ループス直人です。
昨日、DeNAがcommという新しいアプリをリリースし、話題になりました。例えば「LINEのライバルアプリをDeNAがリリース!高品質な無料通話がウリ」などのように取り上げられています。
先日、安価という安直な方法でブログ執筆テーマを決めたために「Yahoo!と連携するカカオトーク、国内市場でLINEを越える戦略はあるか」という、色々と問題のありそうな記事をかく羽目になりました。そして今、行きがかり上、「comm」について何か書かなければならないという窮地に追い込まれています。
本記事は、完全なるやじうま的目線でかかれており、内容の信ぴょう性はもとより、業界の予測とか、分析とかいったたいそうなものではないことを最初にお断りしておきます。それと、comm は現在利用規約の是非についての議論が生まれていますが、そちらに関してはあまり触れずに話を進めます。
DeNAのリリースした「comm」とは
「もっとつながる、高品質な無料通話アプリ comm(コム)」と謳われている通り、IP電話サービスに分類されるのでしょう。先日の記事でも紹介した、MMD研究書の一覧を再掲してみます。
とは言え、このカテゴリに分類されているLINEが「無料通話」だけでなく、メッセージングアプリとして広く利用されていることは皆さんご存知の通りでしょう (というか、NHNの枡田氏によるとそもそもリリース当時は無料通話機能はなかったそう)。
すでにプラットフォーム戦略に着手しているLINE、それに追随するカカオトーク、いずれも狙っているのは生活者のコミュニケーションインフラの立場であり、もっと突っ込んだ言い方をすればインターネットで消費されるコンテンツの流通を抑えることです。
開発者の方なんかもいらっしゃるので簡単に補足しておくと、商売では「流通」と「コンテンツ」を両方抑えると価格決定に対して大きなイニシアチブを持つことができるので粗利が大きくなります。新聞 (コンテンツを集める記者と、配達のネットワーク) やテレビの民間放送 (番組というコンテンツと、放送法上の一般放送事業) などをイメージするとわかりやすいかも知れません。インターネットの世界では、たくさんのトラフィックを得ているチャネルはありますが、コンテンツとの結びつきが弱いので流通事業者の粗利は薄くなりやすく、コンテンツ業界の競争も激しいです。例えば、法律の規制でインターネット上に10個しかサイトが存在できなくなったらどうなるか、想像してみてください。
comm は「後の先」を取るか
ローンチされた comm は、野心溢れる装備で野次馬の心を掴みます。こういうしびれる感じはFacebookがAPIを公開して以来かもしれません。
利用者の声としては、「LINEそっくり」というのが多いように感じます。先行するLINEと同じ機能を有する comm は、音声通話が高品質でつながるといった「スペック」で勝負し、マスマーケティングでLINEのシェアを削っていくのでしょうか。チャレンジャーらしく、アプリを持っていないユーザーをフォローする機能もきっちり搭載されていますのでそういった動き方も不可能ではないのでしょうけど、それではあまりおもしろくありません。
「mobageと連携するのでは?」という声も聞かれますが、mobageユーザーは電話帳を介したリアルな関係を他のユーザーと持ちたいとは思わないでしょう。それに、comm のサイトはスタイリッシュで、mobage のブランドイメージとは一線を画しています。
スペック勝負より萌える「オープン vs クローズド」
スペックの良し悪しとプロモーションでしのぎを削るよりは、方向性の違いが見えた方が盛り上がります。
そう考えてあえて機能的に違う点を上げてみると、LINEとの明確な違いは最初から「オープンな路線」を打ち出している点ではないかと思います。
comm では、「プライバシー設定」で、友だち検索がオンになっている他のユーザーを実名で検索できます。これはかなり挑戦的な試みだと感じます。プライバシーに関する議論を巻き起こすのは誰の目にも明らかでしょう。
そういった前提の上で、あえてこの実名検索機能を組み込んでいるのは、「オープンなプラットフォーム」という立ち位置を強く意識しているためだと思わずにはいられません。「オープン」というこの単純な一点が、LINE と comm の方向性を明確に分ける要因になると思うのです。
「模倣困難性」が2つのサービスを永遠に分かつ
1990年代にIBMを立て直したことで有名な経営者ルイス・ガースナーは著書の中で、市場環境がだれとっても平等である限り、合理的に導き出される戦略は結局どこも似通ったものになるものだ、というようなことを述べています。そこで大切になるのが模倣困難な差別化要因です。外部設計が公開され、競合の戦略コピーが早く激しいIT業界において、模倣の難しさこそが長期的な利益確保の鍵になります。そしてこの実名検索機能を差別化のキーとして組み込んできた comm の、先行者に対するメッセージは、要するに「先輩方、オープン化できないでしょう」、ということなんだと思います。
