ガールズ ラジオ デイズ

第3章 ねえしのために

2018/11/23 11:00 投稿

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  • 多宇部貞人
いきなり来た。来てしまった……姉が。
「──ちょっとカナ! 聞いて聞いて、えれぇことよ!」
 バーンと勢いよくドアを開け、花菜(かな)の部屋に飛び込んできたのは、長女の彩美(あやみ)だった。花菜は勉強机で宿題をしていたところだったが、別に驚きはしなかった。彩美がいきなり騒ぎ出すのはよくあることだったから。
 花菜は漢字ドリルから顔を上げ、
「なぁに? みーちゃん」
 姉が来たので宿題は切り上げだ。
 来年、中学受験を控えた身ではあるが、花菜自身は、別にピリピリしてはいない。思えば今まで、勉強というものをした覚えがなかった。家族やクラスメイトと話して、先生の言うことや授業を聞くうちに、興味を持ったことは自分で調べる……ずっとそれで、クラスのトップを取り続けている。
「コレ見てよ、コレ!」
 彩美は興奮しながら、スマホの画面を見せてきた。某SNSアプリのユーザーページが開かれている。
「あの『かぐりん』からフォローされたんだよ! すごくない? すごいでしょ!」
 花菜は首をかしげた。
「だぁれ?」
「えっ!? かぐりん知らないの?」
「かぶんにして」
「あ~まぁ、カナはそういうとこあるよね。ぼんやりしてるっていうか、浮世離れしてるっていうか。ダメだよ? もうちょっと世間を知らなきゃ!」
「ふむ、いちりある」
「あのね、かぐりんってゆーのは、カグラヤ怪奇探偵団の団長さんで──」
 彩美が熱っぽく語る内容のほとんどは、花菜にはよくわからなかったが、要約するとウェブ界隈で名の売れている人ということらしい。
「ふぅん、そうなんだ」
 花菜のフラットな反応に、彩美は渋い顔をした。
「もっと驚いてよ、カナ~!」
「おどろきはしないかな。でも、よかったね」
「うん、ありがとう! これであたしのアイドル活動も、一歩前進ってカンジ♪」 
 彩美は今年、高校を卒業すると同時に、突然アイドル志望を公言し始めた。今は五月なので、一ヵ月前のことだ。外見は花菜より少し年上くらいに見えるが、実年齢は十八歳。今からアイドルは無謀じゃないか、という周囲の声に耳を貸さずに、アイドル活動と称するウェブ活動を続けている。
「──こらーっ! 彩美!」
 と、怒声と共に廊下を走ってくる足音がして、開きっぱなしのドアから次女の彩乃(あやの)が駆け込んできた。
「またカナの邪魔して! ダメだって言ってるのに!」
「お、彩乃もホラ、見てよコレ! かぐりんだよ、かぐりん!」
 彩美は悪びれる様子もなく、彩乃にもスマホを見せつけた。
「なによそれ?」
「彩乃も知らないの? すっごい有名人なのに。遅れてるなぁ、あたしの妹たちは……」
「はぁ、だっちゃぁねぇ。くだらないことでカナの邪魔すんなし」
 ふたりは並べて見れば、よく似ていた。いや、似ているというレベルではない。背丈や体形、顔立ちはほとんど同じ、ふたりは双子だった。ベースは同じでも性格や食べ物の好み、よく聴く音楽のジャンルはまるで違う。服のコーディネートも違うので、一見するとわからないのだが。
 無職の彩美と違って、彩乃は大学生。家に居るときは彩美が花菜の勉強の邪魔をしないようにと目を光らせているが、自由すぎる彩美には手を焼いているようだ。
「のーちゃん、わたし、べつに平気だよ?」
 花菜の言葉に、彩乃は彩美を指差し、
「ダメだよカナ、こいつ、甘やかしたらツケあがるから」
「でも、本当にジャマじゃないよ?」
 花菜が言えば、
「おおっ、カナ~! あたしの最愛の妹~!」
 彩美はいきなりその頭をぎゅっと抱きしめた。ワシャワシャと乱暴に撫でまくる。
「うあ~うあ~」
「ちょっと、やめなさいよ! カナがハゲちゃったらどうすんの!」
 慌てて止める彩乃を横目に、彩美は勝ち誇った表情を浮かべた。
「ふふん♪ まいったか、彩乃! カナはいつだってあたしの味方なの。だいたいあんたはいつも口うるさすぎんのよ、べーだ!」
 彩乃は目頭を押さえ、
「あんたが姉だという事実に、あたしは一番まいってるよ……」
「みーちゃん、ちょっとちがうかな」
 花菜はそう言って、じっと彩美を見上げた。
