岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2019/09/27

 今日は、2019/09/08配信の岡田斗司夫ゼミ「宮崎駿を精神分析できるのが、『風立ちぬ』でも『もののけ姫』でも『千と千尋』でもなく、『ポニョ』である理由」からハイライトをお届けします。


 じゃあ、いつ、『ポニョ』が映画になったのか?
 さっきのつり目の女の子が思いついた時点で、キャラクターは出来たんだけど、映画になったのはいつか?
 宮崎さんは、よく「映画になる」って言い方をするんですけど、その瞬間はいつなのか?
 これについて、2006年6月5日というところから、話が始まります。
 それまで、宮崎さんはずっとイメージボードを描いてたんですけど。さっき言ったように、紙の上に鉛筆で描いて、それを着色する。これをイメージボードって言うんですけど。
 イメージボードを描いてたところから、急に箱書きを始めるんですね。
 箱書きというのは、まあ、ストーリーを並べたものです。「こういう展開になる」というのを字で書いたやつなんですけど。
 「イメージボード作りは以前として停滞していました」という、NHKのディレクターの荒川君のナレーションが入ります。
 「しかし、この日の夕方、突然、重要な絵が生まれる瞬間に立ち会うことになったのです」と。
 ということで、ここからは、ちょっとフリップ多めに説明します。
(パネルを見せる)
(『ポニョはこうして生まれた。~宮崎駿の思考過程~』より)

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【画像】宮崎駿

 これね、何かというと、宮崎駿が紙の裏表を確かめてるんですよ。ただ、確かめながら、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を口ずさむんですね。「パパパーンパーン、パパパパーンパーン~♪」って。この日から、急に、CDを掛けて口ずさむようになるんですよ。
 こう、紙の裏表をパラパラと見ながら「こんな絵を描いちゃっていいのかね?」と、描き始めた絵を見てですね、ニタニタ、ニタニタするんですね。
 で、「荒川君、もう帰りなさい」って、冷たい声で言うんですよ。
 「この日に限って、まだ明るいうちから帰るようにしきりに勧めます」と。
 荒川君も「帰りなさい」とまで言われたから、「今日は不機嫌だな。帰ろうかな?」と思ったんですけど、「これは絶対に何かある。この日を逃したら俺はディレクター失格だ」と思って「帰ります」とは言わずに、遠くからこっそり撮るんですね。
 すると、宮崎さんは、自分の描いた絵を見ながら笑い転げてるんですね。「ワッハッハ!」って笑い転げてて、「男の元に駆けつける、すごい絵だね、これ!」って、なんか自分自身で納得してるんですよ。
 「僕は宮崎さんが何か大事なことを始めそうな気がして残ることにしました」と。

・・・

 ということで、宮崎さんは、こう、最初は鉛筆で線画を描き始めるんですね。
 宮崎さんも、もう年を取って来て、昔はHBで描いてたのが、2Bを使って、3Bを使って、ポニョの頃にはもう6Bの鉛筆を使ってるんですね。
 それくらい、筆圧がない状態で、それでも絵を描きながら、「これ、怖いよね。これで宗介の元に来るんだからね!」って言ってます。
 で、描いた絵に水彩絵の具で着色を始めるんですよ。
 ちょっとそれまでの絵と何かご機嫌さが違うし、なんでこんなノリノリなのかよくわからなかった荒川君が「なんでこんなに描けるんですか?」と聞くと、「それは『ワルキューレ』を聴いてたからじゃないかな?」と宮崎さんが言い出すんですね。
 さらに、水彩画で描いた上から……これまでの宮崎駿のイメージボードって、鉛筆で線を描いて、水彩で色を塗ったら、それで終わりなんですよ。ところが、その上から、これまで使ったことがない、奥さんが大学生の頃に使ってたというクレパスを取り出して、水彩絵の具を塗った部分をガリガリと塗って、指でこすって汚し始めるんですね。
(パネルを見せる)