ここで「模倣の難しい施策」について、ちょっと説明しておきたいと思います。例えば、LINEの強みのひとつが「電話帳をベースとしたクローズドで密接なソーシャルグラフ」であることは疑いようもないと思いますが、逆に言えば競合が相反する価値、例えば「電話帳をベースとしたオープンでカジュアルなソーシャルグラフ」という打ち出し方をしてきた場合、簡単には真似することができません。真似することが自己矛盾につながり、アイデンティティの喪失につながらうからです。2000年頃にAmazonが行った物流投資を、競合するEC事業者が無在庫にこだわるあまり模倣できなかったのと同様です。
特に、ソーシャルプラットフォームにおいては「匿名・実名」だとか、「オープン・クローズド」といったコミュニケーションに関わる根本的な価値は後から方向転換することが非常に難しいものです。例えば mixi や カカクコム のように匿名制が文化として根付いたプラットフォームが、途中からそれを変更するのは簡単ではありません。機能的には1ヶ月で実装できたとしても、それを既存コミュニティ利用者に納得していただくためには長く地道な交渉が必要になるでしょう。それは機能面の制約ではなく、成熟したソーシャルプラットフォームのアイデンティティは機能提供側ではなく利用者の総意として存在するためです。これは、例えばブランドの法的所有者であるGapがロゴを変更した際、ファンの否定的な意見で元に戻さざるを得なかった事例などに見られる、「ブランドの間接性」をイメージするとわかりやすいかもしれません。
「オープンだからいい」というわけじゃない
念の為に申し添えて置きますが、ここでは例えば「匿名・実名」の是非について述べているわけではありません。それぞれに特徴があり、長所も短所もあります。ただ、どちらを採るにせよ一度ユーザーの支持を獲得すると簡単に変更はできず、その逆を突かれる可能性もある、ということです。
LINEが他のプラットフォームと連携せず、クローズドでやってきたのにもきちんとした根拠と戦略的な判断があり、それがうまくいったことは結果として立証されています。LINEが持つクローズド・コミュニティという属性は、煩わしい人間関係や多すぎる情報といったものからユーザーを守り、それが信頼に繋がって多くの紹介に至ったとも考えられます。
comm がLINEを追随するにあたって「紹介率」は非常に大切であり、そのためには信頼されるブランドであることは大切な条件です。安心感を与える、信頼を得る、という意味ではクローズドである方が都合がよかったかもしれません。それでも、載せる。セオリーに反したこの施策も、全体としてみると理にかなっている。DeNA はそういう確信の上で comm にこの機能を載せてきたのではないかと思うわけです。
何より、「オープンな実名制ソーシャルグラフ」、これこそが mobage では得ることができない、無限の可能性を持つ垂涎の的であり、将来を見据えるとどうしても必要なものではないかと思います。そして今、「スマートフォンの普及によるモバイル環境の変化」という新しいビジネスを仕掛けるには絶好の機会が目の前で起こっていて、これを逃すと次は何年後になるかわからない。そういうことを考えると、今回 comm は結構本気でやってくるんじゃないかなー、なんて思います。
出会い系サイト規制法
こういうロマンのない話は少しにしますが、出会い系サイトで犯罪が多発していたことを背景として、平成15年に「出会い系サイト規制法」(正式名称は「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」)が制定されました。
そしてそういった流れのなか、SNSサイトは有害サイトとして携帯キャリアからフィルタリングされるようになってまいりました(18歳未満、希望者)。ただ、SNSサイトの中でも健全なものもあるのではないか、そういったサイトはフィルタリングされるべきではない、というようなことを趣旨として「一般社団法人モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(略称:EMA)」が設立されます。この法人の趣旨に同意した会員はフィルタリングを免れることができます。
LINEが、見知らぬ男女が出会う可能性のある機能を提供すると「出会い系サイト規制法」におけるインターネット異性紹介事業者とみなされる可能性がなくはないのかもしれません。私がモバイルSNSに関連する仕事をしていたのもはや3年以上前になりますので、スマホからのインターネットブラウジングやアプリ利用の時代に、携帯キャリアのフィルタリングやEMAの コミュニティサイト運用管理体制認定基準 がどのくらい適合しているのか肌感覚としてはわかりません。ただ、少なくとも LINE がガラケー向けサービスを重要視する理由があるのであればEMAは意識する必要がありますし、直接の知人以外を検索する機能の提供には前述の法律についての検討が必要になると思います。