「え?」
「べつにわたし、みーちゃんの味方だから言ったんじゃないよ?」
「えっ!?」
「ジャマじゃないから、ジャマじゃないって言っただけ。のーちゃんはいつも、みーちゃんのこと考えて言ってくれてるんだから、そんな言い方したらダメだよ?」
「か……カナ~! なんていい子なのっ!」
 今度は彩乃が、彩美の反対側から花菜に抱きついた。
「むぎゅ」
 ふたりに押し潰されたかと思えば、今度は左右から引っ張られ始める。
「こら彩乃! カナはあたしのだぞ!」
「いーや、あたしのよ! 彩美にカナは任せらんない!」
「カナはあたしと一緒のが楽しいんだっての! はっ、なっ、せ! このっ、脳みそコンクリート女め!」
「なんだと、脳みそコンニャク女め!」
「うあ~さける~、左右にさける~」
 花菜はもみくちゃにされ、目を白黒させながら言った。
「よし、ここは先に手をはなした方が、真の姉ということにしよう」
「「えっ」」
 ふたりが同時に手を離したため、どしーん! 花菜は勢いで椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。こういうところは妙に息が合っている。
「「あっ! カナ、大丈夫!?」」
 息が合っている。
「うけみはとった」
 花菜は何ごともなかったかのように立ち上がると、椅子を元に戻して座った。そして、澄んだ瞳で姉たちを交互に見た。
「あらそいは、ひげきしか生まないから、やめてね」
「「はい……」」
 とりあえずふたりが落ち着いたので、花菜は話題を戻すことにした。
「それで、みーちゃん。そのかぐりんっていう人と、なにするの?」
 彩美はキョトンとして、
「うん? なにって?」
「いっしょにドーガトーコーしたり、ハイシンしたり。しないの?」
「あ~……いや、どうかな~? かぐりんさんとはジャンルが違うんだよね。あたしはほら、正統派アイドルだからさ!」
「ふぅん」
 彩乃はため息をつくと、花菜へと哀れみを帯びた口調で言った。
「カナ、言わないでやって。彩美はただ、ニートでいたいだけなのよ。アイドル活動なんて、本気でやるつもりないの」
「そうなんだ」
「んなことねーし! マジだし!」
 反論してくる姉へと、彩乃は白い眼を向ける。
「へえ~? 毎日遅くまでパソコンでゲームして、お昼過ぎまで寝て。画像編集ソフトで写真加工してSNSに上げてたら、アイドルになれるの?」
「ふふん? そんなわけないでしょ、ナメたらいかんよ?」
「あんただ! ナメてんのは!」
「あたしはちゃんとやってるっつーの! ダンスの自主レッスンとかしてるし!」
「それって、たまに庭でやってる反復横跳びのこと?」
「ステップだよバカ!」
 ギャーギャーと言い合いを始めたふたりをよそに、花菜は机に向き直ると、再び宿題をやり始めた。人は悲劇を生むとわかっていながら、戦いをやめられないときがあることを、花菜は知っていた。古来征戦(こらいせいせん)、幾人か回(かえ)る。
 宿題はもうじき終わる。今回もなかなか楽しかった。将来は、宿題を作る人になってもいいかもしれない……
「──いいんだよ、あたしは! 必死になってレッスンとかしなくても、生まれ持った才能があるからっ!」
「ねーよそんなもん! もうちょっと現実見なさいよ!」
「あんたいつもそれ言うけど、現実ばっか見て楽しいわけ? 中にはそういう人もいるんだろうけど、現実見ても楽しくない人は、どうすりゃいいのよ? 必要なんだよ! 人間には、夢ってモンが!」
「それっぽいこと言ってもダメ! 夢見てる人は、みんな努力してるんだから!」
 花菜が問題をみっつ解いている間に、姉妹対決は勝敗を決したようだった。
「ふーんだ! バカ彩乃、わからずやめ、もういいよ! あたしが超有名になっても、あんたにはサイン書いてやんないから!」
「なってから言えし!」
 彩美は捨て台詞を残すと、部屋から飛び出していった。ダダダダと階段を下りる、けたたましい足音が遠ざかっていく。一階に向かったようだった。
「ったく……うるさくしてごめんね? カナ」
 彩乃が言うのに、花菜は首を振る。
「うぅん。みーちゃんね、わたしが本当にジャマなときは、こないよ」
「えー、本当に? カナはいい子だからなぁ……そんなところで気をつかわなくてもいいんだよ?」
「つかってないよ。ほんと」
