スタンフォード大学のデザインスクール「d.school(Institute of Design at Stanford)」による公式ガイドブックの翻訳版「デザイン思考家が知っておくべき39のメソッド」が無料公開され、公開からわずか3日で2万ダウンロードを超えたことは記憶に新しいところです。このd.schoolの翻訳資料は、「慶應義塾大学SFCデザイン思考研究会」が編集し、岡山大学大学院 自然科学研究科 コミュニケーション教育コース 非常勤講師の柏野尊徳氏が監訳したもの。11月3日文化の日、本場スタンフォード大d.schoolによる公式ガイドブックを資料として使いながらワークショップ形式でデザイン思考を体感できるイベントが開催されたので、その様子をレポートとしてまとめてみようと思います。
<目次>
■多様性とイノベーションの関係性
■デザイン思考とは
■デザイン思考の5ステップを実践するワークショップ
・【ステップ1】Empathize:共感
・【ステップ2】Define:問題定義
・【ステップ3】Ideate:創造
・【ステップ4】Prototype:プロトタイプ
・【ステップ5】Test:テスト
■デザイン思考ワークショップのまとめ
<参考>
デザイン思考家が知っておくべき39のメソッド
http://kashinotakanori.com/bootleg/
『イノベーションを起こすための3ステップ・ツールキット
〜人間中心デザイン思考:Human-Centered Design Thinking〜』
http://kashinotakanori.com/bootleg/index.php?ideo
d.school: Institute of Design at Stanford
http://dschool.stanford.edu/
本場スタンフォード大学に学ぶ!デザイン思考マスター・クラス
2012年12月15日(土)・16(日) 10:00〜18:00
http://kashinotakanori.com/bootleg/index.php?master
話題のスタンフォード大学デザインスクール -d・school- に行ってみた
http://blog.btrax.com/jp/2012/07/22/dschool/
多様性とイノベーションの関係性
イントロダクションとしてまずは、今回のワークショップの目的・効果・手法、そしてデザイン思考の特徴などが説明されました。目的としては、デザイン思考の5ステップを学び、初学者としての基礎的理解を得ること。期待できる成果としては、現場の問題解決につながるデザイン発想法を獲得すること。非常にシンプルです。
また今回のワークショップの参加者は約30名だったのですが、その参加者属性は非常に幅広いのが特徴でした。まさに、この「多様性とイノベーションの関係」を強く意識して構成されていたのでしょう。募集段階から社会人26名、学生10名と決められていました。同じ組織に所属する人や専門分野が同分野の人たちばかりの集団よりも、多様性を意識することによって突出したイノベーションが生まれるという研究結果の説明も。ブレイクスルーのためには多様性が重要だということが、ワークショップの最初に強くインプットされます。
その後、今回のワークショップでは参加者一人ひとりの「価値観に焦点を置く」ということで、5〜6人で1つのグループをつくってその中で自己紹介タイムへ。
「1.本日呼んでもらいたいニックネーム」「2.ワークショップ参加のきっかけ」「3.仕事、学校、家庭、社会などに対して現在持っている問題意識」の3点を1人90秒でグループ内共有します。この自己紹介タイムがあることによって、一人ひとりの価値観・問題意識がグループ内に共有されることはとても重要だなぁと感じました。ここまでの意識共有を踏まえて、今回のメイン・テーマである「デザイン思考」の話に移っていきます。
より良い状態に変えていくためのデザイン思考
「デザインって何?」という問いに対しては、一人ひとり答えが多少変わってくるかと思います。今回のワークショップでは、「デザイン」を「今の状況をより良い状態に変えていくこと」、シンプルにいえば「デザイン=問題解決」、「デザイン思考=問題解決のための思考法」と定義しています。これがd.schoolのいう「デザイン」だそうです。
