カエサルは、ルビコン川を渡るときに、部下たちに向かって「進もう、神々が待つ所へ、我々を侮辱した敵の待つ所へ、賽は投げられた」と言った。これは、部下を鼓舞するという狙いもあったろうが、それ以上に、自分が歴史の中心にいるという強烈な自己陶酔があって、それが彼にこの言葉を言わせたのではないだろうか。
ドストエフスキーは、ヴィスバーデンのカジノ付きホテルで、ほとほと弱り果てていた。持っていたお金を全部スッてしまい、ホテルから蝋燭の供給も止められるなど、どん底の状態に陥っていたからだ。
そのとき、彼には不思議な創作意欲が湧きあがってきた。もう他に何をすることもできなかったということもあるが、とにかくお金を稼がなければ二進も三進も行かない状態で、ようやく原稿用紙に向かったのだ。そうして書きあげられたのが「罪と罰」だった。
宮崎駿さんは、東日本大
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