「カナは優しすぎるんだよなあ……」
 花菜の言葉に、彩乃は微笑んだ。降参だというふうに両手を開く。
「ま、そうかもね。彩美だって、カナのことは大好きだから。カナには嫌われたくないだろうしね」
 そのとき、階下から彩美の大声が聞こえた。
「おーい、彩乃っ! あたしのアレ、どこいった? ほらアレ!」
 彩乃は顔をしかめ、大声を返す。
「あー、いちいちうるさいなぁ……冷蔵庫の引き出しの一番下!」
 ややあって、
「あったあった、サンキュー!」
「ちゃんと探してから聞いてよ~、もうっ!」
 やれやれとため息を吐く彩乃に、花菜は首をかしげて言った。
「アレってなぁに?」
「プリン。さっき買ってきたの。カナの分もあるから、後で食べな?」
 カナは尚も不思議そうに言い募った。
「どうしてアレって言うだけでわかったの?」
「え? あー……なんでだろうね?」
 彩乃も一瞬思案顔になったが、すぐに微笑んで言った。
「なんだかね、あたしも今、食べたいな~って思ったのよ。頭使ったから、甘いもん……まあ、その辺がやっぱり、双子ってことなのかな?」
「そうなんだ……」
 カナはぼんやりと、机の上に広げられた教科書とドリルを見下ろした。
 今まで算数の問題も、国語の問題も、理科の問題も、わからないということはなかった。大切なのはりくつだと、花菜はわかっている。大元のりくつがわかっていれば、大体のことはわかる。
 大人たちは花菜のことを神童と呼ぶけど、そんなことはないと花菜は思う。理屈どおりにしているだけだ。それに、どれだけ本を読んでも、ネットで調べてみても、一向にわからないことがある。昔からずっと、わからないことが。
 姉ふたりの間にあるシンパシー。これだけは、どうしても理解できない。


 数日後。
 花菜(かな)は、彩乃(あやの)と一緒にショッピングモールにやってきていた。共働きの両親に代わって、家のことは彩乃が大体こなしている。彩美(あやみ)はネットゲームが忙しいと言って、部屋から出てこなかった。
 花菜たち玉笹(たまささ)一家が住んでいるのは甲斐市、山梨県の北西に位置する、緑豊かなベッドタウン。北に奥秩父山塊、西に明石山脈、南に富士山と、美しい山々に囲まれた盆地で、東京まで電車で一時間半とは思えないほど、牧歌的な風景が広がっている。土地があるからか、ショッピングモールは巨大だ。
 夕飯の買い出しを手早く済ませ、ふたりでビニール袋を下げてモール内を歩きながら、彩乃がふと言った。
「なにか甘いもん、食べてこうず」
「やったね!」
 花菜は一瞬目を輝かせたが、すぐに心配そうに眉毛を下げた。
「あっ、でも、みーちゃんは?」
「よく言うでしょ? 働かざる者食うべからずって」
「でも、あわれだよ?」
 彩乃は毒気なく笑った。
「あははっ! そうだね……じゃあ、ドーナッツでも買ってってやる?」
「そうしようず!」
 ふたりはおみやげにドーナッツを買ってから、地元で有名な和菓子のチェーン店に足を運んだ。これくらいの贅沢(ぜいたく)は、役得というものだ。店の奥にあるイートインに入り、名物の信玄餅スイーツを注文した。
「──んーっ! おいひぃ~!」
 一口食べた彩乃が、まるでそうやって押さえていないと落ちてくるとでも言いたげな調子で頬に手を当て、嬌声(きょうせい)を上げた。
「このいっしゅんのために、生きてるぅー!」
「ふふっ」
 花菜も上機嫌だった。スイーツがキライな女子は、いないのかもしれない。ニコニコと微笑んでいる口の端に、黒蜜ときな粉がべったりとついている。
 彩乃はポケットティッシュを取り出し、花菜の口の周りを拭きながら言った。
「あ、そうだ……ねえカナ、お姉ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんなりと」
 彩乃は花菜にぐっと顔を近付け、大切な秘密を打ち明けるように小さな声で言った。
「あのさ、ガールズラジオって知ってる?」
 花菜は首を振った。
「かぶんにして」
「そっか。あのね、ガルラジっていって──」
 ガールズラジオ、略してガルラジ。各地の高速道路のサービスエリアを舞台にして、地元の女子を主役に据えたラジオ放送を行う一大プロジェクト。そのガルラジの選考が、この甲斐市でも始まっているのだそうだ。
「ほうほう、なるほどね」
