ムーブメントマーケティングという新しい視点、それがエンタテイメントにおいても新しい可能性をもたらすのではないかと考えている。スコット・グッドソン氏の著作「ムーブメント・マーケティング」を参照しつつ、アーティスとにとってのムーブメントについて考えてみたい。この著作では、ムーブメントを広く”自然発生的な世論のうねり”と捉え、こうしたムーブメントは一般企業にとっては、商品の販売、顧客ロイヤリティの獲得、社会問題の解決などに活用しうるものだと述べられている。アーティストにとっても、ムーブメントを起こし、またはそのうねりをサポートしていくということを通じて、自らの価値を向上させていくことが出来るのではないかと思う。

 

 

これまでのアーティストによる“ムーブメント”

 

ムーブメントとは、人々が共通の価値観をもとに具体的なアクション起こす事を通じて、世の中に何かしらの変化をもたらすものだ。それは、政治や宗教的な価値観から引き起こされるものに限らず、音楽やアーティストというコンテンツが、強力なパワーを持って世間に”価値観”を提供し、引き起こされるものもある。

 

音楽やアーティストによってもたらされたムーブメントを細かく分析はしないが、70年代のパンク、80年代のメタルというように、音楽性を軸とした世界規模の大きなうねりもあれば、浜崎あゆみや安室奈美恵といったポップアイコンを軸とした日本のカルチャーにおけるものまで、その規模の大小や期間の長短は様々だ。いずれにしても、その時代の“カッコよさ”や“可愛いらしさ”など、一つの価値観を提供することで、多くの人のファッションやライフスタイルに影響をあたえてきた。

 

このようなムーブメントにおいて、一つの価値観が提供され、多くのユーザーに共有されるには、 マスメディアの存在は欠かせなかった。テレビ・雑誌・ラジオといったメディアを通じた、アーティストというアイコンの露出や街頭メディア等での広告物の流通を通じて、世の中で”流行っている感”を演出していくことが、価値観の共有には必要だった。その点では、メディアへの露出を最大化し、より多くの人が同じ情報に接する環境こそがムーブメントにとって重要な要素であったし、そうした環境を作るには、コンテンツ力はもちろんのこと、何よりメディアの枠を確保する資金力やマンパワーが必要であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーティストによるこれからの“ムーブメント”

 

 しかし現在では、ムーブメントの発生プロセスは決定的に変わってきている。ムーブメントは、マスメディアを通じてコンテンツを投下する事で引き起こされるものではない。既に世の中に顕在化している、価値観を共有したコミュニティや、コミュニティ化されてはいないものの確かに存在している“気持ち“や“想い“に対して働きかけることで引き起こされる。そしてその土台となるのが、ソーシャルメディアを通じた“想い”の共有である。これはアラブの春Occupy Wall Street といったムーブメントに見出せるだろう。

 

もちろん、いつの時代も共感の得られないものがムーブメントを起こす事はないが、アーティストとしてはこうした”想い”をサポートするコンテンツを投下すること、コミュニティに対してコミュニケーションしていくことが非常に大切になるだろう。これまで、デモグラフィク(人口統計学的)属性やサイコグラフィック(心理学的)属性、または行動属性といった軸でセグメントされたターゲットに対して施策を実施していくことは行われているし、特定のスポーツコミュニティ(Xスポーツ/eスポーツ)や音楽コミュニティに対してコミュニケーションするような施策もRed Bullをはじめとする企業で積極的に行われている。今後想定されるのは、“気持ち”や“想い”によって繋がるコミュニティに対するリーチ、コミュニケーションだろう。こうしたコミュニティへの参加者は、性年代もバラバラであり、特定の趣味嗜好というよりもより、特定の価値観に基づいたより抽象的な“想い”や“気持ち”が核となって繋がっていることがほとんどだ。言わば、人の”想い”属性といったものに対してリーチしていくことが求められる。

 

同時に、アーティストとしてはそのコミュニティの”想い”に対してマッチするメッセージを持っていることが欠かせない。性的マイノリティの人々の想いに対してメッセージを投げかけたマドンナや、Lady Gagaなどは、自らのコンテンツに信念やメッセージとして入れこむことで、コミュニティをサポートした。アーティストとして、楽曲、映像、全ての言動におけるメッセージの存在も非常に重要となる。“想い”で繋がるコミュニティに対して、コンテンツを通じたメッセージを発信することが、ムーブメントの一歩である。
 

 

  

コミュニティと“想い”の発見

 

コミュニティが形成される際には、想いを繋ぐそのプラットフォームとしてソーシャルメディアが大きな役割を果たす。

 

例えば、Change.org”という プラットフォームは、「変えたい」を形にするソーシャルプラットフォームサービスとして、世の中に対して”変えたい”と思っている”想い”を共有していくことで、同じ想いを持つユーザーが集まる仕組みを持っている。署名をオンライン化したといったイメージで、参加者の提案をきっかけとして、同じ想いが共有される。海外の空港で押収されたアーティストのバイオリンの、無償の返還を求める事例等では、そこから実際にアクションが生じている。

 

 

 

このように、ソーシャルメディア上にも表出する“想い”を感じ、自らのメッセージとミックスさせた上で、コンテンツを適切なコミュニティに対して提供していく。そのコミュニティに参加するメンバーと価値観を共有し、コンテンツのパワーでアクションを伴った大きなうねりを起こして行くということが、一つの流れだろう。

 

 ◆コミュニティを形成しうる価値観や“想い”を抽出する

 ◆メッセージのあるコンテンツをコミュニティに提供する

 ◆コンテンツを通じてコミュニティ参加者にアクションを促す

 

また、その是非はともかく、アーティストの斉藤和義がYouTubeに自らの楽曲の歌詞を替えて歌った「ずっとウソだった」という動画をUPしたことも一つの事例と言えるだろう。これは、原発問題に関して行政や電力会社への不信感という、世の中に顕在化していた“想い”に対し、自らのメッセージを込めて投下したコンテンツだ。こうしたコンテンツを通じて、そのアーティストとの繋がりを強めたユーザーもいるはずだ。 

 

“apbank fes”がもつムーブメントの形

 

最後に、フェスを通じたムーブメントについても補足したい。例えばapbankフェスは毎年夏に行われている音楽フェスであるが、フェス自体に“地球環境保全”という価値観が共有されている。この“地球に優しく”という価値観は、広く共有された”想い”である。そこに対して、音楽(アーティスト)のパワーで環境保全に対して投資していこうというメッセージを持ったフェスというコンテンツを投下し、”想い”をサポートしたことになる。

 

その結果、多くのユーザーがフェスを参加する事を通じて”想い”を形にしようと集い、フェスの場では“マイ箸”や“マイカトラリー”を持参することで、“余計やごみを出さない”、“発生したごみは各自ごみ袋入れてその場に残さない”といった具体的なアクションが生じている。こうした、具体的なアクションが皆に共有されることで、ムーブメントとしての第一歩が踏み出される。同時に、コミュニティと参加者の繋がりは一層強固なものとなるだろう。

 

 

 

Photo 「Feel Music」 by Xtream_i


by 矢野 悠貴
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