アーサー・コナン・ドイルの推理小説『シャーロック・ホームズ』シリーズに登場する冷静沈着、頭脳明晰の主人公シャーロック・ホームズは、単なる推理の名人というだけではありません。彼は、私たちに深みのある心理学的レッスンを教えてくれているようです。
そこで今回は、心理学研究者のマリア・コニコバ氏の新書『Mastermind: How to Think Like Sherlock Holmes(天才:シャーロック・ホームズのように考える方法)』から、名探偵の注意深い戦略を学んでみたいと思います。
詳細は以下より。
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■ふたつのM:注意深さ(Mindfulness)とモチベーション(Motivation)」
ホームズは言っています、「他のどんな芸術のように、推理と分析の科学は長く注意深い訓練を通してのみ得られる。しかし、物事を最高のレベルまで極めるには、人生は決して長いものではない。」と。ただし、それは単なる空想に過ぎません。
本質的には、ひとつの単純な解決策にまとめることが出来るのです。これはシステム・ワトスンからシステム・ホームズの統治する考え方にすることで、注意深さ+モチベーションを得るというもの。注意深さとは(つまり、考え方をコンスタントに示す観念ですが)、丁寧さと「この場所にいること」を意識することであり、世界を活動的に観察して現実を認識する上で必要不可欠なものです。そして、モチベーションとは、活動的な欲望と関心の概念なのです。
私たちが鍵を無くしてしまったり、眼鏡を頭にかけているにも関わらず何処に行ったのかと探すような失敗をする時、システム・ワトスンはオートパイロットのようなものなので、自分が起こした行動では無いから記録するに値しないと考えます。これが、キッチンの真ん中に立って「はて、自分はここで何をしているのだろうか?」という事態をしばしば引き起こすことになるのです。
一方で、システム・ホームズは物事を注意して見直します。これには注意深く思い出す必要があり、これをすることでオートパイロットを解除し、たった今何処で何故、何をしたのかを記憶することになるのです。しかし、私たちは何時でも注意深くモチベーションがあるわけではありません。最も、それは特に重要では無く、私たちは鍵の場所よりも重要な事柄を無意識の内に覚えているのです。
オートパイロットモードを解除する為には、私たちは注意深く物事を見るようにし、何が頭の中を漂っているかではなく、頭の中に何を駆け巡らせるのかという努力をしなくはなりません。シャーロック・ホームズのように考えるには、私たちは彼のように活発に考える事を欲する必要があるのです。これには、モチベーションが必要不可欠です。
研究者達は若い被験者と高齢の被験者の認知機能を比較する上で、正確なパフォーマンスを得る事の難しさにしばしば嘆くことがあります。それは何故かというと、高齢者は、しばしば課題を成し遂げる事に高いモチベーションを見せることがあるのです。彼らは懸命に努力し、より従事します。より真剣かつ没頭します。彼等にとって、年老いても精神能力を失わなかったのだという事実を証明するのは、非常に大きな意味を持つのです。
しかし、若者にとっては違います。彼らには、成されねばならない比較というものがありません。では、どのようにこのふたつのグループを正確に比較することが出来るのでしょうか? これは、老化と認知機能の研究をしている者を苦しめ続けている課題なのです。
しかし、これだけが重要な問題ではありません。やる気のある被験者はいつも優れた結果を出しています。例えば、やる気のある生徒は、見たところ平均的なIQテストの結果よりも高い偏差値を出します。それだけでなく、やる気は高い学力成績だけでなく、犯罪に手を染める率を低くし、より良い雇用への成果にも繋がると考えられています。
エレン・ウィナー氏が提唱する「rage to master(習得への渇望)」をもつ子供達は、芸術から科学まで、どんな分野でも成功する傾向が高いように見受けられます。同じように、もし私たちが言語を学ぶ事に意欲的であれば、習得し易いでしょう。実際、やる気があれば私たちは新しいことを学ぶ時により良い結果を出します。記憶が構築される時に学習意欲があれば、より記憶することが出来るのです。これを意欲的なエンコーディングと呼びます。
勿論、意欲の他にも必要なピースが存在します。それは、訓練に次ぐ訓練です。人は、何千時間にも渡る厳しい訓練で意識の高いモチベーションを補う必要があります。それ以外に方法はありません。チェスのマスタープレイヤーや探偵まで、それぞれの分野の専門家や知識を持った天才は、彼らが選んだ分野で優れたメモリを発揮しています。
ホームズは過去の犯罪に精通しており、チェスプレイヤーは、しばしば頭の中で数百ものゲームを予測し、何処に駒を置くべきか準備します。心理学者のK.アンダース・エリクソン氏は、「専門家は専門領域内で違う見方をしていて、全体を見ることで何が偶発的で何が必要不可欠なのかの詳細を見る事が出来る。それは、訓練されていない者には分からないパターンで、初心者には分からない視点なのだ。」と主張しています。
勿論、ホームズであっても、最初からシステム・ホームズであった訳ではありません。彼は、システム・ワトスンにシステム・ホームズのルールによって操縦されるということをに教え込んだのです。殆どの部分において、システム・ワトスンとは習慣性を指しています。ホームズがしばしば指摘するように、彼は日々どんな時でもシステム・ワトスンにシステム・ホームズを作動させる習慣をつけてます。そうすることにより、彼はゆっくりと、判断の早い内なるワトスンを客観的なホームズになるように訓練したのです。
そして、この基礎があるために、最初の観察で瞬時にワトスンの性格を把握することが出来たのです。ホームズはこれを直感力(または洞察力)と呼んでおり、正確な直感力は訓練の賜物なのです。目に見えるものであれ何であれ、習慣から来るものなのです。
ホームズがしたことは、ホットがクールになる様子を、また反動が反射になっていく様子を、こと細かに明らかにすることでした。アンダーズ・エリクソン氏は、これを生まれつきの才能ではなく、特訓で得られる能力だと主張しています。ホームズは生まれながらの顧問探偵では無く、そうなるべく世界に注意深いアプローチをする訓練をしたのです。
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ワトソン医師が初めてホームズと出会った『緋色の研究』で、ホームズのことを「君は探偵術をこれ以上は不可能だ、というところまで厳正な科学に近づけたんだ」と誉めたたえていますが、この本にはどうすれば、ここで言うこれ以上は不可能という厳正な科学に達するかの方法が記されているようです。
シャーロック・ホームズが世に出た時、心理学はまだ未発達でした。今、私たちは格段に成熟した時代に生きています。この知識を良い事に使えるように学んで行きたいものですね。
『MASTERMIND: How to Think Like Sherlock Holmes』より抜粋 Copyright © 2013 by Maria Konnikova.
[via io9]
(中川真知子)
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