comm戦略室室長 山敷守氏

「まずは日本、全国民が使うコミュニケーションインフラにしたい。」

 

comm(コム) は何を目指しているか、という最初の質問に対して、DeNA の comm戦略室室長、山敷守氏はこのように語りはじめた。

 

「世界中のユーザーに利用してもらえるようなコミュニケーションインフラにしたいと思っている。そのためには、まず安心して使っていただけることが絶対条件だと思っており、実名制を採用したのもそのためだった。(山敷氏)」

 

「安心」といえば、10月23日のリリース当初、comm は利用規約の記述などを発端としてプライバシーに関する議論を巻き起こした。ソーシャルメディアなどを中心に、個人情報が漏れる、会話が盗聴されるなどの噂が若年層を中心に広がった。

 

これに対し、同社の対応は早かった。Twitterなどで個人情報に関する懸念が持ち上がると当日中には規約変更を協議し、修正。Android端末利用者から取得する情報が多すぎるという指摘にも2日程度で対応、公式ページにも「安心への取り組み」ページを設け、Twitterで不安を述べるユーザーに対してもアクティブサポートを行うなど積極的にフォローを行った。

 

10月24日、comm のリリース翌日に執筆した「DeNA “comm” は、先行するLINEとどう戦うか?」という記事でも書いたが、comm が採用した「実名制」がプライバシーに関する議論を巻き起こす、もしくはその発端となることはある程度想定できた。それでもなお、山敷氏は「実名制」にこだわり、むしろ「実名」であることが「安心」につながると考えているという。

 

「出会い系的な使い方をされたくない。そのために、利用者自身の名前が出ることが抑止力になる。(山敷氏)」

 

確かに、自分の名前やその背後にあるリアルな人生や生活を賭けてまで、「人に言えないような恥ずかしいこと」をしたいと思う人はいない。利用者個々人の存在が担保できれば、それは「安心」や「安全」に貢献するだろう。ただ、そのためには単に「実名制」であるだけでは不十分だ。その「実名を謳った文字列が、本当にその利用者個人と紐付くこと」を確実にしなければならない。そのためには客観的な第三者による保証や、その人の背後にある人生や人間関係が明らかになっている必要がある。山敷氏は、前者を「ソーシャルアイデンティティの確立」、後者を「ソーシャルグラフの確立」として、commプラットフォームを本当に安心できるコミュニケーションインフラにするため、絶対に必要な条件と位置づけているようだ。

 

この記事では、comm がどのような思想に基づいて設計・実装され、今後展開されるのかを、インタビューを元に再編集した。「comm が何なのか」ではなく、なぜそうなっているのか、そしてどこへ行こうとしているのか。興味のある方には楽しんでいただけるのではないかと思う。

 

 

背景にある開発者の想い

長田一登氏

背景には、同アプリケーション開発の発端となった開発責任者、長田一登氏の思いがある。

 

「山敷さん、comm はマネタイズ考えなくていいんですよね?」

 

インタビューの途中で、長田氏は冗談交じりにこう確認した。

 

「日本国民全員、そしてゆくゆくは世界中で使われるコミュニケーションインフラになる。そのためには徹底的にシンプルでなければいけない。ユーザーのコミュニケーションと関係ない通知などは必要ないと思っている。(長田氏)」

 

直接は語らなかったが、これは競合であるLINEを意識した発言だったのかもしれない。 

 

長田氏が comm の開発を会社に提案したのは2011年の秋。LINEのテレビCMが話題になり、ユーザー数を伸ばしていたころだ。長田氏は同社のソーシャルゲームサイト、Mobage(モバゲー) の運営に携わる中でひとつの課題を感じていた。それは「ゲームをしない人々に対する接触機会」の限界だ。4,500万人を超える利用者で常に賑わい、ビジネスとしても大成功を収めている Mobage だが、「ゲーム」という訴求軸だけでコンタクトできる層は限られている。そこで生活者の可処分時間の使い方を調べてみると、その利用用途の大半は「コミュニケーション」であることが改めて確認できたのだという。

 

「ソーシャルゲーム」の定義は人によってまちまちではあるものの、その根底で人々を突き動かすのは所属や他者承認といった、コミュニケーションに対する根源的な欲求であると言われている。長田氏の開発動機には、ゲームというアプローチだけでは到達できない、真のコミュニケーションインフラへの挑戦が明確にあったのではないだろうか。