 彩乃の説明は、理路整然としていてわかりやすかった。理屈がわかる。
「でさ、カナ……これ、応募してみない?」
 花菜は目を丸くした。
「わたしがするの?」
「うぅん。グループ枠の応募もあるみたいだから、あたしと彩美も一緒に、三人でさ。ラジオ番組を作るの。面白そうじゃない?」
「うん、おもしろそう!」
 花菜は目を輝かせて即答した。
 三人でなにかするとなると、花菜は無条件にワクワクしてしまう。今よりもっと小さい頃は、年の離れた姉ふたりの後を、ずっとついて回っていた。ふたりは近所でも有名ないたずらコンビで、どちらからともなく新しい遊びを次々に考案しては、カナと遊んでくれた。一緒に居れば楽しいと、頭ではなく身体が知っている。
「じゃあ、やってみよっか!」
「やってみよう!」
「ま、合格するかどうかはわかんないけど」
「なせばなる!」
 そうしてふたりで笑い合ってから、彩乃は少しトーンを落として言った。
「……彩美のやつさ、今のままじゃ将来、ヤバそうでしょ? 無理にでも引っ張り出して、何かさせてやらないとね」
 花菜はくすくすと笑った。
「のーちゃん、みーちゃんのこと大事ね?」
 彩美は鼻を鳴らす。
「世話が焼けるってだけよ? 双子の姉がニートとか、ヤでしょ」
 口では皮肉げなことを言っていても、彩乃が彩美を大事に思っているのは確かだ。花菜は双子じゃないが、それくらいは感じ取れる。
 家に帰るまでずっと、花菜はニコニコと笑っていた。姉ふたりがなかよしなことを確認するたびに、うれしくなってしまうのだ。


「──おーい、ふたりとも、集合っ!」
 彩美の号令を受け、花菜(かな)と彩乃(あやの)は二階の部屋に集まった。時刻はそろそろ夕方に差し掛かろうという頃合い、彩乃はエプロン姿だ。
「ちょっと、なによ? 夕ご飯作ろうとしてたのに!」
 彩美(あやみ)の部屋は、これぞ趣味の空間! といった風情で、様々な雑貨で溢れかえっていた。おもちゃ箱をひっくり返したようなありさまに、彩美の飽きっぽい性格がよく表れている。そんな中でCDラックだけは綺麗に整頓されており、整然と並んだCDの背表紙が虹の色を描いている。
 ちなみに、ここは元々は大部屋であり、アコーディオンカーテンで区切られた向こうが彩乃の部屋だ。
 彩美はラフな格好でパソコンデスクの前におり、椅子を半回転させて振り向くと、瞳をきらめかせて言った。
「彩乃、今日のこんだては?」
「親子丼」
「おーっ、いいねぇ!」
「いいねーっ!」
 彩美と花菜が、声を揃えて歓声を上げた。この世に、親子丼がキライな女子はいないのかもしれない。
 花菜とペチン、手を打ち合わせてから、彩美はおどけた調子で彩乃を指差した。
「前から思ってたけど、あんた、いいお嫁さんになるよ!」
「なるよ~」
 花菜も同じ仕草をするのに、彩乃は苦笑する。
「相手がいないのに言われても、むなしいだけだってば……それよりなんの用? また有名人にフォローでもされたわけ?」
「ふふん! そんなスケールの小さい話じゃないわ。これを見なさいっ」
 と、モニターをビシッと指差す彩美。
「なぁに?」
 花菜と彩美が、左右から覗き込んだ。画面には、文字の並んだテキストファイルが表示されている。
「『玉笹彩美のセクシー☆ダイマナイト』? ……なによこれ?」
 彩乃がいぶかしげに言うのに、彩美は胸を張った。
「ガルラジの応募書類に決まってるでしょ! 思い付くようなら企画案も送ってって、書いてあったじゃん? で、書いてみたわけよ」
 ガルラジの応募は、郵送でもデジタルでも受け付けている。つまりこれは、その応募用の草稿ということらしい。
 昨日、花菜と彩乃が話を切り出したときには「ふーん、ラジオねぇ……あたしがなりたいのはアイドルで、パーソナリティじゃないんだけどね。まぁ、ふたりがどうしてもって言うならいいけど?」とか、斜に構えたことを言っていたくせに、今やノリノリである。
「いや~、自分の才能が恐ろしいわ……これは一〇〇万再生いっちゃうな!」
 玉笹(たまささ)彩美のセクシー☆ダイマナイト。略してタマセク。それは玉笹彩美の、玉笹彩美による、玉笹彩美のための情報番組だ。山梨県が生んだスーパーアイドル・玉笹彩美が、そのセクシーでメローな魅力の秘密を、今宵、ダイレクトなマーケティングでみんなに教えちゃいます!
