結城浩の「コミュニケーションの心がけ」

Vol.000 結城浩/サンプル号/文章を書く心がけ/継続は力なり/書籍執筆に使っているアプリ/

2012/03/23 07:00 投稿

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結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2012年3月23日 Vol.000

目次

  • はじめに
  • 文章を書く心がけ - 読者のことを考える
  • 本を書く心がけ - 継続は力なり
  • コミュニケーションのパターンランゲージ - エコー
  • Q&A - 書籍執筆に使っているアプリは何ですか?
  • あとがき

はじめに

こんにちは。 結城浩の「コミュニケーションの心がけ」を始めます。

簡単な自己紹介から。

私は1963年生まれ。男性。関東在住。 奥さんが一人(_)、子供が二人。 プログラムや本を書く仕事をしています。

 ◆結城浩のプロフィール
 http://www.hyuki.com/info/profile.html

私の最初の本が刊行されたのは1993年のこと。 『C言語プログラミングのエッセンス』という本でした。 それからほぼ毎年のように本を出版してきました。

 ◆結城浩の書いた本
 http://www.hyuki.com/pub/books.html

  • C, Java, Perlなどのプログラミング言語の入門書
    「C/Java/Perl言語プログラミングレッスン」シリーズ
  • デザインパターンやリファクタリングなどのIT技術書
    『Java言語で学ぶデザインパターン入門』
  • 暗号技術の入門書
    『暗号技術入門――秘密の国のアリス』
  • 数学の入門書、啓蒙書
    『プログラマの数学』

    「数学ガール」シリーズ

幸いなことにほぼすべてについて重版・改訂版を出すことができ、 また読者さんからも「わかりやすくておもしろい」という評判を 多数いただいています。

特に、2007年からはじまった「数学ガール」シリーズは、 異色の数学読み物として好評を博し、新聞やテレビなどでも 取り上げられるほどでした。 現在ではコミックス版や英語版、韓国語版、中国語版が刊行され、 iPadでの電子書籍版も出版されています。

 ◆「数学ガール」シリーズ
 http://www.hyuki.com/girl/

気がつくと、執筆を続けて20年の年月が経っていました。 自分のこれまでの経験を振り返ってみますと、 執筆においても、編集者さんや読者さんとのやりとりにおいても常に、

 「コミュニケーションがとても大切」

であると考えるようになりました。

せっかくなので、20年の経験をみなさんと分かち合いたいと思い、 このメールマガジン、

 結城浩の「コミュニケーションの心がけ」

を始めようと思ったのです。

まずは、オムニバス形式で、

  • 文章を書く心がけ
  • 本を書く心がけ
  • コミュニケーションのパターンランゲージ
  • Q&A

という各コーナーで、さまざまなことをお話ししていきます。

また、今後みなさんからの要望に応じて、 「教えること」「プレゼンテーション」「ファシリテーション」 などについてもお話ししていく予定です。

よろしければお付き合い下さいね。

文章を書く心がけ - 読者のことを考える

「文章を書く心がけ」のコーナーです。

今回は「読者のことを考える」というお話をしましょう。

結城は「文章を書くときには何に注意したらいいですか」という質問を 読者さんからいただくことがあります。 そのとき、まっさきに答えるのがこれです。 文章を書くときに注意すべきことの第一は、

 読者のことを考える

なのです。

…という話をすると非常に多くの人が、

 「まあ、そうだよね。読者は大事だよね」
 「確かにそうだろうな」
 「うん、知ってる知ってる」

と考えます。 読者のことを「置いてけぼり」にしてもいいと思う人はいないでしょう。

でも、不思議なことに、自分が文章を書く段階になると、 「読者のことを考える」のがおろそかになるものです。 なぜ断言するかというと、私自身がそういう間違いをよくやるからです。 そして失敗するたびに、 そうだった!「読者のことを考える」べきだったんだ。 と思い返すことになるのです。

あなたはいかがですか。

文章を書くときに、いつも、 「私がいま書いている文章の読者は誰かな?」 と意識していますか。

読者さんは男性でしょうか、女性でしょうか。 何歳くらいでしょうか。読者はそもそも何人でしょうか。 一人?十人?百人?それとも…

読者さんがいま関心を持っていることは何でしょうか。 何が好きで何が嫌いでしょう。 どんな「たとえ話」を持ち出したらよく理解してもらえるでしょう。 柔らかい口調とかしこまった口調、 どちらのほうが読みやすいと思ってもらえるでしょうか。

読者さんは忙しいでしょうか、 それとも時間をゆったりと過ごしているでしょうか。 あなたがいま書こうとする文章について、 積極的に読もうとしているでしょうか。 それともいやいや読まされるのでしょうか。

「読者のことを考える」と一言でいいますけれど、 考えるべきことはずいぶん多岐に渡っていますよね。

文章を書くというのは、時間と労力がかかるものです。 ですからつい、 自分の都合・書き手の都合でものごとを判断してしまいます。

でも、それは間違いです。 自分のことを考えて書くのではなく、 相手のことを考えて書くのが正しい態度です。

そしてそれが「読者のことを考える」ということの意味です。

あなたが文章を書いているとき、

 「うーん、この構成はどうしようかなあ」
 「もうちょっと長い方がいいかな、短い方がいいかな」
 「何かいい例をここで書きたいけれど…」
 「文章を書く順序はどうしたらいいかな」