 

「ただ、”やりたいです” って言って “はい、どうぞ。お好きなようにおやりなさい” ってやらせてくれるほど、のんきな会社じゃないので、ビジネスとしてどう成立させるかはきちんと考えました。その基本となるのがソーシャルゲームやECへの送客。そっちできちんとビジネスには貢献するから、comm はシンプルでいさせてください、っていう感じで(笑) (長田氏)」

 

人々のコミュニケーションをインフラとして、ツールとして支援する。comm の機能の全てが、その極めてシンプルなコンセプトに基づいている。伺ったお話をいくつか紹介しよう。

 

 

コミュニケーション取りたい時に、すぐつながれることが大事

「ソーシャルネットワークを使って知り合ったあの人。頻繁にやり取りしているけど、緊急の要件で話がしたいときに電話番号がわからなくて参った。もしくは、会社の番号やメールアドレスはわかるけど、個人の携帯番号がわからない。そういう時に、全員 comm 使ってたらものすごく便利だと思うんですよね。(山敷氏)」

 

このようなシーンにおける、comm のアプローチは「探せればいい」。実名登録だからこそ探すことができ、コミュニケーションの機会を逸する可能性を減らすことができる。もちろん、探されたくない人はプライバシーの設定から検索対象にならないよう設定できる。

 

この機能が「出会い系」のように不適切に使われないためには、「アプローチする側が実名である」という抑止力が働く。ただし、この仕組みを完全に機能させるためには前述の「ソーシャルアイデンティティの確立」と「ソーシャルグラフの確立」が必須であるため、今はまだ不完全ではないかと思う。電話番号さえあれば、不適切な利用はできなくもない。ただ、それも相手が不適切な利用に対してまともに答えるモチベーションがあれば、の話ではある。「くまくま」とか「あっきー」からコンタクトがあるよりは、実名である方がまともなリクエストなのかどうか判断しやすいのではないだろうか。

 

 

音質と接続性を両立させつつ、1億ユーザーに耐えるアーキテクチャ

comm は当初から、音声通話の「つながりやすさ」を訴求している。音質と接続性は、開発者である長田氏が非常にこだわっている部分だ。

 

 「”会話する” というコミュニケーションの品質って、単に “音質” とイコールじゃないと思うんですよ。音質と共に、”切れない”、”落ちない”、”ちゃんとかかる” という部分が実用レベルになっているのが大事。ユーザービリティテストをしても、こういった接続性に関する不満は非常に多い。まあ、comm は音質もいいんですけどね(笑)」

 

この「音質」と「接続しやすさ」を両立するため、comm は Skype や LINE といった先行アプリとは違うクライアント・サーバ型(C/S型)のアーキテクチャを選択した。

 

comm が採用したC/S型のアーキテクチャでは、クライアント(利用者)間の通信経路にメディアサーバと呼ばれるサーバを配置し、音声の圧縮やノイズの除去などを行う。また、メディアサーバを介して単一ポートでつながるため通話が切れ辛いという特徴がある。Skype や LINE が採用しているP2P型は特定のサーバを使用せず、クライアントを直接つなぐ方式であるため、経路上で予期せぬ障害が発生した場合でも通話を継続することはC/S型に比べて技術的に難しいとのことだ。

 

一見、いいことづくめに見えるC/S型アーキテクチャだが、ユーザー間の通話を維持・最適化するためにサーバ側に多くの処理が発生し、インフラコストも莫大なものになる。

 

このような、コストのかかるクラサバ系システムを利用していることは、利用者が増え、システムがスケールするにしたがって繋がりづらくなることはないのだろうか。

 

長田氏は「全然余裕ですね。これに関してはありえないほど高い目標を設定してテストしてますが、どこからどう考えても問題が起きようがない。例えば、年内にいきなり1億ユーザーぐらいになっても大丈夫だと思います。」と自信をのぞかせた。ECサイトやソーシャルゲームで1日辺り35億PVを超える膨大なトラフィックを処理してきた、DeNAのインフラ技術があってこそ、このような方式を選択できたということだろう。

 

 

写真も含め、あらゆるコミュニケーションを包含する

comm戦略室室長 山敷守氏

comm戦略室室長 山敷守氏

comm は今後どのような機能追加を予定しているのだろうか。聞いてみると、しばらくは音声通話、スタンプ、テキストコミュニケーションのUI改善など基本機能の改善に集中していくという。

