若者の「損切り」がブラック企業の「正」の要素だとは検討違いでは? なぜブラック企業があるかというと、その会社が提供する商品・サービスに一定の需要があり、利用者がいるからである。 例えば、品質上ほとんど同等品だがA社(ブラック)の1000円のものとB社(普通)の4000円のものがあったとしたら何も考えずに1000円のほうを買う人がほとんどであろう。「それがどのような労働環境で作られたか?」などと考え、「全うな人件費を支払っているB社の為に」と4000円の方を選ぶ人は皆無なはずだ。たった1000円で4000円相当のものを提供できる裏ではより多くの労働力の搾取が行われているのは明らかだが、この商品・サービスの提供こそブラック企業の「正」の要素である。 若者の損切りが「正」の要素ではない。使いつぶそうと思って(抹殺してやろうと思って)使っているわけではないからだ。「(若者を)安くこき使いたい。ダメになったら代わりを探せばよい。」というのと「(若者を)をダメに(抹殺)してやりたい」というのは明らかに異なる。 ブラック企業の形態にもいろいろあるだろうが、共通しているのはその会社の経営陣またはそれを利用する消費者が利己的であるとうことである。ただ、誰にとっても国全体が衰退しては自分の首を絞めることになるため長い目で見れば自身にとっても損失になるはずだ。介護職員の不足とか、若年層はお金がないため車離れが~なんていうのはその最たる例だ。 これは巨視的にみれば囚人のジレンマと似たようなものではないだろうか。
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若者の「損切り」がブラック企業の「正」の要素だとは検討違いでは?
なぜブラック企業があるかというと、その会社が提供する商品・サービスに一定の需要があり、利用者がいるからである。
例えば、品質上ほとんど同等品だがA社(ブラック)の1000円のものとB社(普通)の4000円のものがあったとしたら何も考えずに1000円のほうを買う人がほとんどであろう。「それがどのような労働環境で作られたか?」などと考え、「全うな人件費を支払っているB社の為に」と4000円の方を選ぶ人は皆無なはずだ。たった1000円で4000円相当のものを提供できる裏ではより多くの労働力の搾取が行われているのは明らかだが、この商品・サービスの提供こそブラック企業の「正」の要素である。
若者の損切りが「正」の要素ではない。使いつぶそうと思って(抹殺してやろうと思って)使っているわけではないからだ。「(若者を)安くこき使いたい。ダメになったら代わりを探せばよい。」というのと「(若者を)をダメに(抹殺)してやりたい」というのは明らかに異なる。
ブラック企業の形態にもいろいろあるだろうが、共通しているのはその会社の経営陣またはそれを利用する消費者が利己的であるとうことである。ただ、誰にとっても国全体が衰退しては自分の首を絞めることになるため長い目で見れば自身にとっても損失になるはずだ。介護職員の不足とか、若年層はお金がないため車離れが~なんていうのはその最たる例だ。
これは巨視的にみれば囚人のジレンマと似たようなものではないだろうか。