ということで悩むことがありますよね。 そのときにこそ、思い出してください。

 「読者のことを考える」

書き手であるあなたの都合で判断するのではなく、 読者のことを考えて判断するように心がけてみませんか。 もちろん、あなたはすべてを見通す神さまじゃないのですから、 読者のことを完全に知っているわけではありません。 でも、だからといって考えない理由にはなりません。

だって、あなたが文章を書くのはそもそも読者さんのためなのですから。

ということで―― 今回の「文章を書く心がけ」は、

 「読者のことを考える」

でした。また次回もお楽しみに!

本を書く心がけ - 継続は力なり

「本を書く心がけ」のコーナーでは、 これまでの書籍執筆の経験から学んだことを思いつくまま 書いてみようと思います。

今回は、先日脱稿した書籍『数学ガール/ガロア理論』の話を。

 ◆『数学ガール/ガロア理論』
 http://www.hyuki.com/girl/galois.html

2012年3月19日『数学ガール/ガロア理論』を脱稿しました。 脱稿というのは著者が原稿を書き上げて、 編集者に渡すことをいいます。 『数学ガール/ガロア理論』というのは、 結城が2007年から書籍として刊行し続けている 「数学ガール」シリーズの最新刊で、 シリーズ第5作となります。

 ◆「数学ガール」シリーズ
 http://www.hyuki.com/girl/

この書籍を書き始めたのは二年前の2010年11月15日のこと。 より正確には2010年11月15日10時02分02秒のことです。 どうしてそんなに正確にわかるかというと、 結城は自分の作業の「ログ(記録)」をとっているからです。 手元の作業ログによると、こう書いてあります。

 2010-11-15 10:02:02
 ガロアの本。
 体の章と群の章を並列する。
 ハードボイルドワンダーランドのように。

このときのメモはたったこれだけ。 ガロア理論という数学理論では、 「体」と呼ばれる数学的構造と、 「群」と呼ばれる数学的構造が出てくるのですが、 その二つを章にして並列させたらどうだろう、 というアイディアを書いているのですね。

「ハードボイルドワンダーランドのように」というのは 村上春樹さんの『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 という小説の形式を借りることはできないかな、 というアイディアのメモのことです。

結果的にそのアイディアを最終原稿に直接生かすことはなかったのですが、 とにもかくにもここから書き始めたわけです。

執筆期間は一年と数ヶ月。まだまだこれから校正が続きますが、 いまは一段落している状況です。 一冊の本を書くというのは長丁場です。 こつこつと継続していくことが必要になります。 その間には何度も、

 「これを完成することはできないんじゃないか?」

という疑念がわいてきます。 そこを何とか乗り切って執筆を進める必要があります。 私の父は「継続は力なり」とよく言っていたものでした。 まさに書籍執筆は「継続は力なり」だなあとよく思います。 「継続する」ための工夫が書籍執筆には欠かせないと思っています。

ということで―― 「本を書く心がけ」のコーナーでは、 これまで結城が書いてきた書籍の作業ログの中から いくつかピックアップして、何をどのように考えて書籍を書いているか、 書籍執筆の裏話も含めてご紹介しようと思っています。 どうぞお楽しみに。

また「こんな話を聞きたい」という要望もぜひどうぞ。

コミュニケーションのパターンランゲージ - エコー

「コミュニケーションのパターンランゲージ」のコーナーでは、 コミュニケーションを改善するためのパターンを紹介します。 自分が実践できるかどうかはさておき、心に留めておきましょう。

今回は「エコー」を紹介します。

どんなパターン?

エコー(echo)とは「こだま」「反響」「オウム返し」という意味です。 山に向かって「ヤッホー」と叫ぶと、 山からこだまが「ヤッホー」と返ってきますね。あれが「エコー」です。

そこから転じて、

  • 相手が話した言葉を、
  • そっくりそのまま相手に言いかえす

という技法のことを「エコー」といいます。

どんなときに使うの?

「エコー」は、人と対話をするときに、 相手が話しやすくするためのものです。

エコーを使った普通の対話:

 A「実はきのうね、携帯落としちゃったんだよ」
 B「え、携帯を?」(←「携帯」という単語をエコーしている)
 A「そうそう。駅でバーンとホームに落っこちて」
 B「バーンと?ガラス割れた?」(←「バーン」をエコー)
 A「いや、大丈夫。傷もなかったよ。でも焦った〜」
 B「そりゃ焦るよね〜」(←「焦る」をエコー)

相手が使っている単語をそっくりそのままエコーすることで、 話し手は

 「自分の発言をきちんと聞いてもらえている」

と感じ取ることができます。 それが、自然に対話が流れていく助けとなるのです。

気をつけることはある?