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【画像】水彩絵と汚し

 こんなこと、それまでやったことがないんです。60というか、もう70近くなって画材を新しくするって、結構なものなんですけど。水彩絵の具を塗ったところをクレパスで汚して、その汚しを指でどんどん広げて行くんですよね。
 「『ワルキューレ』聴いてたからだと思うんだけど、でも、なんでこんな描き方をしたのか、自分でもわからない」というふうに宮崎さんが言います。
 で、ちょっとすみません、写真がブレちゃってるんですけども。
 ここで、つぶやくように言うのが「ああ、恐ろしい」なんですね。
 これは「なんでこんな絵を思いつくんだろう? 自分が恐ろしい」っていう意味にも取れるし、「『ワルキューレ』の音楽が恐ろしい」という意味にも取れるんです。
 この時には、まだ荒川君も、宮崎さんが何を恐ろしいと言っているのか、わからないわけですね。だって「恐ろしい」と言っているのに、楽しそうなんだから。
 宮崎さんはさらにクレパスを塗り拡げて行きます。今度は空にもクレパスを塗って、どんどん汚していくんですね。
 ヒロインが初登場するシーンが、まさかの曇天なんですよ。宮崎アニメでありえない曇天なんです。
 波が荒いというのは百歩譲っていいとして、真っ黒な雲なんです。それも、水彩絵の具で塗ってから、さらにクレパスでそれを汚していて、まさに黙示録的な世界、この世界が終わるような空の色に塗っているんです。
 さらに、よく見るとこのポニョの口、への字口なんですね。ポニョがすっくと立ってるんですけど、口がへの字になっている。これもやっぱり、全くヒロインらしくないんですね。そういう絵を描いて行きます。
 そして、今描いた水彩絵の具の上にですね、さらに6Bの鉛筆で輪郭線を描き足します。
(パネルを見せる)

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【画像】水彩絵に輪郭線

 「さらに鉛筆で縁取り、単純な線を強調していきます。」という風にナレーションが流れるんですけど、そうなんですよ。この、今、描いた絵に、さらにザッとした輪郭線を6Bの鉛筆でなぞって、絵を強調して行くわけですね。
 宮崎さんはこれをやりながら、字幕にも「チャンチャカチャーン~♪」って出てるんですけど、ずーっとワーグナーの『ワルキューレの騎行』を歌ってるんですよ。
 で、クレパスを塗っては伸ばし、塗っては伸ばしして、どんどん絵を汚しながら、自分自身で嬉しそうに「ワルキューレの音楽が鳴り始めたぜ」と言います。
 もう、やっぱり顔は笑ってるんですよ。
 「これ怖いね、ポニョ来るという絵だよ」というふうに言います。
 つまり、「ポニョ来る」というこのシチュエーションが怖いというのが、さっき宮崎駿が言ってた「怖いなあ」という言葉の意味だったんですよ。
 じゃあ、このポニョを招き入れてしまう宗介に関してはどうかと言うと。宮崎駿は、フッとこぼしてしまいます。
 「可哀想な宗介。いや、宗介は向かい合うんですから」と言うんですけど。宗介に関して、宮崎駿はハッキリと「可哀想」と言うんですね。
 つまり「そんな女に惚れられて、海の向こうから、この世の終わりみたいな空と海を率いてくるなんて、なんて宗介は可哀想なんだろう」と。なんか、男の永遠の悲しさを表現したフジモトと全く同じ文脈で「宗介は可哀想だ」って宮崎駿は言うんですね。
 宮崎駿は絵を描いている最中に、興奮して立ち上がってしまうんですよ。座ってられなくて、興奮して立ち上がってしまうんですけど。
 「ああ怖い。……怖くない。かわいい」って言うんですね。もう本当にね、自分自身に納得させてるんですよ(笑)。
 このセリフが本当に聞き所で「ああ怖い。……怖くない。かわいい」って、一番笑ったんですけど。
 本音は怖いんです。でも、「これが可愛く見えなきゃダメなんだ」と。「映画を見てる人に、この怖いシチュエーションというのを悟られるのではなくて、この怖いシチュエーションがかわいく見えないといけないんだ、かわいい」と、自分に言い聞かせてるんですね。

 そして、ついにイメージボードが完成しました。
 画面がブレててすみません。ボードが完成したら、すごい嬉しそうに「いい場所に貼ってやろう」ということで、部屋の中でこの絵を貼る場所を探してたんですけど、ついに入り口隣の電気スイッチの上という、一番目立つ場所を見つけて、そこに画鋲で貼り付けて、すごい嬉しそうに見てるんですね。
 そして、「この絵は、『ポニョ来る』と名付けられました」と。
(パネルを見せる)

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【画像】水彩画「ポニョ来る」 © Studio Ghibli・NDHDMT

