第五話 序章 犬張子
著:古樹佳夜
絵:花篠
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■『不思議堂【黒い猫】~阿吽~』 連載詳細について
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◆◆◆◆◆神社◆◆◆◆◆
石像が破壊されて、現世の実体がなくなってしまった阿文のために
吽野は別の依代を取り出した。
それは、紙でできた、『犬張子』の置物だった。
ちょうど、先日可愛い赤ちゃんが産まれた得意先の娘さんに
勧めようと持ち歩いていたものだった。
主人 「迷っている暇はない。早く阿行に依代を作ってやらねば」
吽野 「わかりました。阿行を現世に繋ぎ止めるためには、それしか道はないのですね。であれば、主人様とともに、この吽行も力を使ってみます……!」
吽野は犬張子を片手に乗せて、猫の鼻先へ寄せた。
そして、主人と一緒に念じる。
すると、あたりは神々しい光に包まれ、昼のように明るくなった。
吽野の手の中の犬張子が、脈打って熱くなる。
吽野 「……うまく定着してくれるといいんだけど……」
阿文 「う……うーん」
すると、吽野たちの目の前に、青白い火の玉が浮かんだ。
それはむくむくと実態を持ち始め、人の形となる。
吽野 「やった! 成功……」
吽野は喜びで小さく叫んだ。
けれども、よく目を凝らして、光の中を見つめる。
目の前に現れたのは……
吽野 「あ、あれ!? 阿行の体が……! やけに小さい!?」
阿文 「んん? ここは……」
顕現した阿文は、小さな童の姿をしていた。
顔形はそのままに、背は縮んで、くりくりとした目に、
白くて華奢な体躯の、美童であった。
吽野 「阿行が子供になってしまったぞ! さては、依代が小さすぎて、現世(うつしよ)の体も同じく小さく……?どう思いますか、主人様?」
黒猫 「にゃあん」
吽野 「え? 主人様?」
黒猫 「にゃーん!」
吽野に受け答えした主人の声は、ただの猫の鳴き声に聞こえた。
吽野 「主人様、冗談はやめてください。ちゃんと言葉を話してくださいよ。猫の言葉じゃわからないです」
黒猫 「にゃん?」
吽野 「あれぇ!? もう、どうしたんだろう……」
吽野が慌てていると、呆然と様子を窺っていた阿文が口を開いた。
阿文 「あのー……」
吽野 「何?」
阿文 「どうして猫に話しかけてるの?」
阿文はキョトンとした表情で、吽野と黒猫を見つめている。
吽野 「やっぱり、阿行も聞こえないか。主人様の声が」
阿文 「う、うん?」
黒猫 「んにゃあん」
吽野 「さっき神通力を使いすぎたから、聞き取れなくなったのかな?そういえば、人の体は主人の声が届きにくい。そのせいもあって……」
阿文 「……神通力??」
吽野 「阿行も黒猫を助けるために使ったでしょ」
阿文は小首を傾げ、怪訝な表情をした。
阿文 「おじさん、さっきから何を言ってるの」
吽野 「は?」
阿文 「……おじさん、誰なの? ここはどこ?」
吽野 「お前、記憶がないのか?」
阿文 「……?」
阿文は不思議そうな顔で、吽野の顔を凝視した。
ふざけているようには見えなかった
吽野 「まさか……依代が変わったことで、記憶が欠落した……?」
吽野が困惑していると、
黒猫は吽野を離れて、阿文の足に擦り寄っていった。
黒猫 「にゃーん」
阿文 「わ〜猫がすりすりしてる」
吽野 「ちょ、主人様?」
阿文 「わ〜……ふかふかだこの猫、おじさんの猫なの?」
吽野 「違う。一応、私たちのお仕えしている神様」
阿文 「『神様』って名前なの?」
吽野 「いや、そうじゃなくて……」
黒猫 「シャー!」
吽野 「わっ!」
阿文に撫でられ上機嫌だった猫は、手を伸ばしてきた吽野に威嚇の声をあげた。
阿文 「あはは! おじさんに怒ってる」
阿文は屈託のない笑みを浮かべた。
吽野 (……威嚇してるってことは、やっぱりこの中身は猫だな。生き物を依代にするのは難しいようだし 主人様は、常世のお住まいへ戻られたのかもしれない。まいったなぁ……あの御神体の鏡も、早く取り戻さないと。相談もままならんとは……)
黒猫 「ゴロゴロ……」
阿文 「ふふ、やめて、くすぐったいよ、黒」
阿文は能天気に猫を撫でている。まるで、本物の童のように。
猫にも負けない愛くるしい仕草で。
吽野は起こった出来事に「まいったな」とため息をついた。
吽野 「もう名前までつけたのか」
阿文 「うん。可愛いでしょ」
吽野 「記憶はないくせに、やっぱり猫好きの性格は変わらんなぁ……」
阿文 「性格……?」
吽野 (それにしても、どうして記憶喪失に?やっぱり、依代は姿を模した石像でないとだめか?)