機械的にエコーしては逆効果です。 あからさまに「こいつは人の話を聞いてないな」と感じられてしまいます。

エコーを使ってぎこちなくなった対話:

 A「実はきのうね、携帯落としちゃったんだよ」
 B「へえ、きのう携帯を落としたんだ」
 A「そうそう。駅でバーンとホームに落っこちて」
 B「駅でバーンとホームに落っこちたんだ」
 A「う、うん。でもまあ傷はなかったけどね。でも焦った〜」
 B「傷がなかったので焦ったんだ」
 A「…」

↑のように機械的にやってはまずいことはよくわかりますが、 ↓のように言葉を変えた対話は微妙に話しにくくなることがあります。

 A「実はきのうね、携帯落としちゃったんだよ」
 B「へえ、iPhoneを?」(携帯→iPhoneに変化)
 A「そうそう。駅でバーンとホームに落っこちて」
 B「ひゃあ、ボンって?ガラス割れた?」(バーン→ボンに変化)
 A「いや、大丈夫。傷もなかったよ。でも焦った〜」
 B「びっくりするよね〜」(焦った→びっくりに変化)

↑この対話はどうでしょう。あからさまにおかしくはないです。 でも、この調子で「相手が言った単語を絶対にエコーしない」 という対話がずっと続くと、 少しずつ苦しくなっていく恐れがあります。 (この人は、ちゃんと聞いてくれているのかなあ…) という小さな疑念が心の中に浮かぶからかもしれません。 興味深いことに「相手が言った単語を絶対にエコーしない人」 というのもいるんですよ!

ということで―― 今回の「コミュニケーションのパターンランゲージ」は、

 「エコー」

を紹介しました。

Q&A - 書籍執筆に使っているアプリは何ですか?

「Q&A」のコーナーでは、 読者さんからのご質問にお答えします。

質問

結城さん、こんにちは。 私もいつか、自分で本を書いてみたいなと思っています。 結城さんは普段、どういう環境で本を書いているんですか? 使っているアプリを教えてください。

回答

ご質問ありがとうございます。

「本を書いてみたいな」という気持ちはとても大事です。 その願いの実現に向かって頑張ってくださいね。 本を書くのはとても素敵なことです。 良い本はいつの時代でも求められています。

さて、私が本を書くメインの環境はノートパソコン(ThinkPad)です。 Windows上の「秀丸エディタ」というテキストエディタを使って 文章を書いています。ワープロソフトは使いません。

数学読み物「数学ガール」シリーズは数式がたくさん出てきますので、 LaTeXという数式組版ソフトを使っています。テキストファイルでLaTeXの 命令を埋め込んでおくときれいに数式を組版してくれるソフトです。

書籍執筆以前にアイディアを記録するときには、iPhoneを使っています。 なぜか道を歩いているときに(ずっと書籍のことを考えているわけですが) アイディアがよくわくんですよね。そのときにiPhoneのSpeedTextという 手描きアプリを使ってメモを取ります。これはEvernoteと連携していて、 手描きメモを即座にクラウドに保存することができます。 後からゆっくり自分の手描きメモをファイルに反映するわけです。

本の執筆では文章の推敲が欠かせませんが、そこではiPadを使っています。 Good ReaderというPDFアプリで自分の書いた原稿を読み、朱を入れます。 誤字脱字のチェックはもちろんのこと、読み返して 「ここの記述が足りないなあ」 「これとこれの順番は逆にした方が良いなあ」 と思ったことをすべて手でPDFの上にガシガシと記入していきます。 後でそれを見ながらファイルに反映するのです。

全体の流れとしては、以下のような作業の繰り返しになります。

  • iPhone上、SpeedTextとEvernoteでアイディアを記録する。
  • Windows上、秀丸エディタで原稿を書く。
  • Windows上、LaTeXを使って原稿をPDFに変換する。
  • Windows上、PDFをDropboxに移す。
  • iPad上、Good Readerを使ってDropboxからPDFを得る。
  • iPad上、Good Readerを使って朱を入れる。
  • Windows上、iPadを見ながらファイルに朱を反映する。

でも大切なことはツールそのものではなく、 ツールを使って自分の考えをうまく文章にまとめることですね。 だから、いろいろな方法を試してみて、 自分に合った方法をうまく見つけることが大切だと思います。

さらに詳しく知りたいことがありましたら、 またメールでご質問くださいね。 このメールマガジンに返信すれば、直接結城に届きます。

あとがき

今回の「コミュニケーションの心がけ」はいかがでしたか。

メールマガジンのよいところは、 私からあなたへの一方向のメッセージで終わるのではなく、 あなたから私への方向にもメッセージを送れるところです。 ご感想やご意見を送っていただければ、 次第に「自分が読みたいメールマガジン」に育っていきます!

このメールマガジンについてのご意見やご質問は、 どうぞお気軽にお送り下さい。

もっと長い方がいい、もっと短い方がいい。 もっと堅い話がいい、もっと柔らかい話がいい。 …などのご要望も大歓迎です。

メールソフトでお読みの場合、 返信すれば結城に直接届きます。 あるいは hyuki.mm@hyuki.com に送ってくださってもかまいません。 みなさんからのメールを読むのがとても楽しみです!

それでは、また!

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