では、この「デザイン思考」の特徴は何でしょうか。講師の柏野氏はここで、「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい」』と答えていただろう。」というヘンリー・フォードの馬車と車の話を持ち出します。自動車が普及する前の欧米では、交通手段といえば馬車でした。自動車を知らない人々は、当然ながら自動車の利便性を想像できるわけもなく、「自動車を作ってくれ」とは言いません。ヘンリー・フォードは馬車という表面的なものにとらわれず、人々の本質的なニーズ、つまり「速く移動したい」という欲求を見抜いたという、非常に有名な話です。スティーブ・ジョブズが常識にとらわれず、次々と革新的なプロダクトを生み出したことにも共通する先見性だと思います。このような「新しいニーズを作り出す」こと、「既存の枠組みを超越していく」ようなイメージがデザイン思考の特徴であり、最大の強みだと言えます。
デザイン思考の5ステップを実践するワークショップ
続いて、本日のメイン・パートとして、本場仕込みのデザイン思考の5ステップ「Emphasize(共感)」「Define(定義)」「Ideate(創造)」「Prototype(試作)」「Test(検証)」の理論紹介とワーク実践です。この5つのステップについてそれぞれ細かく追求し、「デザイン思考の基礎を体得すること」を目標としてワークショップが進んでいきます。
【ステップ1】Empathize:共感
5ステップの1つ目は「Empathize:共感」です。人間中心デザインの基礎として、ユーザーに対する深い共感を考えました。日本人にとって共感といえば ”sympathize” と “empathize” を混同してしまっているケースも多いですが、ここでいう共感は “empathize” 、つまり実体験がなくとも、想像することによって感情の中に深く入り込んでいくイメージです。 “sympathize” は実体験に基づく、どちらかといえば同情に近いニュアンスでしょう。ステップ1として「Empathize:共感」することで、相手にとって既知のことを知り、そこからさらに相手にとって未知の洞察(インサイト)を獲得するために掘り下げていきます。相手の価値観に歩み寄っていくように、2人1組でお互いの問題意識に関するインタビューを重ね、ステップ1としての学びにつなげていきました。改めて、現場に出て実際の声を聞くことの重要性を実感です。
【ステップ2】Define:問題定義
ステップ2は「Define:問題定義」。着眼点を定め、優れた解決策を生むきっかけをつくるステップです。イメージとしては、街中に出てインタビューをし、社内に帰ってきてそのインタビュー結果をチーム内で共有するような感じでしょうか。実際のインタビューによって共感し、わかったことをチーム内で共有していきます。その際、自分自身の解釈を入れるのはもちろん構いません。グループ内でなるべく多くの発見や推測を共有し、それをポストイットにまとめてエンパシーマップを作成しました。
次のステップとしては、このエンパシーマップの矛盾点を探します。言っているけどやってない(発言と行動の矛盾)ことなどは、非常に面白い着眼点になる可能性が高いとのこと。「(ユーザー)は(ニーズ)を必要としている。なぜなら(インサイト)だから。」というシンプルな穴埋めをできる着眼点を導くことが、このステップのゴールとなります。
先ほどのインタビュー段階で本音に迫れていればいるほど、深いインサイトになるというのも納得です。例としてあげていたのは、「エコなものに興味があるんだ」と本人が言っていても、より深く掘り下げていくと、エコ・ブームがある中でエコに注目していないと仲間はずれになってしまうと思って心配しているというケース。「エコに興味がある」という理解では、本当のインサイトに迫れていないですよね。
【ステップ3】Ideate:創造
次のステップは「Ideate:創造」です。問題を特定して解決策を創造するため、多量・多様なアイディアを得るためのブレインストーミングを行いました。以下イメージ図でいう「フレア(FLARE)」の部分。
