沖縄の嘉手納基地を飛び立つ米軍機 〔PHOTO〕gettyimages
安倍晋三政権が目指す集団的自衛権の行使容認論に対して、代表的な反対論は「日本が戦争に巻き込まれる」という議論である。たとえば、朝鮮半島有事のような身近なケースでも考えられる。「北朝鮮が韓国を攻撃した。韓国に味方して反撃する米国を日本が支援すれば、日本が北朝鮮の標的になってしまう」というものだ。これをどう考えるか。
このケースをめぐる議論で鍵を握るのは、米国が韓国を助けるために出撃する基地はどこか、という点だ。普通に考えれば「それは日本の基地」と思われるだろうが、必ずしも自明ではない。
事前協議がなくても米軍が基地を利用できる「密約」
そこで、そもそも日本の米軍基地は何のためにあるのか、という点を確認しておこう。それは、もちろん日本を守るためだ。日米安保条約(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/jyoyaku.html)は第6条で次のように定めている。
<日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定(改正を含む)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。>
基本的に日本を守るために存在している基地を、朝鮮半島有事の際に米軍が使えるかどうか。これは1960年に安保条約を改定したときから大問題だった。もしも日本が認めなければ、米軍は、たとえばグアムやハワイから出撃せざるをえなくなる。それでは遠すぎて、緊急時には支障があまりに大きい。
日米両国は安保条約改定時に結んだ「岸・ハーター交換公文」で、日本の基地を米軍の戦闘作戦行動に使うには「事前協議」の対象とすると合意した。だが、朝鮮半島有事で日本が基地使用を認めるのに時間がかかったり、もしも認めなかったら大変なので、米国の要求を受けて日米は例外措置として「事前協議がなくても米軍が基地を使用できる」という非公開の「密約」を結んだ。
覚えている読者もいるかもしれないが、この密約は民主党政権時代に大問題になった。そこで当時の外務省は有識者委員会を作り、2010年3月に報告書(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/pdfs/hokoku_yushiki.pdf)をまとめている。
報告書の内容は「密約はたしかにあった」。だが、その後、佐藤栄作政権が1969年11月の沖縄返還にともなって「(米軍が朝鮮半島有事で日本の基地を使わなくてはならなくなったときは)日本政府は事前協議に対し前向きに、かつすみやかに態度を決定する」と米国ナショナル・プレスクラブでの演説で表明した。その結果「密約は事実上、失効した」と報告書は結論付けている。
安保条約締結時から集団的自衛権の行使は認められていた
つまり日本は米国と事前協議をするが、それはあくまで形だけで、結論は基地の使用を「前向きに検討する」、つまり「認める」という話である。「それはダメだ」という立場もあるだろう。私は米軍に基地使用を認めるのは当然と思う。
なぜなら、もしも日本が基地使用を認めなかったらどうなるか。米国の韓国支援に支障が出るかもしれない。その結果、北朝鮮が優勢になって韓国を打ち負かしたら「次は日本だ」となって、日本の安全保障に重大な悪影響が及ぶ。私は「それでも仕方がない」とは思わない。有事を傍観した結果、最悪の場合は自分の首を締める結果になってしまう。
ここに集団的自衛権の本質が表れている。つまり日本は安保条約で米国に基地を提供している。その基地は日本の防衛だけでなく、韓国防衛のために出動する米国のためにも使われる。なぜなら米軍の韓国支援を助けることで、日本の防衛にも役立つからだ。実際、歴代の政府はそういう判断でよしとしてきた。
安保防衛政策の基本構造は1960年の日米安保条約締結時からできていた。広い意味で集団的自衛権の行使はとっくに容認されてきたのだ。
その内容の一部は一定期間、秘密扱いされてきた。それはもちろん大問題だが、政府が秘密にしてきたことと、日本の安保防衛問題をどう考えるかは別問題である。
事実上、日本はアメリカと一体にある
ところが、真の問題はここからだ。では、日本政府はどのように説明してきたのかといえば、集団的自衛権の行使を朝鮮半島有事をめぐって日米安保体制に最初からビルトインされた問題であると国民に説明することなく、もっぱら「武力行使と一体化しているかどうか」という狭い観点で説明してきた。
たとえば1999年の周辺事態法では、外国軍隊の武力行使と一体化しているような自衛隊の活動は集団的自衛権の行使に当たるからダメで、一体化していない「後方支援」ならOKと整理されている。こういう考え方は、その後のテロ特措法やイラク復興支援法などでも基本的に維持されている。
その結果、どうなったか。政府の論法にしたがえば、たとえば周辺事態法で公海上やその上空での武器弾薬の補給はダメだが、日本の領域で行われる物品・役務の提供はOKとされている。だが、そもそも米軍は日本の基地で武器弾薬を補給して出撃している。それを考えれば、こういう整理の仕方は根本的にナンセンスではないか。
いくら日本が「公海上で米軍に武器弾薬を補給してませんよ。だから米軍の武力行使と歩調をそろえていませんよ」と唱えてみたところで、北朝鮮にしてみれば「何を言ってるんだ。初めから日本の基地で補給してるじゃないか」と言うに決まっている。
つまり日本が安保条約で米国と同盟を結び、かつ朝鮮半島有事で米国の基地使用を(当初は秘密裏に)認めた段階で事実上、日本は米国と一体になっているのだ。
こういう構造を「それは日本の個別的自衛権で対応できる」というのは無理がある。なぜなら、このケースでは日本が攻撃されたわけではないからだ。
日本が攻撃されていないのに、韓国防衛に出撃する米国を支援するのを正当化するロジックは、集団的自衛権の行使以外にはない(ちなみに、ベトナム戦争で米軍機が日本の基地から出撃した例があるが、このときは「米軍機は出撃してからベトナム行きを命じられた」という屁理屈を考え出したようだ)。
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