「あんた、これ……」
 彩乃が絶句している。
「どう? すごいでしょ!」
「うん。すごすぎて、何を言ったらいいか……参考までに聞くけど、自分のどの辺りがセクシーだと思ってるの?」
 彩美は椅子の上で身をくねらせた。
「ふふん♪ まず顔がいいっ! アリアナ・グランデもびっくり。これほどの美少女は、この世にふたりといないだろうね!」
「うん、わりといる気がする」
 具体的には目の前に。
「それだけじゃないよ? 見たまえ、この犯罪スレスレのお色気ボディーッ! そして、さらに、えーっと……犯罪スレスレの美貌っ!」
「いやまぁ、別の意味で犯罪だとは思うけど……っていうか、もうやめてよ。あたしもつらいよ、自分そっくりのボディにダメ出しするのは……」
 彩乃は彩美の肩を、慰めるように叩いた。
「諦めなって。あたしたちは残念ながら、セクシーとは無縁の存在だ」
 彩美は彩乃の手を振り払い、
「やめろーっ! 突き付けるな! あたしに、現実を!」
「あんた……」
 あわれなふたりの姉が、そんなやり取りをしている間に、花菜はマウスを操ってテキストファイルを読み進めていた。最後まできっちり読み終わってから、口を開いた。
「……ねえ、みーちゃん、これはよくないよ」
 彩美は愕然(がくぜん)とした。
「そんな! カナまであたしを否定するなんて……まさか、反抗期……?」
 花菜は首を振る。
「ちがうよ。これだとね、みーちゃんを知ってる人は楽しいけど、知らない人はきっと楽しくないから」
「うっ……それは、確かに……」
 彩乃はここぞとばかりに言った。
「だから言ったじゃない。セクシーはやめときなさい」
「今の話、セクシー関係ねーし! なら、あんたはどんな企画考えたのよ? 言ってみなさいよ、聞いてやるから」
「えっ!? えっと、それは……」
 たじろぐ彩乃に、彩美は半眼になり、
「なに、アレコレえらそうに言うくせに、自分はノーアイディアなわけ?」
「い、いや、考えたわよ! 考えたけど……」
「ほんとにぃ? 口からでまかせじゃないの? どんなのよ」
 彩乃はしばらく目を泳がせていたが、やがてぽつりと言った。
「……も、もふもふ」
「え?」
「もふもふ、小動物園」
 玉笹三姉妹の、もふもふ小動物園。略してタマもふ。それは甲斐市が生んだ奇跡のプリティー、キュートな三人姉妹が、もふもふな小動物たちと触れ合うことで、おもうさまに癒される様子をつぶさにとらえたドキュメンタリーである。女の子と動物の組み合わせは鉄板、かわいい×かわいい=視聴率。荒んだあなたの心に、ひとときのハートウォーミング、プレゼントしちゃいます。
「……あんた、それ二時間やるつもり?」
「おお、やってやるわよ!」
 彩美が唖然として言うのに、開き直って返す彩乃。
「あたし全然できるし! 二時間もカワイイ小動物と遊べたら最高だし!」
 花菜は申し訳なさそうに口を挟む。
「のーちゃん、それもちょっと、よくないかな……」
「うっ……ま、まぁ、地味なのはわかってるけど」
 ここぞとばかりに彩美が尻馬に乗った。
「そうよ! カナはともかく、あたしらみたいな偽ロリが可愛い動物と触れ合うだけって、普通すぎるのよ! 面白くもなんともないじゃない」
「に、偽ロリ言うなし!」
 しょぼくれながらも反論する彩乃。
 花菜は首を振る。
「みーちゃん、そうじゃなくて、ラジオだからだよ。映像がなくて聴くだけだと、かわいいのはわからないと思うよ」
 双子の姉たちは、同時に息を呑んだ。
「「た、確かに……!」」
「……んと」
 それ以上言葉を続けるべきか、花菜はためらった。花菜にしてみれば極論、ふたりが楽しいなら、オーディションには合格しなくてもいい。でしゃばるのは好きじゃない。昔から、でしゃばるとろくなことがなかったから。
「……カナ? 何かあるなら、言っていいのよ」
「聞かせて? カナ」