そして、EMAの趣旨に賛同するということになった場合はコミュニティでやり取りされる投稿について有人監視の体制を設けなければなりません。
comm のオープンなポリシーは支持されるのか
こういう「オープン」なポリシーは、物議を醸すものです。でも、それが結果的に合理的で、道義的・法的に問題のないものであれば、いつかはその規範がユーザーの中に内面化されます。簡単に言うと、「慣れてしまう」ということです。もちろん、全てがというわけではないですよ。
例えば、「車に乗る際は必ずシートベルトを締めなさい」という法律ができ、最初は毎回「めんどくさいな」と思いながらそれに従う。でもいつしかそれが当たり前になると、大脳の古皮質にベストプラクティスとして格納され、それがルールで渋々やっていたことを忘れる。とうかそういう意識が顕在化しなくなる。
WEBサービス、特にコミュニケーションプラットフォームというものは、しばしばそういうことを、利用者がそれほど意識しない形でやるものです。ファストフードが利用者の滞在時間を短くするために、椅子をちょっとずつ固く、座りづらくしてくような、そういうアーキテクチャの段階的な変容を通して、顧客行動を直接影響を与えることができます。これは何も悪いことではありません。セス・プリパッチはゲーミフィケーション(当時そういう言葉はありませんでしたが)を語る際、「この強力なダイナミズムは、行動に影響を与える強力なものだ。だから正しいことに使わなければならない」と述べています。私も同感です。
「プライベートな友達ネットワークと、オープンなソーシャルグラフの融合」この、一見些細な違いが、ユーザー個々人に内面化されると、かつてない変化が起こるのかもしれないな。野次馬をわくわくさせるのはこういう点です。最初のハードルを乗り越えたら、私だったら競合に対してオープンである強みを最大限活かすような方向性を採りたいと考えます。極端な話、ソーシャルランチや “知らない人同士のアドホックなミートアップ” だって取り込むことができます。LINEの立場で対抗策を考えるとしたら、入り口は別でオープンな世界を作る、っていうのはどうでしょう。「赤LINE」みたいなね。中で切り分けるのは、多分しんどいと思うんですよね。グループ管理から。緑から入るとクローズドな世界、赤から入るとオープンな世界。そんな程度だったら使い分けられるかな、って思いました。
いずれにせよ、この2つのアプリがソーシャルな世界を作るとしたら、それは「スマホネイティブ」であり、モバイルファーストな設計になっている。とうとう人々が手のひらからネットにつながり、ネットで社会とつながるようになるのかもしれない。LINE、comm の違いは、そのあり方にバリエーションをもたらしてくれるでしょう。
なんかそういうところがこう、わくわくするんですよね。
「WeChatはFacebookと連携しているけど、どうなんだろう」という声が聞こえてきそうです。私も一応インストールしてみましたが、Facebookプラグインには「Facebookから友達を探す」という説明はあるものの、機能としては提供されていないようでした。Facebook の APIには利用制限があり、この規約にひっかかるのかな、とも思いました。
5.次のしきい値のいずれかを超えているか、超える予定である場合は、追加の規定が適用される可能性があるため、機密のバグ報告を作成し、「threshold policy」(しきい値ポリシー)のタグを追加することにより、弊社までご連絡ください。(MAUが500万を超える場合)または(1日あたりのAPI呼び出しが1億回を超える場合)または(1日あたりのインプレッションが5000万を超える場合)
かつてこの制限を超えた Zynga はFacebookの仮想通貨が始まる前に手数料を取られ、AppleのPingはサービスからの接続を拒否されました。 MAU500万というのはスタートアップにとってははるか彼方の数字ですが、ユーザー数が1億人を超えると言われるWechatにとっては現実的に対処しないといけない問題になるのかもしれません。
一方、comm の場合はしばらく気にしなくてよい程度の数字だと思いますし、問題が顕在化したとしてもマネタイズに本格着手していない WeChat よりは手の打ちようがあるのかもしれません (まあ、WeChatにはなくてもTencentには色々あるんだと思いますけど)。
そんな感じでまあ、思いのほか長文になりましたけれども、ご覧いただきありがとうございました。
それでは、よろしくお願いいたします。
by 許 直人
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