪明は霊符に問いかける。先日の戦いの残滓に満月を感じ、雪明は笑んだ。


怪談バーの入っているビルは一棟まるごと満月の所有らしい。怪談バーの地下にあるレンタルスタジオも使い放題だと言われ、吽野と阿文は特訓と称して丸一日拘束されていた。
「も、もう無理だって、勘弁して!」
吽野はぜいぜいと肩で息をする。その横で、阿文も同じく荒い呼吸を整えながら、眉根を寄せ黙って耐えていた。二人はカモの苛烈な指導によって限界に近づいていた。
「まだまだいけるでしょ?」
カモが水の入ったペットボトルを手渡すと、吽野はそれをひったくり、勢いよくあおった。
「俺の印のおかげだろうが、よく動けているように見えるぞ?」
満月は余裕綽々といった雰囲気で吽野を宥める。
「でもこの印……すごく体力を持っていかれるんです……」
額の汗を拭った阿文は力無く訴えた。
満月の式神として動くため、身体の印の一部を移された状態の吽野と阿文は、肉弾戦の練習をしている。最初、満月が四つ這いの獣の操縦にしか慣れていないこともあり、地を駆けるしかなかった二人だが、
吽野の強い希望でようやく二足歩行で戦うスタイルに落ち着いた。
「神の遣いともあれば、格高の存在……何よりお前らには意志がある。力を同調させること自体、双方に負荷はかかる」
「ほんと! 負荷だらけだっての……」
「いやいや。むしろ、満月の方が余計に消耗してるって。術をかける方だってじわじわ削られるんだから」
満月もカモも手を緩めるつもりがないと見え、吽野は口を尖らせる。
「つーかさ、肉弾戦ってのがね……慣れてないのよ。俺たち、上品だからさ」
「どの口が上品を語るのか」
苦笑するカモに、吽野はねだるように手を差し出した。
「武器があれば話早いじゃない? 俺たちになにか持たせてよ」
カモは多少いらつきながら、ため息を吐いた。
「ここにあると思うか? 銃刀法違反で捕まるっつーの」
「えー」
一方で、満月は訴えを受け止め、思案を巡らせる。
「まあ……できんことはないがな……」
「本当ですか!」
阿文も話に飛びつく。どうやらアテがあるらしく、満月は携帯を取り出した。
連絡をとってみるからしばらく待てと言い残し、満月は一足先にスタジオを出ていった。
「よし、一旦特訓は切り上げるとしよう」
「助かった……」
吽野と阿文は力を抜いてその場にへたり込んだ。
「満月のやつ、どこへ行ったんだ?」
「どうせタバコだよ。ここ、禁煙だからね」
カモはそっけない返事をした。


朝から晩まで特訓に付き合ったせいなのか、満月の顔には明らかな疲労が浮かんでいた。ビルの屋上で一服していると、階段を上がってくる足音がする。構わず2本目のタバコに火をつけた満月の横に、阿文が歩み寄る。
「どうかしたのか?」
問われた阿文は、一息ついて問いかけた。
「満月さんは、神の遣いが消滅したら……その先を、知っていますか?」
満月はタバコの火を消し、鎮痛な面持ちの阿文に向き直った。
「僕らは一見正反対なように見えますが、一心同体なのです。つかえる神を同じくし、対を成す姿がひとつの存在とも言える。主人が消えても、先生――吽行が消えても、僕という存在――阿行は成立し得ない。どちらかが欠ければ、世界から存在は無くなる。消えてしまうんです」
「まだそうなるとはわからないじゃないか」
「なんとなくですが、わかります。先生は強がっているけど、あの呪いは強大すぎる。僕らは消滅する瀬戸際にいます。かつて僕が消滅しかかった時に、先生は必死で僕を助けてくれました。けど、その時の比じゃないくらい、今回は――」
これ以上は言うなと、満月は阿文の口を抑える。
「そのために対策を練っているんじゃないか?」
「……そうですよね。すみません」
阿文が俯くと、その背を大きな手が撫ぜる。
「あまり、悪いことばかり考えなるな。……とはいっても、悪い現状を感じ取ってしまうんだろうがな」
「ええ……なんだか、さっきから胸騒ぎがしているんです」
そう言って、阿文は頭上を見上げた。何かの気配を、今まさに感じ取ったようだった。