 彩美と彩乃が、そっと背中を押すように、優しい声を掛けてくる。その言葉に勇気をもらって、花菜は閉じかけていた口を開いた。
「あのね……わたしアイディアがあるんだ。あのね、みーちゃんとのーちゃん、ふたりとも音楽好きでしょ? それをね、ラジオにするの」
 双子は顔を見合わせ、
「いや~、それは……どうかなぁ」
「ねえ……」
 花菜は言い募る。
「あのね、ラジオでつよいのは、おしゃべりと音楽だと思うの。ふつうがいちばん」
「でもねぇ……」
 彩美と彩乃は、ピンときていない様子だった。
「確かにあたしたち、音楽は好きだけどさ、聞くジャンルがまったく違うのよね。あたしはクラシックとジャズだし、彩美はロックとポップスが中心だし」
「クラシックは素養がいるからね」
「そうでもないよ? 入り口は結局、合うか合わないかだし……でもまぁ、聞き方はあるのかもね。曲の背景とか、歴史を読んだりするから。オケによって演出が違うのを楽しんだりとか。段階によって楽しみ方があるのよ」
「あたしはそういうの、面倒なタイプだからな~。あぁでも、演出の違いを楽しむのは、なんでもそうだと思うよ?」
「まあ、そうかも」
 にわかに語り始めるふたりに、花菜はうんうんと頷いた。
「そんなかんじで、話すだけだよ。きっと、おもしろくなるよ」
 ふたりはキョトンとしている。
 でしゃばるつもりはなかったのに、今や花菜の胸には、この優しくて楽しい姉たちをみんなに紹介したいという気持ちが芽生えてきていた。大好きなふたりのために、自分にできることは全部したいという気持ちが。
 大丈夫、いけるはずだ。それは予感ではなく、確信だった。
 だって、理屈はもうわかっているのだから。


 応募フォームからデータを送信してしばらくの間は、彩美(あやみ)も彩乃(あやの)もことあるごとにガルラジの話をしていたが、一週間もたつ頃には合格への期待と不安も薄れ、日々の営みに忙殺されていった。
 花菜(かな)は小学校に、彩乃は大学に、彩美は自称アイドル活動(?)に。
 やがて梅雨が過ぎ、風に夏の気配が混じり始めた頃、ガルラジの運営局からレスポンスがあった。
 書類選考は合格。ついては面接も兼ねて、顔合わせがしたいとのこと。メールには『場所を指定してくれれば、担当者が迎えに行きます』とあった。
 花菜にとっては予想できていたことだったので、それほどの感動はなかったが、彩美と彩乃は珍しく抱き合って大喜び。そして、それ以上に喜んだのは両親だった。放任主義ながら、彩美のことを心配していたらしい。赤飯でも炊くかと父が言い出したので、彩美は顔をしかめて辞退した。
「──あっちから来てくれるなんて、なんつーか……VIP対応! ってカンジ?」
「うんうん、バイトの面接とは違うよね!」
 姉ふたりのテンションの高さに、花菜も楽しくなってくる。三姉妹は待ち合わせ場所に指定した、最寄り駅へと向かっていた。
 姉ふたりはここぞとばかりに、気合いの入ったコーデでキメている。彩美はアイドル風ガーリィ、彩乃はキレカジ系。
 花菜はべつにオシャレする気はなかったが、双子のすすめで白のワンピースを着て、麦わら帽子を被っている。スカートは脚がスースーするので慣れない。
 八月初旬、深緑に包まれた甲斐の町は、蝉の声で満たされていた。日差しの強さに、少し歩くだけで汗が吹き出してくる。
「やばいやばい、シャツ透けちゃってるよ……セクシーになっちゃう」
「夏だねぇ」
「だねぇ~」
 インドア派の彩美と違って、時々庭いじりをしている彩乃はほどよく日焼けしているし、花菜は元気盛りの小学生なので、騒いでいるのは彩美だけだった。こんなところにも、双子の性格の違いが見て取れる。
 ガルラジの放送が始まる頃には冬になり、今の暑さがウソのように寒くなっているのだろうか? そんな未来は想像もつかない。三人は真夏の太陽から逃げるように、駅前ロータリーの屋根の下に駆け込んだ。
「ふぅ……それで、担当者さんは?」
