田原総一朗 『リンカーン』と『終戦のエンペラー』に学ぶ政治家の「覚悟」とは何か?
最近、心に残ったふたつの映画がある。ひとつは、現在上映中の『リンカーン』、もうひとつは7月に封切される『終戦のエンペラー』である。僕は、映画が大好きだ。かつて監督として映画の制作に携わったこともある。いまはもっぱら観るだけだが、試写会があればできるかぎり顔を出すし、DVDを借りて観ることもある。暇さえあれば、さまざまな作品を鑑賞している。
さて、ひとつめの映画『リンカーン』は、巨匠スピルバーグの監督作品である。「人民の、人民による、人民のための政治」という名言で知られるリンカーンは、アメリカでもっとも愛された大統領のひとりと言われる。彼が活躍した時代、日本はちょうど幕末で、長い鎖国を解き、開国しつつあった。
その頃、アメリカは南北戦争の最中にあった。「奴隷制」存続を主張するアメリカの南部11州が合衆国を脱退、合衆国にとどまった北部23州との間で戦争となっていたのだ。
リンカーンの最大の業績は、この「奴隷解放」である。その実現のためにリンカーンは、奴隷制廃止を提案した米国憲法修正第13条を議会で通過させなければならなかった。だが、議員の多くは南北戦争の終結が先だと考え、「憲法改正」に反対したのだ。そこで、この反対派の切り崩しにリンカーンは精力を傾ける。議員たちをそれぞれ持ち上げたかと思うと、次は相手の弱みを見つけて脅す。説得とは一筋縄ではいかないものなのだ。
僕はこの映画を観ながら、ひとりの政治家を思い浮かべた。竹下登さんだ。昭和最後の総理大臣である。彼のいちばんの業績は消費税の導入だろう。リンカーンが議員一人ひとりに、さまざまな言葉を駆使して翻意を迫るさまは、僕の知る竹下さんにそっくりだったのだ。
政治は綺麗ごとではない。覚悟をもって何ごとかを成し遂げようとするならば、時には悪者にもならねばならない。リンカーンは結局、凶弾に倒れた。竹下さんはもう亡くなってしまったが、もし生きていたら、こう話してみたかった。「竹下さん、リンカーンのやり方はあなたと同じでしたよ」と。
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