「満月さん、あればなんでしょう……?」
阿文の指さす夜空に、赤いカイトが旋回してる。満月はその正体に気づき、阿文を引き寄せる。

「さすが、気づくのが早いね」
いつの間にか現れた人影に、阿文はギョッとする。振り返ると二人の前には薄ら笑いの雪明がいた。
「もうきたのか、雪明」
「瀕死のもう一匹はどこにいる?」
「なんの話だ?」
「前足に僕の呪いを帯びた子だ。気配を追ってここまできたんだよ」
雪明の目当ては吽野のようだった。
「しらない、あっちへいってください」
「健気だね。相方を守ろうとするなんて……でも、今必要になったのは、君じゃなくて彼なんだ」
雪明が掲げた腕めがけて、先ほどのカイトが真っ直ぐと降りてくる。その姿が近づくにつれ、屋上を覆い尽くすほどの巨大な翼を持った、鳳の姿になっていった。
「鳥が……!?」
「朱雀。安倍の式神だ」
阿文を後ろに突き飛ばし、満月は霊符をポケットから取り出すと、朱雀に向かって投げつける。ただの紙は大きな黒い鷹の姿となって夜空に舞い上がる。そして、鳳の真上から急降下し、鋭い鉤爪を朱雀の首に食い込ませる。朱雀はジタバタと身を捩らせながら対抗する。甲高い怪鳥の鳴き声は辺りに響き渡り、夜の繁華街をざわつかせていた。
「満月さん、僕を使ってください。今ならあの鳥を地面に落とせます」
「大丈夫か?」
「もちろんです! そのために練習したんですから!」
阿文に後押しされ、満月は両掌を拝むように合わせた。掌の隙間から青い炎がチリチリと爆ぜる。満月が阿文の額に手を押し当てると、複雑な紋様が浮かび上がった。
「阿文、朱雀を捕らえろ」
「はいっ」
言われるまま、阿文は羽ばたきながら地上スレスレを飛び続ける朱雀に突っ込んでいく。バランスを崩した朱雀は、どしんと屋上の床に叩きつけられて、もがいていた。
「よし、そのままでいろっ」
満月が結んだ印から術を発動させようとした瞬間、雪明が右腕を掲げる。
それを合図に、朱雀は齧り付く阿文を乗せたまま、グンと10メートルほど舞い上がった。
「あ……!」
阿文が気づいた時、朱雀は大きく羽ばたいて、体から阿文を振り落とした。
「阿文!」叫んだ満月よりも早く、何かが屋上を駆け抜ける。
――ドサッ!
落ちてきた阿文を受け止めたのは、吽野だった。
阿文は振り落とされた恐怖で気絶したらしく、腕の中でだらりと身体を弛緩させている。
吽野は急いで満月に駆け寄り、阿文を預ける。騒ぎを聞きつけて屋上まで慌てて上がってきたのだろう、片方の草履は脱げていた。
「しっかりしろ! もう少しで相棒を失うところだった!」
吽野の目は怒りで燃えていた。いつになく強い感情をむき出しにしている様に、満月は「少し落ち着け」と声をかける。しかし、声は届いていないようで、すぐさま踵を返し、目の前にいる雪明に掴みかかった。
「この前よりも、随分と威勢がいいね?」
「うるさい! 調子に乗るなよ、この……!」
呪いを受けて負傷した吽野の腕が、ぎりぎりと雪明の首を締め上げる。
「よせ、吽野!」
その刹那、満月は次に起こることを予知した。
(まずい! やめろ!)

――かくん
突然膝からくずおれたのは、吽野だった。力を失って、ドサリと地面に転がる。
「君の印、上書きさせてもらったよ」
雪明は満月に向かって言葉を投げた。そして、意識のない吽野をその細腕に抱き抱えると、上空を舞っていた朱雀に乗り、夜の闇に消えていった。


【第三話 了】
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