 人心地ついてから、彩美が辺りを見渡しながら言った。駅の南口で間違いないはずだ。
 彩乃も同じく視線を流しながら、
「うーん、こっちはあっちの顔、知らないからね。特にそれっぽい人は……え?」
 と、その視線が、ある一点で止まった。
 ロータリーに、それほど車に詳しくない人でも知っているブランドの、黒の高級外車が停まっており、その運転席から降りてきた男が、一直線に三姉妹へと歩いてきていたからだ。その外見といったら凄かった。
 歳は五十歳くらいだろうか? 初老の男。オールバックの黒髪に口ひげ、サングラス。上はアロハシャツで、下は和柄のジーンズにサンダル。見上げるほどの長身で胸板も厚く、半袖から覗(のぞ)く腕は、花菜の胴回りくらいはありそうだ。
 彩美と彩乃が絶句しているうちに、ノシノシ歩いてきた巨漢は目の前で止まり、口の端を持ち上げて笑った。
「初めまして、ガルラジの担当者です。はっはっは!」
「「「……」」」
 三人から返事がないのに、男は首をかしげ、
「どうしました?」
「い、いえ、あの……ちょっと、あの……すいませんっ、作戦会議っ!」
「うん?」
 彩美は、完全に固まってフリーズしてしまっている彩乃の袖を強引に引っ張り、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべている男から距離を取った。
 ヒソヒソと言う。
「どうしよう……アレ絶対ソッチ系の人だよ!」
「で、でも、ガルラジって言ってたけど……」
「ウソに決まってんじゃん! あんなカッコで来ないでしょ普通、面接に!」
「確かに……! でも、なんでそんなウソをつくの? 目的は?」
「わかんないけど、絶対やばいって! あたしたちってほら……美人じゃん?」
 彩美が無駄にたくましい想像力を発揮しているうちに、花菜が男にトコトコと近付き、ほとんど直角に見上げて言った。
「おじさん、ぼうりょくをなりわいとする人?」
「「カナーッ!?」」
 姉ふたりは青くなったが、当の男は豪快に笑った。
「はっはっは! 違う違う!」
「でも、きんにくがすごいよ?」
「筋トレが趣味なんでね、はっはっは! なにしろ体力勝負だから」
「はっはっは」
「はっはっは」
 花菜と笑い合う男。明朗快活ながら穏やかな声。いかつい印象は一気に薄れて、コミカルな雰囲気が漂い出している。思ったより、怖い人ではないのかもしれない。
 そんな空気に後押しされ、彩乃は恐る恐る尋ねた。
「あ、あの……本当の本当に、ガルラジの人なんですか?」
「うん。そちらは彩美さんと彩乃さん。それから、花菜ちゃんだね? 私はガルラジ運営局の養老(ようろう)といいます。今日はよろしく!」
「は、はあ……」
 養老と名乗った男は、場所を移動するから車に乗るようにと三人を促すと、自分はさっさと運転席へと乗り込んでしまった。
「……大丈夫かな? 港に連れてかれて、マグロ漁船に乗せられたリとか」
「県内に港、ないけど……?」
 彩美と彩乃はまだ躊躇(ちゅうちょ)していたが、チラリと目を向けてみれば、花菜は既に助手席に座り、シートベルトまで締めていた。
「「カナーッ!?」」
 ふたりはにわかに覚悟を決めると、後部座席へと飛び乗った。いざとなったら、花菜を守らなければいけない。ふたりの思いはひとつだ。
「──あの、なんでそんな……アロハシャツを?」
 走り始めた車内にて、彩美が言葉を選びながら尋ねた。
「はっはっは! やっぱり、ちょっとカジュアルすぎたかな? 最初はスーツのつもりだったんですよ。でも会社の部下がね、私がスーツ姿だと威圧感があるから、私服の方がいいんじゃないかと言うんでね。なにしろ若い娘さんとお会いするわけだから、警察でも呼ばれたら、笑いごとじゃないからって! はっはっは!」
「はははは……」
 本当に笑いごとじゃない。
 養老はすっと笑い声を収めると、真面目な調子で言った。
「応募書類、読ませていただきましたよ。あれは彩美さんが書いたんですか?」