ブレストの結果の中から「うまくいきそうなもの」「ワクワクするもの」「革新的なもの」を選び、そのアイディアをステップ4の「Prototype:プロトタイプ」につなげていきます。
【ステップ4】Prototype:プロトタイプ
ステップ4「Prototype:プロトタイプ」では、ステップ3で選んだアイディアをプロトタイピングしていきます。アイディアを見える状態にして、考え学ぶために素早くつくっていくステップです。プロトタイプによって 1.機能:正しさ 2.共感:ワクワク を確認することが大切とのこと。この40秒の動画がそのことをうまく表現してくれているのですが…あえてテキストでは説明しませんので、ぜひ動画を最後まで見てみてください。
ステップ4のプロトタイピングでは、今回のワークショップの最終ゴールとなる3分間の発表に向けて、グループごとにシナリオづくりと小道具作成を行います。演劇形式にしたり、粘土を使って実際に形づくったり…グループごとにかなり個性が出ていてかなり興味深かったですし、チーム内での実践やシナリオ改善も含めて、短い時間の中でも相当なスピードでPDCAを回しながらプロトタイピングしていくプロセスは特に、仮説の検証速度とMVP(Minimum Viable Product:必要最低限の機能を持った製品)が重要だというリーンスタートアップの考え方にも通じてますね。
今の世の中において、スケール・メリットよりも、圧倒的なスピード・メリットです。シリコンバレーの成功者の多くは、失敗したことがない人を評価しないと聞きますが、それは十分なリスクをとっていないから。2010年に話題になり大ベストセラーとなった「20歳のときに知っておきたかったこと」の著者ティナ・シーリグ教授は、「早く、何度も失敗せよ」というメッセージを発しています。彼女の本には僕自身も非常に感銘を受けましたし、今回のステップ4でもその重要性を再認識しました。
<参考記事>
リーンスタートアップの図解付き解説-トヨタのDNAを継ぐ新規事業マネジメントの極意
http://media.looops.net/naoto/2012/05/10/eric_ries/
【ステップ5】Test:テスト
デザイン思考の5ステップ、ステップ5は「Test:テスト」です。そのアイディアがチームや会議室内では盛り上がっていても、現場に出てみると反応が全くない…というケースも多々あります。先ほどのプロトタイピングはチーム内だったのですが、このステップ5ではユーザーが生活する環境の中で試すということで、まずは2チームごとに分かれて先程の3分間のスキット発表を実践していきました。
もちろん、準備時間も相当タイトだったので、かなりボロボロの3分間だったというのが実際ですが…発表を見ていた側のグループからできるだけ多くのフィードバックももらって、最後の改善タイム。その際に使用したフィードバックマップはこちらです。
良い点、改善点、疑問点、アイディアの4つに分類し、次のステップにつなげるための改善アイディアを構築していきます。「素早く失敗しよう」のマインドがまさに表れている時間。仮説検証をスピーディーに繰り返し、MVP(今回のワークショップでは3分間のスキット発表)を磨いていきました。そしていよいよ、会場全体での3分間のスキット発表タイムへ。
各グループの3分間スキット発表の様子
発表No.1:AKB
発表No.2:ザ・ベンチャーズ
発表No.3:ダイバーシティー
発表No.4:郷土愛
発表No.5:イエガシ
発表No.6:Teamチキン野郎
非常に短い準備時間の中、どのグループも活発にアイディアを出し合い、ブラッシュアップして臨んだ最終発表。「自分たちを除く5チームの中から1チームに投票」というルールの中、見事9票を集めて優勝したのは「ザ・ベンチャーズ」の皆さんでした。職場と家庭の板挟みにあるビジネスパーソンの課題を解決する「家族コワーキング&シェアハウス」のようなアイディアで、僕自身も非常に共感です。都心を中心にコワーキングスペースやコンセプト型シェアハウスも増えてきていますし、現在の社会構造上の課題を考えても、実際に近々登場しそうなアイディアのプロトタイプだったのではないでしょうか。
「ザ・ベンチャーズ」の皆さん、おめでとうございます!
