以前、「テレビも映画も苦戦するネット/テキストメッセージの表現の正解は?」で紹介した Every Frame a Paintingのトニー・ゾウさんが、名作『羊たちの沈黙』のレクター博士とFBI訓練生のクラリスが初対面するシーンの力関係を説明した動画をアップしたとio9が伝えました。
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ふたりが初めて顔を合わせたシーン。双方が何かを引き出そうとしており、カメラはお互いが何を求めているかを映し出ます。
動画の20秒辺りでは、クラリスもレクター博士もカメラの真ん中に捕らえられており、お互いを審査しています。レクター博士は檻の中にいるにも関わらず、クラリスと対等な扱いをされています。
しかし、レクター博士がクラリスの身分証明書の有効期限が1週間しかないことに気づいた時からカメラはお互いの肩越しに移動し、ふたりが守り入った様子を写しています。そしてこの辺りでは、レクター博士が優位なポジションにいます。
これ以降、カメラはレクター博士がクラリスを微かに見下ろす、もしくはクラリスがレクター博士を微かに見上げるような角度になっていきます。またレクター博士はカメラを見据えているにも関わらず、クラリスはカメラから視線を少しそらしています。
そして、ジョナサン・デミ監督はクラリスの頭の中を映し出すように、カメラを彼女の視線に合わせて、レクター博士の部屋に貼られている絵に向けた後で再びレクター博士に戻します。
クラリスはレクター博士の元に事件解決につながる犯人の精神交代を解明してもらう為に訪れており、レクター博士から必死にヒントを得ようとしてます。しかし、ふたりの力関係は変わらず、レクター博士の方が強いポジションにいるのがカメラの角度からわかります。
一方のレクター博士は「犯人がバッファロー・ビルと呼ばれる理由」に興味を持っています。そして、その質問をきっかけにクラリスがカメラ目線になり、レクター博士はカメラから目線が少し逸れています。これはレクター博士の視点に切り替わったからで、クラリスが話す内容にレクター博士が興味を示していることを意味しています。
この一言、すごく重要
1分25秒程度から始まるクラリスの「シリアルキラーのほとんどは被害者の1部をトロフィーとしてとっておく」というセリフを受け、レクター博士が「私はしなかった」と答えます。それに対して「あなたは被害者を食べた」と攻撃します。この勝負ではクラリスが勝ったといえるでしょう。
一発見舞われたレクターは、仕切り直しに報告書に目線を落とします。カメラが報告書をクローズアップしたのはこの報告書が重要だということを意味しています。そしてレクター博士は再び形勢逆転を目論み攻撃をしかけます。
「しかし高価なバックに安物の靴とは野暮な格好だ」。ここでカメラは初めてドリーを使います。この「ドリー」とは、役者にフォーカスを当てて前に進む動きで、緊張感や感情を表現するときに使われる技法です。
このドリーを使った一連のシーンでは、レクター博士によりフォーカスされ、クラリスが映る尺は短くカメラの端に向かっていきます。これはふたりのバランスを意味しており、クラリスがレクター博士をやりこめたのは一瞬で再びレクター博士が優位に立ったということを表現しているのです。
博士はレンズを直視しなくなります。
動画2分程度から、レクター博士はカメラのレンズを直視していません。それは、クラリスとレクター博士がお互いに目を見合って話していないことが理由です。
次に、レクター博士はクラリスに背を向けカメラから去ります。そして続くショットでは、レクター博士の行動を鏡に写したようにクラリスも椅子から立ち上がりゲートに向かって歩き出します。
この後、ふたりは初めて同じフレームの中に収まり、カメラが下からゆっくりと迫ります。この瞬間にふたりの関係が始まったことが分かります。
このシーンの面白いのは、レクター博士は勝負に勝っているにも関わらず、あえて目的のためにクラリスに勝利を譲っており、クラリスは求めていたバッファロー・ビルに関するヒントを得た一方で屈辱を与えられたというところでしょう。
このようにカメラワークを細かく見ていくとレクター博士とクラリスの力関係が見えてきます。どちらが黒星か白星か、シーンによって異なるのがわかるでしょう。
ちなみに、このようなカメラワークを学びたい方に訳者がオススメしたいのが、『傑作から学ぶ映画技法完全レファレンス』という本。映像業界に興味がある人の必読書とも言えるもので、トニーさん同様、映画のシーンを例に「ドリー」、「パン」、「ズーム」といった基礎からクレーン装置やカメラ操作によるテクニック、編集等を説明してくれています。これを参考に『羊たちの沈黙』を見直してもいいかもしれませんね。
[via io9]
(中川真知子)
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