「あ、ええと……」
 彩美が一瞬言い淀(よど)む隙に、
「さんにんで書いたの」
 代わりに花菜が答えた。
 養老はまた、横隔膜を震わせるようにして笑い、
「はっはっは! そうですか……まだるっこしいのは苦手なもんで、単刀直入に言いますがね。あの書類を読んで、私はもうほとんど、キミたちに決めている」
 後部座席で、彩美と彩乃が息を呑んだ。
「本当ですか?」
 彩乃が前のめりになって尋ねる。
「ええ。応募してくれた方の中には、自己アピールが上手い方も、意欲を見せてくれる方もいました。でもそれは受かるための知恵であって、受かった後の展望じゃない。企画書をちゃんと仕上げてきてくれたチームは、思ったより多くはなかった……」
 養老はハンドルを切りながら、
「今日の面接というのは、ほとんど名目でね。どんな子たちか、ちょっと見ておきたいと思っただけなんです」
「わたしたち、どんな子?」
 花菜が首をかしげて言うのに、養老は顎(あご)をさすりながら、
「うーん、そうだな……みんな、写真で見るより可愛いと思ったかな?」
「ナンパ?」
「はっはっは! 違う違う! 華があるってこと」
「はなはあるよ? あなはふたつ」
「はっはっは!」
 それから車は一〇分もしないうちに、車は目的地に到着した。養老の言葉の意味が、彩美と彩乃に浸透するよりも早く。
 中央自動車道、双葉サービスエリア。
 よく言えば落ち着いた雰囲気、悪く言えば地味な平屋の建築、よくある地方のサービスエリアらしい風情。隣接するハーブガーデンを抜けた先にある展望台に登れば、市を囲む山々を一望できるし、晴れた日なら遠くに富士山を眺めることもできる。その景観は雄大だが、ウリと言えばそれくらいの、何の変哲もない穏やかな空間……だが今ここには、嵐の前触れにも似た、静かなエネルギーが満ちているように思われた。
「──ここが、キミたちのホームです」
 駐車場に降り立ち、夏の風にアロハの裾を遊ばせながら、養老が言った。
「今は静かなこのサービスエリアを、めいっぱい湧かせるのが、キミたちの仕事です。どのチームよりも面白い放送にして欲しい」
 仕事。養老が口にしたその単語は、不思議な力を持っているようだった。背筋がぴんと伸びて、誇らしい気持ちになるような。自分が誰かの、何かの役に立てるのだと、認めてもらった感覚。
「どうだろう? 期待させてもらって構わないかな?」
「みーちゃんとのーちゃんなら、やれるよ」
 断言して返す花菜の右手を、彩乃がそっと取った。
「カナも、でしょ?」
 空いている左手を彩美が取って、三人は横一列に並び、養老と対峙(たいじ)した。
「あのね、養老さん。応募書類書いたの、この子なの。ほとんど」
 彩美の言葉に、養老は片方の眉毛を持ち上げた。
「へえ? それは……」
 彩美は挑戦的な微笑みを浮かべ、
「うちの子、すごいんだから! 期待させたげるよ♪」
「はっはっは! なるほど、なるほど……うん、わかった! キミたちにお願いします」
「ふふふ!」
 姉ふたりに手を繋がれて、花菜は楽しくて楽しくて、しょうがなくて笑った。きっとこれから放送の準備が始まって、もっと楽しくなるだろう。本番の放送が始まれば、もっともっと楽しくなるだろう。
 それは予感ではない。花菜にとっては確信だ。

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原作・多宇部貞人氏による小説「ガールズ ラジオ デイズ」
ガルラジのネットラジオ番組だけではわからない、彼女たちの日常が明らかになる!?

多宇部貞人 @taubesadato

<代表作>
シロクロネクロ(電撃文庫、全4巻) / 断罪のレガリア(電撃文庫、全2巻) / 封神裁判(電撃文庫、全2巻) 他

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