阿文は吽野の独り言は全く聞いていなかった。
それよりも、猫と戯れている。
それよりも、猫と戯れている。
ふと、吽野の足元に置かれていた犬張子に、猫が興味を示し、
鼻先を近づけた。
阿文 「ねえ、おじさん、この紙の人形は何? 黒が舐めているんだけど」
吽野 「わああああ! やめろ! ふやけちゃうだろうが!」
考え事をしていた吽野はようやく気づいて、慌てて犬張子を取り上げた。
見れば、張子の足を黒猫はぺろぺろと舐めていたようである。
阿文 「あれ? 僕の指もシワシワに……」
そう言って吽野の前に差し出された白い手の片方が、
水にふやけたようになっていた。
水にふやけたようになっていた。
ちょうど、張子と舐められた位置は同じであった。
吽野 「やっぱ紙製は怖いな! しっかりした『器』を手に入れないと!」
阿文 「器?」
吽野 「そう、お前の、本体!」
吽野が声を荒げている理由を阿文は理解できていないようだった。
ただ首を傾げて、不安そうな表情で見つめてくる。
吽野は崩れた阿行の石像を見やった。
吽野 「でもなぁ。仮の依代をヤドカリのように変えたとて、記憶が戻らなくちゃ意味はない。……となると、やはりこの場所に、石像を作り直すしか……」
阿文 「おじさん」
吽野 「おじさんじゃない」
阿文 「お兄さん、お腹が空いた」
吽野 「ええ? 腹が減った?」
阿文 「うん」
吽野 「まったく! 人間みたいなこと言って」
その時、吽野の腹も、ぐう、と音を立てた。
阿文 「お兄さんのお腹も鳴ってるよ」
吽野 「う、うるさいな」
吽野 (早く、阿行の片割れたる私が、神通力で修復しなくては。……その前に、私の『吽行』としての力が戻らないとお話にもならないが)
吽野はまたぶつぶつと独りごちた。
けれども、童の姿の阿文は、腕に黒猫を抱き抱え、構わず駆け出した。
阿文 「ねえ、行こう。夕ご飯を食べさせてよ」
振り返った阿文は神社の石段を降りようとしていた。
吽野 「ああもう。わかった、わかったよ」
その姿を見た吽野は頭をぼりぼりとかいた。
吽野 「腹を満たして、それから考えよう」
阿文 「ありがとう。お兄さん」
吽野 「……お兄さんじゃない。私は……『吽野』。お前は『阿文』だ」
吽野と阿文は手をつないで一緒に神社の石段を降りた。
[続]
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■本章は、2022年5月31日『不思議堂【黒い猫】』生放送の
ch会員(ミステリにゃん)限定パート内にて、
浅沼店主と土田店員が生朗読を行う予定です
ぜひ、物語と一緒にお楽しみください
(※朗読は、本章の全編ではない場合がございます)
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