私は、ヤマザトの人達は、世間から隔絶された小さな社会を形成し、ある種の信仰を持ち、洗脳状態になって農作業をしているのだと思っていた。ヤマザトをユートピアと信じる都会育ちのインテリが、田舎に引き籠って農業に従事しているのだ、と。一般社会の煩わしさからの逃避により、楽な環境を求めてヤマザトに入った者もいるだろうと想像していた。
しかし、実際に目にしたヤマザトの人達は輝いていた。都会で育ち、大学を卒業し、自らの意思で積極的に農業を選び、地位や名誉といったものは勿論のこと、一般社会なら当然、手にすることができる報酬さえ得られぬ共同体で、生き生きと働いている。この町で、こんなに活力が漲っている大人がいるだろうか。これ程までに、朗らかな笑顔で働いている大人がいるだろうか。ヤマザトの人達は、大人も子供もわだかまりや曇りが感じられない透明感がある笑みを湛えている。
食事は大きな食堂に集まって、みんなで食べる。五人ずつ向い合ってひとつのテーブルに十人が座る。そんな大型テーブルがたくさん並んでいる食堂は笑い声に溢れていた。
文字通り、楽園の食堂だった。ヤマザト会は、全国の農村に施設があり、食糧を自給自足に近い形で賄える。これが、どれもとびきり美味しいのだ。
野菜と果物の香りの強さと味の濃さに感動した。思わず深く息を吸い込んでひと噛み、ひと噛み味わった。
食卓には、いつも籠に山積みされた茶色い卵が置かれている。生卵と茹で卵が食べ放題なのだ。ヤマザトの卵は高級有精卵と呼ばれ、一個四十円程で売られている。丸屋根天窓が特徴的な平飼い鶏舎で、日光を浴びながら、充分に動き回る鶏が産んだ有精卵は、ひとつの生命を生み出し、生まれた雛が健康に育つ要素を完全に備えた生命力溢れる卵なのだ。
この有精卵の食べ放題に、美穂と真由ちゃんは殊の外喜んだ。我が家では、茹で卵は一人、一日一個までと決められていたので、茹で卵好きの美穂は、いつも私に内緒で茹で卵を作ってくれとねだるのだ。
真由ちゃんは、生卵を見て感涙にむせび、私達を驚かせた。
「私ね、卵かけご飯が食べたかったの」
そう言って、涙を流す真由ちゃん。
「アメリカには卵ないの?」
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