 「ポニョ来る」というのが、これなんですよ。最終的にはここまで汚した絵になったんですね。
 真っ黒な空と、真っ黒な海が盛り上がって、それが魚になって、その上に半魚人の女が自分の男を迎えにやって来るんですね。
 だから、ホラー映画なんですよ。ホラー映画というか「モンスターが美女を求めて闇の世界からやって来る」というのと全く同じことを描いているんですね。
 その全く同じものを、かわいく見せようと、「ああ怖い。……怖くない。かわいい」って、自分に言い聞かせてるんですけど。
 「怖いものをかわいく見せようとする」というのが、今回の宮崎駿のチャレンジなんですね。
 口はキッと結ばれて、目は遥か遠くを見据え、手なんて決意に握りしめられているわけです。魚の上に立ってるというのも、もう本当に、かわいさではなく、アクションモノというか、ホラー映画のワンシーンなんですけど。

・・・

 それまで、宮崎駿は何週間もかけて、何十枚もイメージボードを描いてたんですよ。
 例えば、宗介の初期のスケッチとか、ポニョのかわいいポーズとか、フジモトが乗っている船とか、冒頭シーンのクラゲとか、本当に何十枚ものボードを描いてたんですけど。
 でも、描きあげる度に、宮崎駿は「うーん、違うな」とか「ちょっと思い通りのものにならない」と、ずーと言ってたんです。
 なんか「描けてない」とか「逃げてる」とか。逃げてるのは自分でもわかってるんですよ。「描きたくないな」とか、いろんなこと言いながら、イメージボードを描いてたんですけども。
 この絵を描いた時に、ついに、カメラ目線で「あの1枚なんですよ」と。
 「ポニョ来る」という絵を指して「この映画の本質はあの1枚なんですよ」と言い出します。
 で、後ろの他のボードを指差して「こういうの、いっぱい描いてるけど、こうじゃないんですよ」と説明するんですね。
 では、なんでこうじゃないのか?
 「現象なんですよ。本質はあそこにあるんですよ」って言う。
 つまり、後ろに貼った、それまでに描いた絵というのは、あくまでも、ストーリーや設定を説明するために画面の中で起こる現象であって、映画そのものを1枚の絵だけで説明するとしたら、入り口の一番いい場所に貼っている「ポニョ来る」というのになる、と。

 ここで宮崎駿は、もう本当に緊張が解けた顔で……それまで、ずっとこの人、煙草を左手に持ってるんですけど、全然吸わないんですよ。あまりに集中し過ぎてて。
 その煙草を、うまそうにプカーっと吸って「だから、やっと本質の絵が描けたんですよ」と言うんです。
 もう今日、この日に、やっと本質の絵が描けたんですね。

 これは、宮崎駿がロンドンで見たジョン・エヴァレット・ミレーの『オフィーリア』の絵ですね。
(パネルを見せる)

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【画像】ミレーのオフィーリア

 死にゆく姿。オフィーリアという、シェイクスピアの劇に出て来る人物が、川に流されながらこれから死んでしまう中で、消えそうな声で歌っている。でも、その死にゆく彼女の周りには、生命がいっぱい溢れているという、死の世界の中での微かな生命というのを語った絵なんですけど。
 これに宮崎駿はすごい感動していたんです。

 やっぱり、これだったんですね、宮崎駿が求めていたのは。
 「これが映画の最初の1枚なんですよ」と。
 「それまでの絵は全部現象に過ぎない」と。
 やっと『崖の上のポニョ』の最初の絵が描けた。それが、この「ポニョ来る」なんだ、という話でした。

 このドキュメンタリーの前半のクライマックスは、この最初の1枚というのが、ずーっと描けなくて、それがやっと描けた時なんですよ。
 宮崎駿の苦悩とか「描きたくなかった」と言っていた恐れ。描けた後の解放感。描いてる時の「チャンチャカチャーン、チャーン~♪」と歌う姿は、これまでの苦悩する宮崎駿と全く逆の、なんか悪ふざけしている爺ちゃんみたいだったんですけど。

 『ポニョ』ってね、やっぱり、宮崎駿アニメの中で「面白くない」という人が多いんです。
 僕もそうだったんですよ。宮崎アニメの中で、僕、『ポニョ』って、正直、そんなに面白いとは思わないんですけど。
 でも、この『ポニョはこうして生まれた。』は面白いんですよ。このドキュメンタリーを見て、宮崎駿の「ああ怖い。……怖くない。かわいい」という独り言を聞いてから見ると、全然、違って見えるから(笑)。
 なので、ぜひ、この放送を聞いた後で、金曜ロードショーで録画した『ポニョ』を、もう一回見ていただければいいと思います。


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