 

その中で、現在足りていない部分として画像を使ったコミュニケーションを挙げ、この機能には力を入れていく予定とのことだ。

 

「実は、コミュニケーションの時間も、やり取りの数も、音声通話よりもテキストメッセージの方が多いんですよ。海外のアプリでもどちらかしかやっていないものが多い。でも僕らは、コミュニケーション手段の全てがひとつに集約されていることが大事なんじゃないかと思っています。写真も大切なコミュニケーションなので、ここは力を入れていきたい。(長田氏)」

 

写真と言えば、先行する LINE camera は大変な人気を博している。ただ、comm の目指すところとはコンセプトが異なるのだという。山敷氏は、LINE camera は画像加工ソフトとして非常に完成度が高いと評価する一方、comm は写真をコミュニケーションツールと捉え「ソーシャルアイデンティティの確立」と「ソーシャルグラフの活性化」につなげようという志向性を持っているようだ。現在でも、comm は写真へのタグ付け機能が実装されており、タグ付けした相手へのプッシュ通知やプロフィールページへの表示などコミュニケーションの促進を図るようデザインされている。

 

 

世界共通コミュニケーションインフラへ向けての取り組み

長田一登氏

長田一登氏

全世界の共通コミュニケーションインフラを目指しての取り組みだが、万里の道も一歩から。まずは2012年でのユーザー数1,000万人を目指していくという。

 

具体的な数値は公開できないが、現時点での推移はまずまずであるとのことだ。コストの高いテレビCMも、認知獲得には大きな役割を果たしているようだ。アプリのマーケティングにどんなケースでどの程度マスメディアやOOHが有効なのか、貴重なケーススタディとして来年度の成果に期待したい。

 

グローバル展開はまだまだこれからということだが、今年度中には何かしら仕掛けたい意向があるようだ。Mobage との相乗効果や ngmoco といった拠点を考えると欧米で何かありそうな気もするし、スマホが普及している国であればアジアでデファクトスタンダードを取りに行くかもしれない。

 

国内では先行する LINE が圧倒的なシェアを得ている状況だ。コミュニケーションツールのビジネスが三つ巴、四つ巴になる可能性について尋ねたところ、個人的見解としながらも次のような回答をいただいた。

 

「winner take all (一人の勝者が史上を全て持っていく) になるのでは(長田氏)」

 

そしてその後こう付け加えるのも忘れなかった。

 

「ただ、勝者の入れ替わりが激しくなるので、改善し続けなければ長くは続かない」

 

メッセージングサービスは LINE、comm の他にも KAKAO TALK、デコリンクなど選択肢は多い。GREEもオランダの ebuddy との関係を深めている。今後各社がどう動くかはわからないものの、LINE と comm の方向性の違いは明らかだ。

 

それに対するDeNAの強みは意思決定の早さとイノベーションを促す体制にあるとチームのメンバーはいう。

 

「イノベーションのジレンマって、今あるアセットのみに依存して何かをやろうとするから直面すると思うんですよ。うちは基本ゼロベースで考えるという文化が常にあるので、そういうのを感じたことはないですね。(長田氏)」

 

「僕は守安(社長)の存在が大きいと思いますね。今回もリリースしてわずか2日目、ユーザー数の推移を見て10億規模の広告投資と50名の人員増加を決めました。彼の意思決定は早いだけでなく、複雑なものの中からロジックを見出して答えを出す。だからいつもシンプルなんです。それができるのは常にゴールが見えているからだと思います(山敷氏)」

 

comm 開発の中心はいずれも入社2~3年目の若手社員。大きな野心と高い能力を持った人間にとって天国のような職場なのかもしれない。

 

いずれにせよ、モバイルコミュニケーションという大きなカテゴリーが、次の大きなビジネスのトレンドだ。手のひらという、史上最も顧客に近いポジションを得たプラットフォームには、ありとあらゆる企業が投資をするだろう。

 

そんな中、ユーザーは一体何を基準にどのようなソリューションを選ぶのか。顧客接点を求める多くのニーズに対し、それらを集約・統率するプラットフォームはどのようなコミュニケーションのあり方を提案するのか。非常に多くの可能性を秘めた分野であるだけに、引き続き注目していきたい。 

 


by 許 直人
RSS情報:http://media.looops.net/naoto/2012/12/10/comm-interview/