【まとめ】イノベーションを生み出すような発想をして、クリエイティブなチャレンジを続けていくこと
計4時間に渡る「デザイン思考入門」ワークショップの様子をレポートとしてまとめさせていただきましたが、いかがでしたか?これからの世の中において、「いかに社会をより良く変化させることができるか」が重要であることは間違いありません。そしてそのためにも、常に新しい発想をして、クリエイティブなチャレンジをしていくことが求められることでしょう。しかし、そのようなアイディアを生み出すための具体的な発想法は、世の中にはまだまだ定着していないというのが現状。デザイン思考はこれを解決するアイディア発想法、イノベーションのためのアプローチとして注目を浴びていることもありますし、なるべく早い段階でこのようなデザイン思考を身につけていることの重要性を実感する4時間でした。(今回のワークショップに参加していた学生さん、すごく羨ましいです笑)
イノベーションを生み出すような環境を常に意識して、クリエイティブなチャレンジを続けていくこと。このレポート記事が、学生か社会人かは問わず、社会において何かしらの問題意識を持っている方にとって参考になるものであれば幸いです。
なお、今回のワークショップは入門編として1日で開催されましたが、12月15日〜16日にかけて、2日間でしっかりとデザイン思考を学ぶチャンス(2012年最後の機会!)もあるそうです。よろしければ以下URLをご参照のうえ、お申し込みください。
本場スタンフォード大学に学ぶ!デザイン思考マスター・クラス
2012年12月15日(土)・16(日) 10:00〜18:00
http://kashinotakanori.com/bootleg/index.php?master
参考資料:デザイン思考マスター・クラス:11月24〜25日
※300ページ以上にわたる大作スライドです。マスター・クラスはこのスライドの流れで開催される予定とのこと。
参考動画:デザイン思考家になるための90分集中講座
(参照:http://kashinotakanori.com/bootleg/index.php?video)
最後になりますが、今回のワークショップを主催していた「慶應義塾大学SFCデザイン思考研究会」、実は公式の研究会ではなく、有志の集まりとのこと。イノベーションを起こすためのツールを提供する「教育事業」を行い、10年後を見据えた生産的なワークスタイルや創造的なコラボレーションのあり方を、一人でも多くの人と共有・発展させていきたいという熱い想いを語ってくれました。僕自身もSFCに10年間お世話になった人間でもありますし、「慶應義塾大学SFCデザイン思考研究会」の活動はこれからもできる範囲で応援していきたいと思っています。講師を務めてくださった柏野さん、企画してくださった皆さん、そしてこのワークショップを僕に紹介してくれた West Coast House の佐藤さん、本当にありがとうございました!
慶應義塾大学SFCデザイン思考研究会の皆さん、ありがとうございました!
講師:柏野 尊徳 氏( @kashinotakanori )プロフィール
1984年生。専門はイノベーション・プロセス。スタンフォード大学d.schoolでイノベーション手法:デザイン思考を学ぶ。監訳した同大学のデザイン思考公式ガイドブックは公開2ヶ月でダウンロード3万件。翻訳教材を使ったイノベーション実践が目的のワークショップは常に満員御礼、キャンセル待ちも。企業向けのイノベーション教育プログラム開発など、10年後のクリエイティブ・クラスが成果を出すための研究・実践活動に取り組む。慶應義塾大学SFC所属。岡山大学大学院 自然科学研究科 非常勤講師。
慶應義塾大学SFCデザイン思考研究会のFacebookページ
出典
本場スタンフォード大学に学ぶ!デザイン思考入門
http://www.slideshare.net/kashinotakanori/113-15017448
(この記事の最初に紹介しているslideshareです)
ライセンス
「慶應義塾大学SFCデザイン思考研究会」による資料は、クリエイティブ・コモンズ<表示 – 継承 2.1 日本ライセンス>の元に提供されてます。掲載資料は、d.schoolの資料がアーカイブされているサイト(https://dschool.stanford.edu/groups/k12/)にある作品に基づき作成されました。
加藤 たけし
">by 加藤 たけし