岡田斗司夫ゼミ

オタクであり、それによってとにかくある事が好きであり続けること、それを肯定するのはいいけど、岡田さんの定義にあるような主知主義なオタクはどうも限界があるんじゃないかなぁと最近想っている。
あと、最終的にカネになる世界にそれを取り込ませてくために「オタク」宣伝してしまってるんだよなぁ。カネにならないこと言うてるけど、その思想がささえてるのはカネと言語ゲームのアートワールドで、それが村上さんみたいなのを生んでるわけだし。権威性を最終的に呼び戻す考えになってしまっている。
純化するわけではないけれども、オタクという「好きな事をどんどん好きになったり、広めたりする」ということの実態は、なにも知的主義である必要もないのではないのかな?と今は思ってる。
「広めたい」は時々押し付けにもなるわけだからねぇ。

No.30 150ヶ月前
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  • あなたは、なにかの「オタク」ですか?

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