■はじめに
ネット炎上は企業にとってリスクだ!
などと語られることがあります。実際、ソーシャルメディアの普及に伴い、企業にとって好ましくない影響も出ています。企業の不祥事は生活者に憤りの感情を芽生えさせ、経営者や社員の不適切な言動は不興や嘲笑を買います。そして、それらを目にした人々が受けた感情とともに、ソーシャルメディアを通じて、ネット上に拡散してゆきます。今時、ソーシャルメディアがもたらすリスク(好ましくない影響を与えること)は、多くの企業が認識しています。反面、ソーシャルメディアが普及する前から、多くの企業では組織的なリスクマネジメントを実施ています。
我が国のリスクマネジメントの標準規格JIS Q2001が発行されたのは、2001年3月。まだ、FacebookもTwitterもこの世い存在しない時のこと。このため、今となっては密接な関係があるソーシャルメディアとリスクマネジメントも、それらの企業導入期が異なるため、別個に対策を検討されてきました。また、連携を想定するにしても、多くの場合、炎上が発生した場合のエスカレーションフローを、リスクマネジメントのプロセスに組み込むことに留まっていました。
この理由としては、下記のことが挙げられます。
①マネジメントラインが独立
多くの企業では、リスクマネジメントについてはコンプライアンス部門が、ソーシャルメディアは広報部門やカスタマーサポート部門が統括する企業が多く、独立して夫々に運用設計されることが一般的となっています。
②リスクマネジメント担当者にとってソーシャルメディアはスコープ外
これまでの多くのリスクマネジメント関連の書籍には、レピュテーションリスク(評判が悪くなること)が企業にとっての重要な脅威として挙げられています。ソーシャルメディアがレピュテーションリスクに直接的に影響を及ぼすことは、ソーシャルメディアの書籍には必ずと言って良い程、記載があります。しかしリスクマネジメントの書籍には、これを説明したものは、程んど存在しません。企業には、より直接的で、重大なリスク要素があります。更に、ここ数年で存在感を増しているソーシャルメディアです。まだスコープに入らない場合も多いのでしょう。
しかし、今や大企業においては、ソーシャルメディアの活用部門は他部門に渡り、多くの社員が日々の生活でソーシャルメディアを活用しています。着実にリスクとしての存在感も高まっています。もはや、企業のリスクマネジメントとソーシャルメディアの関係をしっかり整理・俯瞰した上で、夫々の設計をする時期にあるのです。この度、これらの考えを纏めた拙書「企業のためのソーシャルメディア安全運用とリスクマネジメント」(翔泳社)が上梓されます。
こちらのブログでは、特にその書籍の中で説明する、企業が直面するリスクマネジメントとソーシャルメディアの関係性を紹介します。
■対策の類型化
ソーシャルメディアの運用を設計するチームとリスクマネジメントチームが独立して活動している場合、企業どのようなことを考慮すればよいでしょうか?次の3つの観点に整理できます。
(1)ソーシャルメディア運用でリスクマネジメントを配慮する
ソーシャルメディアを企業が活用する場合や、社員がプライベートで活用する場合にリスクマネジメントチームと連携すべきシーンが想定されます。多くの企業では、ソーシャルメディア活用時の準備として、運用体制の構築や企業としてのコミットメント(ソーシャルメディア・ポリシー)を策定すること、ステークホルダーに対する啓蒙教育等の事前準備の重要性を認識しています。これらの設計において、全社的なリスクマネジメント活動との整合性や効果的な連携を十分に考慮する観点が求められます。
(2)リスクマネジメント構築にソーシャルメディアのリスクを視野に入れる
リスクマネジメントでは、必ずリスク要素を「抽出」するというタスクが存在します。ここにソーシャルメディアが及ぼすリスクも配慮することが求められます。ここでは次の2つの視点で、ソーシャルメディアを考慮することが必要になります。
①視点1 リスク管理部門
リスク抽出では、各部門に展開し個別にリスク要素を洗い出し、全社的に俯瞰してそれそれのリスクを「評価」します。各部門には、ソーシャルメディアの運用チームも対象にすることが必要になってきます。また、現在の標準的なリスクマネジメント規格JIS Q 31000では、リスクを企業にとって悪い影響をもたらす要素だけでなく、良い影響を減衰させたり、機会を喪失することもリスク要素として対象にします。このような観点で、ソーシャルメディアのリスクをコントロールすることが求められます。
②視点2 リスク要素の発見システム
リスクを発見する機会として、ソーシャルメディアを活用します。従来企業内部に届く生活者の声とは異なる意見がソーシャルメディア上には散在しています。また、今も新しい話題が生まれているかもしれません。その中には、企業に悪い影響をもたらす予兆があるかもしれません。ソーシャルメディア上で語られる話題に眼を向ける行動を「傾聴」と称します。「傾聴」活動をリスクマネジメントの実施プロセスに組み込み、その結果を行動に反映させる視点が必要です。
(3)リスクマネジメント活動にソーシャルメディアを活用する
ソーシャルメディアの運営チームの一つとして、リスクマネジメントチームを捉える視点です。前出のリスクマネジメント規格JIS Q 31000では、あらゆる場面におけるステークホルダーとの密接なコミュニケーションの実践を推奨しています。事実の共有だけでなく、対応方針の決定プロセスなどにも、適切なステークホルダーの参画を前提とすることを推奨しています。とりわけ、脅威が発生した際の危機管理(クライシスマネジメント)対応に活用することが考えられます。
これから以降の記事において、3回に渡りそれぞれの視点を詳しく説明してゆきます。
*誤字の訂正と一部レイアウトを調整しました(8/22)