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ピピピピ、と、脇に挟んだ体温計が音を立てる。ぼんやりした頭でその数字を確認すると、38度2分だ。体じゅうがだるい。健康は失ってから初めて気付くというが、風邪をひいてしまったぼく、相沢直は、その言葉を噛み締めていた。一人暮らしだから、冷蔵庫に食べるものもない。とにかく寝てしまおうと、ぼくは布団を頭からかぶる。
そのとき、玄関で音がした。ガチャガチャと、鍵の音。意識が朦朧としている自分には、何が起こっているのかさえよく分からない。そして、ドアが開いた。
そこに立っていたのは、夏菜だった。去年の夏まで、同棲していた、ぼくの元カノの、夏菜。別れてから半年が経つが、彼女は何ひとつ変わっていなかった。
夏菜はぼくに言う。
「優しい優しい元カノが、看病に来てくれましたよー。どうだ? 嬉しいか?」
ぼくはただ、この光景が熱にうかされた、自分の夢や妄想でないことだけを願っていたのだった。

(※注)
本記事は個人の妄想を勝手に書き連ねたものであり、以下の写真は本文の内容とは一切関係ありません。


夏菜は、ぼくの部屋に入るなり、台所を占拠した。半年前まで、毎日のように見ていたその光景は、いまのぼくには夢のように思えた。夏菜は手早い動きで調理を進め、風邪で苦しんでいるぼくのために、特製のお粥を作ってくれる。

「はい、直おじいちゃん。お食事の時間ですよー」
夏菜は昔と同じように、冗談めかしてぼくに言う。同じように、ぼくも返事をする。
「すまないねえ、夏菜、いつも苦労をかけて」
夏菜は少し笑って、
「うるさい。早く食え」
夏菜が作ってくれたお粥には、卵と、刻んだネギと、ニラが入っている。短い時間でよくこんなちゃんとしたお粥を作ってくれるものだなと、ぼくは素直に感心してしまう。

夏菜曰く。
「卵はね、タンパク質ビタミンが豊富だから。白身にはリゾチームっていう、のどの痛みにきく成分が含まれてます。ネギは体をあたためてくれるからね。ニラは冷えた胃腸の調子を整えてくれますので。ちゃんと、消化に良いように、ゆっくり食べること!」
一口でそう言い切る夏菜に、ぼくはちょっと戸惑いながらも、
「すごいな。何でそこまで知ってるの?」
「そりゃまあ、ダテに滋養内服液のコマーシャル、やってませんことよ? ちゃんと勉強して、お仕事してますからねー」

ああ、なるほど。確かに夏菜は、あのコマーシャルに出演している。いつだって仕事熱心な彼女のことだから、事前に風邪についての勉強もしたんだろう。立派だ。頭が下がる。
そんなぼくを見て、夏菜は言う。
「早く食べないと、さめちゃいますよ?」
そうですね。食欲は正直ないけど、食べないとね。
「......言っとくけど、フーフーとか、してあげないからね」

ちょっとだけ期待してたんですけどね、それ。でももう、彼氏でも、彼女でもない。自分でお粥を掬いながら、それでも気になったことが一つあって、ぼくは夏菜に質問をする。
「なんで、俺が風邪引いてるって知ってたの?」
夏菜は顔色一つ変えずに答えてくれる。
「は? だって、ツイッターで書いてたじゃん。『風邪で寝込み中。独り身は寂しい』とかなんとか」

そうか。確かにあまりにもしんどくて、意識が朦朧とする中で、そんなことを書いたような気もする。でも、それを読んで、わざわざ看病に来てくれるなんて、思いもよらなかった。もしかして、まだ脈アリだったりするのかな、なんて、風邪で心の弱ったぼくは、そんなことまで考えてしまうのだが、そんなぼくに夏菜は言う。
「結構いっつも、『一人で寂しい』とか書いてるもんねー。本当、バカだよね。私みたいな良い女、フッちゃうんだから」

ぼくは苦笑するが、これには語弊がある。ぼくは、そのころもずっと夏菜のことが好きだったし、今でも好きだ。だけど当時彼女は芝居に集中していて、ぼくの存在が邪魔なんじゃないか、と思うことが何度もあった。だからぼくは、自ら身を引いたのだった。ぼくの幸せよりも、彼女の女優人生のほうが、ずっと大事だと思ってしまったから。

でも、別れてからすぐに思った。そんなのはウソだって。それはただの理屈でしかないし、ぼくは単純に、自分から逃げているだけだった。彼女を幸せに出来ない自分を怖がっていただけなのだ。ぼくは今でも夏菜が好きだ。その気持ちは、風邪なんて関係なく、ぼくは彼女を今でも必要としているのだった。あの頃のぼくは、ただのバカだった。
でもそんなぼくの気持ちになんてもちろん気付かず、夏菜は言う。
「でもあれだね。ってことは、バカでも風邪はひくってことだね。バカは風邪ひかないって、ありゃ迷信なんだな。フムフム」
昔のように突っ込もうとするが、夏菜は続ける。
「そう言えば、風邪は人にうつすと治るっていうけど、あれも迷信なのかなぁ?」
ちょっと考えてみる。だけど風邪のせいで、頭はうまく働かない。気付けば夏菜が、真っすぐに、ぼくの顔を見つめている。憎らしいほど可愛い笑顔で、彼女はぼくに問いかける。
「......うつしてみる?」
そして彼女は目を閉じて、ぷっくりとした唇をぼくの目の前に差し出す。色んなことを思い出す。走馬灯のように、夏菜との思い出が蘇ってくる。ぼくが出来ることは一つしかなかった。彼女の唇に、自分の唇を近づける。

そのとき、急に夏菜が目を開ける。そして笑う。
「ウソウソ! 冗談に決まってるでしょ? ホント、相変わらず、バカなんだからなー!」
夏菜はコロコロと笑っている。そりゃそうだ。元カレと、元カノなんだから。夏菜にだって、新しい彼氏もいるだろう。彼女とのキスを、ちょっとでも本気で夢見た自分のことを、恨めしく思った。夏菜が言うように、ぼくは本当に、バカなんだな、って。
夏菜は笑いながら、言葉を続ける。
「あー、おかしかった。......でも、あんたみたいなバカのこと、ずっと忘れられない私も、たいがいバカだけどね」

その言葉の意味を考える間もなく、夏菜はぼくに顔を近づけて、ぼくのほほにキスをする。何が起きているのか分からないぼくに向かって、夏菜は言う。
自分の唇を指差しながら、
「こっちは、ちゃんと風邪が治るまでおあずけです。それじゃ、ちゃんと治すんだよ!」
そして夏菜は帰って行く。彼女らしく、サバサバと、何もなかったかのように帰ってしまった。
一人残されたぼくは、夏菜との再会が、熱にうなされた自分の夢や妄想じゃないことを祈りながら、もう一度体温計を手に取ってみる。

1分後、ピピピピ、と鳴る体温計の示す温度が40度を示していても、ぼくは驚かないだろう。
夏菜は風邪をひいたぼくの看病をしにきたくせに、ぼくの病気をもう一つ増やした。「恋の病い」とは、まったく、よく言ったものである。

(相沢直)

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