はじめまして。俺妹についての記事を見かけて書き込んでみました 俺自身は俺妹が結構嫌いで、嫌いだからこそ関心を持ってしまうという面倒くさいアンチ的な立場なんですが、アンチなりに作品を分析してみて思うのは、なぜ俺妹が実妹エンドになったのかというのに実は桐乃こそが人格という意味ではもっとも他者的だったからではないか?という風に思ってます 真奈美や黒猫は母性的でヒステリックではないため、男にとっては都合がいいと言われるようなキャラです(性格がいいだけとも言えますけど) しかし恐らく女性に評価される恋愛の選択肢は、桐乃のようなヒステリックな女性を恋愛相手に選ぶこと、それが男の器であって、まともに大人な男性なら当然だ、みたいな世間一般の含意を作家という職業の方は人一倍気にするのではないかと思います 桐乃が気持ち悪いオタク趣味を持っていること、実の妹であることといった属性自体はマーケティング的にオタク受けを狙った、他者的ではない自己愛的なものだと思いますが、その人格は非常にヒステリックで男にとってというか特にオタクには感じが悪い、都合の悪いキャラでもあります(俺は普通に性格悪いじゃんこいつ、と思ってしまいますが・・・) なんとなく作者さんの中でマーケティング志向=売り上げを現実的に上げることを受け入れられなければ大人ではない、オタク受けするものを入れなければ、といった価値観と、ヒステリックな女性を受け入れられなければ大人ではない、といった価値観が入り組んでしまっているのではないかという気がします 上手くまとめられませんが、ある人の作家性が外部や他者性を志向し続けることに至上価値を置くものなら、ヒステリックな女性と母性的な女性、作品の中でどちらを選ぶべきかという価値判断に、大きなバイアスが掛かるのではないかと 例えばマクロスの三角関係でも伝統的に、いかにも萌えキャラ然としたキャラは選ばれず、より現実の女性に近い方が選ばれるということがありますけど、それもこういった傾向のせいなのではないかな、と個人的には思ってます より困難な道が正しい、より現実的な、たとえ性格の悪い女性でも受け入れるのが正義というような一種イデオロギーめいたものがどこか世間にあるような気がします たしかにそれは良いことだろうけど、それを無理に強制したりすれば洗脳とどう違うんだと思うし、強制することでよりこじれてくこともあると思います(というか一方的に都合良すぎないか?といった疑問も) 同族嫌悪的にオタクを叩く人というのは、自分は正義のつもりでやってるんでしょうけど、結果的にはヘイトを稼いで憎しみあわせ、より子供っぽさをこじらせるということを手助けしてるんじゃないでしょうか ついつらつらと長文を書いてしまいましたが、俺自身は俺妹に対してほとんどハーレムエンドということに拘りがなかったせいか、むしろ黒猫エンドか真奈美エンドになってくれれば別にハーレムでなくていい、という感じだったので兵頭さんの関心とは全然違うかもしれません 単に桐乃が嫌いなので、桐乃のいるハーレムはノーサンキューといった程度の話なんですが・・・ 俺の俺妹の見方というのは、女性のヒステリックな部分を受け入れることが正義である、といった大げさに言うとプロパガンダみたいに感じることへの苛立ちみたいなものが中心なんだと思います こういう作品を読んでいると器を大きくするのは正しいけど、それってどうして一方通行なの?とかなんで半強制的なの?という疑問がどうしてももたげてしまいます 長くなりましたが、頓珍漢なこと書いてたら申し訳ないです 俺は電波男に共感したタイプの人間なので兵頭さんのブログを結構応援してます 孤軍奮闘で辛いと思いますが、是非がんばってください。長文失礼しました
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兵頭新児の女災対策的随想
(ID:3228320)
はじめまして。俺妹についての記事を見かけて書き込んでみました
俺自身は俺妹が結構嫌いで、嫌いだからこそ関心を持ってしまうという面倒くさいアンチ的な立場なんですが、アンチなりに作品を分析してみて思うのは、なぜ俺妹が実妹エンドになったのかというのに実は桐乃こそが人格という意味ではもっとも他者的だったからではないか?という風に思ってます
真奈美や黒猫は母性的でヒステリックではないため、男にとっては都合がいいと言われるようなキャラです(性格がいいだけとも言えますけど)
しかし恐らく女性に評価される恋愛の選択肢は、桐乃のようなヒステリックな女性を恋愛相手に選ぶこと、それが男の器であって、まともに大人な男性なら当然だ、みたいな世間一般の含意を作家という職業の方は人一倍気にするのではないかと思います
桐乃が気持ち悪いオタク趣味を持っていること、実の妹であることといった属性自体はマーケティング的にオタク受けを狙った、他者的ではない自己愛的なものだと思いますが、その人格は非常にヒステリックで男にとってというか特にオタクには感じが悪い、都合の悪いキャラでもあります(俺は普通に性格悪いじゃんこいつ、と思ってしまいますが・・・)
なんとなく作者さんの中でマーケティング志向=売り上げを現実的に上げることを受け入れられなければ大人ではない、オタク受けするものを入れなければ、といった価値観と、ヒステリックな女性を受け入れられなければ大人ではない、といった価値観が入り組んでしまっているのではないかという気がします
上手くまとめられませんが、ある人の作家性が外部や他者性を志向し続けることに至上価値を置くものなら、ヒステリックな女性と母性的な女性、作品の中でどちらを選ぶべきかという価値判断に、大きなバイアスが掛かるのではないかと
例えばマクロスの三角関係でも伝統的に、いかにも萌えキャラ然としたキャラは選ばれず、より現実の女性に近い方が選ばれるということがありますけど、それもこういった傾向のせいなのではないかな、と個人的には思ってます
より困難な道が正しい、より現実的な、たとえ性格の悪い女性でも受け入れるのが正義というような一種イデオロギーめいたものがどこか世間にあるような気がします
たしかにそれは良いことだろうけど、それを無理に強制したりすれば洗脳とどう違うんだと思うし、強制することでよりこじれてくこともあると思います(というか一方的に都合良すぎないか?といった疑問も)
同族嫌悪的にオタクを叩く人というのは、自分は正義のつもりでやってるんでしょうけど、結果的にはヘイトを稼いで憎しみあわせ、より子供っぽさをこじらせるということを手助けしてるんじゃないでしょうか
ついつらつらと長文を書いてしまいましたが、俺自身は俺妹に対してほとんどハーレムエンドということに拘りがなかったせいか、むしろ黒猫エンドか真奈美エンドになってくれれば別にハーレムでなくていい、という感じだったので兵頭さんの関心とは全然違うかもしれません
単に桐乃が嫌いなので、桐乃のいるハーレムはノーサンキューといった程度の話なんですが・・・
俺の俺妹の見方というのは、女性のヒステリックな部分を受け入れることが正義である、といった大げさに言うとプロパガンダみたいに感じることへの苛立ちみたいなものが中心なんだと思います
こういう作品を読んでいると器を大きくするのは正しいけど、それってどうして一方通行なの?とかなんで半強制的なの?という疑問がどうしてももたげてしまいます
長くなりましたが、頓珍漢なこと書いてたら申し訳ないです
俺は電波男に共感したタイプの人間なので兵頭さんのブログを結構応援してます
孤軍奮闘で辛いと思いますが、是非がんばってください。長文失礼しました