茶の湯の目的は二つある。接待と瞑想だ。利休はそこに第三の目的を持ち込んだ。それは「闘い」である。利休は、茶の湯を一つの「闘いの場」としたのだ。
実は、最初の茶の湯には「闘い」の要素があった。それは、出されたお茶の銘柄を当てるというゲームのようなものだった。これを「闘茶」という。
この闘茶は、やがてギャンブルへと発展した。そのため、茶の湯にはギャンブル場的な華々しさ、派手派手しさが似合った。まさに北山文化である。
しかし時代が移ろうに連れて、そうした派手さは好まれなくなった。そこへ村田珠光が侘び寂びを提唱し、これが大流行した。それによって闘茶は次第に廃れていった。替わって、接待と瞑想とに重きが置かれるようになったのだ。
しかし利休は、そこに再び「闘い」の要素を取り戻した。しかし今度の闘いは、闘茶のように明確なルールのある闘いではなかった。もっと芸術的、あるいは美術的な、「侘び寂びをいかに理解
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